公安局内の執行官の宿舎に戻ると早々にスーツの内ポケットからコンパクトを取りだし、それを操作してみた。が、すぐに手を止めてしまう

「…私ってあんまり服持ってなかったんだなあ」

クローゼットには五、六着ばかりの服と、コンパクトには五件のデータ。仕事着であるスーツの上下と、寝間着の紺色のジャージ上下、部屋着として使っている薄紫色のパーカーと繋ぎのサスペンダー付きのズボン、あとは一応のお洒落着のチェックのミニスカートとかフリルのついたキャミソールとか…細々としたアイテムが数点。とにかく、女子力のなさが露呈された量だった。…いやしかし、かなり小さい頃に潜在犯として隔離された私はとうの昔に娯楽とはかけ離れた生活を送っていたのだ無理もない

「…この分だと服にお金をいくらか使わなきゃダメだなあ〜。服装のデータがなさすぎる」

仕方ない…これも"スギタカツロウ"のためだ。メイクアップはともかく、あと数点服を購入しよう。…この前偶然手に入れた人工知能のAIを使おうか。普段煩いから切っておいたウサギの造形をしたそれに電源を起動させると、途端に「ご主人様!色相カーブがダークブルー、犯罪係数218、健康状態に異常が見られます。すぐにお近くの医療機関へ行くことをお勧め致します」とかペラペラと話し出した。うるせえこちとら潜在犯で執行官だわ

「ストレスケアやセラピーを…」
「あー、分かったから。とりあえず着替えたいからプログラム起動させて」
「既存の服装のデータを呼び出しますか?」
「いや、"四十年前に流行った服装のデータ"が欲しい。検索して」
「少々お待ちください!」

Loading…という文字が画面に表示され、次々にパッパッとあまり見たことのないコーディネートの服装が画面に現れていく。…ふーん、やっぱ六十年前だと今と微妙に服装の傾向が違うなあ。けどそこまで今見てもダサイと感じないあたり、女性のファッションの流行というものは何回か歴史を繰り返しているのだろう。うーんと唸りつつも、目をこらして画面を見つめる

「…これ、かな。これをダウンロード購入する。で、今着る」
「支払いは一括でよろしいですか?」
「うん」

しばらく時間をおいてから、黒いスーツ上下がみるみるうちに変化していく。ピンク色のフレアスカートに薄い生地のクリーム色のブラウスに下には紺色のキャミソール。足元には細いヒールのゴールド色のラメの付いた靴。…これ、なら、まだ無難…か?流石に実物でなくホログラムでいいと妥協したのはこれを二度も着るようなことはないだろうと自分で分かっているからだ。メイクアップもデータを参考にちょちょい手を加える

「…ふう、」

とりあえずこれでいいかなあ…"当日"はこの服装にメイクで行こう。うぐ…マスカラってやっぱりしぱしぱする。目が痒い。ヒールもここまで高いと足痛い。…久しぶりにこういう格好したなあ。執行官になってからも仕事柄オシャレに気を使う必要もなかったとは言え、せっかくホログラムの導入でますますファッションは手軽ならものとなったのに、今の時代ファッションを楽しもうとしない女子は私ぐらいじゃないだろうか。鏡を見てついため息をつけば、ちょうど玄関のブザー音とシャッター音がした

「…まさか…」

元々、潜在犯で執行官の私たちに割かれた宿舎の部屋は隔離施設のようなもので。ブザーも申し訳程度に呼び出し用としてあるだけで、監視されてる側の私たちにはそもそも来客に誰かが訪れることはないのだ。監視官がここを訪れることも、執行官同士が宿舎内で馴れ合うことも滅多にない。…ただ、例外を除けばの話だが。はーい…と返事をしてドア…とされているシャッターの方に向かえば、最早来客は自ら部屋に入って来ていた

「ちょ…いつも勝手に入って来るなって言ってるのに…!」
「?今更だろそんなのは。何か問題あるのか」
「せ、潜在犯にもプライバシーの権利はあるの!私まさに今着替え中だったんですけど!?」
「お前の裸になんか興味ないから安心しろ。何ならドミネーターかざして数値で見てもらってもいい」
「んなっ!…狡噛本当ムカつく」
「それはこっちの台詞だ。さっきギノに俺が怒られたよ。お前また間違った報告書提出し…て…」
「?狡噛?」
「……お前、今から外出するのか?」
「えっ?」

いやいや今、夜の10時だよ?というか監視官がいなきゃ私たち執行官は外出れないじゃん急にどうしたよ!そう反論しようとしたが、狡噛が言いたいことに気付いた。…ああ、私の格好を見て言ってるんだ

「別にどこも出かけもしないよ。ただちょっと着替えてみただけ」
「は?…何でそんなことしてるんだ」
「え?いや、ええと…お、女の子には色々あるの!後々の時に着る服装をこうやって事前に選んで試着してみたり、とか…」
「後々?…次の非番の時にその似合わない派手な格好をするってことか?」
「うがああ似合わないとか聞き捨てならんぞ!」
「だいたい、何のためにそんなことしてる?次の非番で外出するときに何かあるのか?」
「えっ」

う…変に突っ込んで聞いてくるなああ…!ボロがでる!ボロがでるよ、これ絶対!ここぞとばかりに刑事の素質を発揮し尋問してくる狡噛は、もう本当に面倒くさいことこのうえない。流石元最終考査700ポイントたたき出したエリート…!「うあー!もうその私が提出した書類がくそだったのは分かったしギノさんにも謝るから!さっさと出てってよ本当に頼むからああ!」とその大きな背中をグイグイと押せば、「なに慌ててるんだ。やっぱ何か隠してやがんな」とますます勘繰られた。くっ…犬の嗅覚すげえ

「っ…も、もういいじゃん!今度のオフは特別な用事なの!だからこうして大人っぽい服装してメイクも濃いめにして、普段のすっぴんでぼろぼろな感じとは変えてんの!って言わせんな!」
「お前が勝手に言ったんだろ…。それより、特別な用事って何だ。もしかして常守監視官に頼み込んでた例の件か?」
「!!……〜っ、そ、そうだよ!大事な人と会うの!だっからもういいでしょ全部話したんだから!」
「は…」

何か言いかけてた狡噛を「それじゃおやすみなさいっっ」とドーン!と力任せに突飛ばせば、センサーにより自動的にシャッターが閉まった。…あ、でもこれじゃまた狡噛が入ってきたら意味ない…!そう思い返し、どうしようどうしようと玄関に佇み続けるも、狡噛がそのまま再度部屋に入って来ることはなかった。………あれ……?



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「あ〜…それはデートだね完全に」
「大事な人…ってのは珠子の恋人ってことかあ?いやはや、若いもんはいいねえ元気で」
「うわ珠子ちゃんズルいな〜世間で潜在犯として扱われてそのうえ執行官になってから、恋人なんか作る暇も機会もなくない?普通」
「ああ、お前さんらは若い頃からだから気の毒だよなあ」
「まあ今は一般人もシビュラシステムの判断に結婚相手を委ねるくらいだし、あの子も成り行きで見つけたんじゃない?」
「ええーじゃあ珠子ちゃんの彼氏も潜在犯ってこと?」
「例えばの話よ」
「……」


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なんてことないハウンド5のスキャンダル?




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