「珠子ちゃん、何か個別に追ってる事件でもあるの?」

事件の分析データ資料を借りるため、志恩のいる分析室を訪れた際、彼女はそれをデバイスで手渡すついでにいきなり俺にそう尋ねてきた。突然投げ掛けられた質問の意味が飲み込めず、思わず反応が遅れる。同じく分析室にいたらしい六合塚にも「狡噛、何か心当たりはある?」と尋ねられた。?どういう意味だそれ

「事件って…そんなのあれば同じ一係の俺らの耳に当然届くんじゃないのか?」
「そうよねえ…じゃあ昔の事件でも再捜査してるのかしら、あの子」
「それにしても"スギタカツロウ"なんて名前の人物には何の事件性への関わりもなかったじゃない。ただの一度も捜査線上にあがったことないし」
「色相もずっと規定値を保ってた、元お役人様だしね」
「……話が全然見えないんだが」

一から説明してくれと眉をひそめれば、「あはは、別にそんな大した話じゃないのよ。難しい顔しないでよ慎也くん」と志恩に笑われた。…そっちから聞いてきたんだろ。気になるのは当然だ

「いやね、珠子ちゃんが今日の朝っぱらから此処に来てね?スギタカツロウって人物が今現在どこにいるか知りたいんです!とか切迫詰まった感じで頼みこんできてさ」
「スギタカツロウ…?何なんだそいつは」
「さあー?調べてみたら、弥生の言う通り事件性も何もない人物よ。八十五歳男性、元環境省職員。シュビラシステム確立当時からメンタルケアに一度も引っ掛かったこともないよーな善人。…あ、これは秘密事項ね?彼を調べたこと、もし事件と全く関係なければ職権乱用になっちゃうから」
「事件と関係ないのはあの子が人目を忍んで志恩に頼みに来た時点で分かってたんじゃない?」
「あーそれ言っちゃう?だって女の子に一生のお願いだとか涙目で縋られたら…ねえ?」
「…それで?珠子が知りたかったことは分かったのか?」
「杉田勝郎は昨年に脳に腫瘍が見つかって、今は都内の病院に入院してるらしいわ」
「……」

何でアイツはそんなことを調べてたんだ…?スギタカツロウと珠子にどんな接点があるのか…。実際俺も今までの捜査で全く記憶にない人物だ。顎に手をあて考えこんでいれば、志恩に「まあ仕事の合間に自分でちょくちょく調べて回ってるらしいから個人的なことなんだろうけどさ。慎也くんもあんま気にしなくていいんじゃない?というか他言無用の手出し無用?」と遠回しに釘を刺された

「けど、まー…ちょっと心配になっちゃってね?ほら、あの子って普段は騒がしいぐらい口喧しいわりに、大事なことは周りに相談しないで内密にしちゃうところあるじゃない?」
「志恩さりげなく凄いこと言うわね」
「あら、でもその通りでしょ?珠子ちゃんと同じ時期に執行官になった弥生がそれは一番分かってるでしょ?」
「…まあね」
「だから慎也くんもちょっとだけ気にかけてあげた方がいいかもねーって、ただそれだけの話よ。ほら…つい先日ここによく面会に来てた珠子ちゃんのおばあさんも亡くなったばかりでしょ?それで最近より一層あの子一人でからまわちゃってるし」
「……そうだな。分かった、気にかけておく」
「よろしく頼むわよ?あの子が一番気を許してるのは慎也くんだろうから、そのうち本人から何か話してくるかもしれないしねえ」
「……」

気を許してる…か。どうだろうな。もし珠子が今一人で何か無茶をやらかそうとしているとして、そのときにアイツは俺を頼ってくるだろうか。…分からない。もうずっと長いこと一緒に仕事をしているが、アイツが他人に助けを求めたところはあまり見たことがない気がする。期待は出来ない

「(…"そうであればいい"とは思うけどな)」

何かを抱え込んだ時、アイツが自分の心のうちを打ち明けてくれるのが、ギノや常守監視官や縢や六合塚や志恩やとっつあんでなく、俺であればいいと。そう思ってしまうのは、ただの後輩を気遣う上司のそれなのか。頭に浮かんだ考えを共々打ち消すように、俺はまだ火を灯したばかりの煙草を灰皿に押し付けた






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