今の時代、わざわざ紙媒体に頼る必要はない。例えば仕事で提出する報告書だってデジタル化したデータを電子通信のやり取りさせれば済む。人が紙に何かを書くなんて動作も、筆記具も、全てが最新鋭化した今の世には本来あまりないものなのだ。なのに

「…狡噛ってさあ、まだ28でしょ?何でいまだに昔ながらのプリンターなんか使ってるの?」

紙の本じゃなきゃ読んだ気にならないとか、仕事等でまとめた情報はやはり紙に印刷しておかないと、なんていまだに変な意地をはる高齢層の人間は多い。実際、まだ紙の本やそれこそ印刷業は廃れてはいない。けど、若い人たちはいちいち文字を紙におこそうだなんて面倒な手段は普通選ばない

「アナログのものの方がときにデジタルより使い勝手がいい。電子化されたデータだと不慮の事故や災害で破損する恐れも、第三者に改竄される可能性もあるだろ?その時点でデータは正当性を失う」
「?データファイルにキーをかけてユーザー認証させればいいじゃんか」
「それじゃハッキングされる可能性もデータファイルを保存してる媒体自体が消失したり破壊されることも有り得る。不十分だ」
「それは…、心配し過ぎじゃない?大体紙に書きおこしたところで何が違うのさ」
「少なくとも手書きの自分の字なら100%信用出来るデータだろ。同時に書く動作によって記憶に残りやすくなるからな」
「手書き、とか…そんな手間がかかること…」
「ただ手で書く程度の動作を手間がかかることだと認識してる時点で、俺とお前は鼻から重要視してる点が違う…、ただそれだけのことさ」
「……」

少し嫌味な言い方な気がするが、真理だろう。自分の手で文字を紙に書く。…それだけのことをしなくなったからこそ、今の人は極端に記憶力や創造力なんかが欠如していると前に誰かが言っていた気がする。利便性を求めるか、データの保全を求めるか。私と狡噛の違いはそこだろう。ー…特に狡噛は槙島に関する資料に対してそのポリシーを曲げない。必ず紙媒体にして彼の書斎に理路整然にまとめてあることを私は知っている

「筆記具でさえ私持ち合わせてないし、暫く字とか…書いてないなあ。というか自分の字が下手っぴ過ぎて書く気もおこらない」
「…そうだったか?」

資料をまとめていた狡噛が顔を上げる。…何故今まで私が話しかけても相槌だけだったのが、今このタイミングで手を止めたのか。そ、そんなに私の字気になるの…?彼は小さな紙切れとボールペンを寄越し、「何か適当に書いてみろ」と言ってきた

「え、え〜…?何でわざわざ…」
「他人の書く字は見ようによっちゃ面白いことが分かるからな」
「…名は体をあらわす、的な?」
「それだとちょっと意味が変わってくるが…、まあお前に言わせたら似たようなもんか。よく知ってたな、そんな言い回し」
「う、狡噛は少し私のことバカにしすぎ」

お前に言わせたら…って、それはつまり私が理解出来るレベルで説明するならってことでしょ?本当に失礼しちゃうわーなんて間延びした声で不満を訴えながらも、紙切れに「狡がみのあほ」と書いてやった

「……」
「今の気持ちを言葉にしたよ」
「ああそうかい。…まあ内容は置いておいても、下っ手くそな字だな」
「し、仕方ないじゃん私学校に通ったことないから他の人より字を書く機会なんか極端に少ないし、てか漢字分からん!一係のみんな好きだけど名前は嫌いだ!難しい漢字ばっか使いおって!」
「何だそれ」
「狡噛はそりゃムカつくぐらい綺麗な字書けるからいいけど…普通は皆こんなもんでしょ」

紙の中心に書かれた、ひょろひょろとした細く小さい字。我ながら形の均等も取れていない字はひどく読み取りにくい。けど、今の時代何かに筆記すること自体珍しいのだから他の若い人たちもこんなものだと思う。事実だ。…もちろん狡噛は過去に最終考査とやらで700ポイント以上をたたき出したエリートなのだから勝手が違うだろうが。彼の字の上手さは本当に非の打ちどころもない

「…字って、人の個性が現れるんだろうね。それに気分とか、気持ちとかも作用してくる気がする」
「そうだろうな。まあ今じゃ人の手書きの字自体お目にかかることも少ないが」
「……狡噛からラブレターもらう女の子は、きっと気分良いだろうね」
「は?」

突拍子もない言葉に意表をつかれたという表情丸出しで、狡噛は怪訝そうに私の顔を見つめる。…少し強引に違う話題に移ってしまっただろうか。こういうときほど、狡噛は私のことが理解できないとよく声を大にして言う。彼からしたらまるで脈絡ない話題が急に話の流れで出てることは有り得ないらしい。…それもそのはずで、本来会話というものは同じくらいの知性を持つ者同士じゃないと成り立たないものだ。使う単語にしても話題にしても、知性に差がある者同士では‘会話が出来ない‘。だから、知性の劣る私と頭脳明晰な彼とではたまにこんな事態に陥る。これは仕方のないことだ。対処法としては…そう、私がなおも口を開き続けることにある

「ラブレターって、文面もそうだけど色んな要素こみで相手に気持ちが伝わってなんぼのもんじゃない?特に男の人で字が綺麗だったら、好感度高いと思うなあー。あ、狡噛ってラブレター書いたことある?…というか女の子に告白するとき、直接派?それともメール?電話?もしかして今まで告白される側しか経験なかったり?」
「……お前って、会話があっちこっち忙しいやつだな。要するになんだ、お前は俺とラブレターについて話したかったわけか。この部屋に来てから」
「ん、ご明察です!えへへ、狡噛とだと会話進めるの楽だなあ意図を汲み取ってくれるから。で、ラブレター書いた経験は?」
「生憎、ない」
「じゃあもらったことは?」
「ない。手紙自体、受けとるのも書くのも機会がそうないだろ普通」
「まあそっか…。じゃあ、メールかなんかで告白されたことは?」
「………」
「あるんだー!」
「…それは今どうでもいいだろ。珠子お前、いったい何が聞きたかったんだ」

やれやれと溜息をつき、狡噛はおもむろに煙草に火を灯す。電灯もついていないこの狭い資料部屋で、煙草の火だけが彼の顔を煌々と照らす

「うんと…、ラブレターを書いたりもらったりした人はどんな気持ちなのかなって最近よく悩んでて。字の話してて思い出して」
「それを最初から言え」
「うんごめん。…でさ、それも狡噛の言ってたのと同じことだなって思うんだ。電子メールの文字で伝える好きの気持ちと、手書きの文字で伝える好きって気持ち。全然重みが違うと思わない?」
「……」

狡噛が言うデータの信憑性。そこに人の気持ちが介入するなら尚更なんじゃないか。今の近代化した時代に合わないアナログな考え方だと思うけど。「私の考え、間違ってるかな…?」と思わず不安になり、首を傾げ尋ねる。すると返事の代わりに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた

「わぶっ!?」
「俺に何でも聞こうとするな。お前の悪い癖だぞ」
「い、いやだって…」
「ー…そう考えるのが自然だと思うなら少なくとも‘間違い‘にはならんだろ。何でその話題にお前のなかで行き着いたのかは知らないが、いちいち結論を言葉にするのをためらうな。大丈夫だから」
「!…」

―…潜在犯だと区分けされた時から、私の考えに耳を傾けてくれる人間はいなかった。窮屈な世界では、言葉を発することさえ憚られた。…初めて会った時からそうだった。狡噛一人の存在がどれだけ私というちっぽけな存在を支えていたか。どうせ、気づいてないんだろうな。こんなただの日常会話だけとっても、私は随分と救われているんだ

「ふふふ、じゃあ私も狡噛も告白には手書きのラブレターを使う派ってことだねー」
「…そこまでは言ってないんだが。というか、何でお前いやにラブレターの話題に拘ってるんだ」
「んえ?あー…それは秘密で!」
「……?」


―――
馬鹿な会話のようで伏線





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