「常守監視官殿お願いがあります!」
「つ、常守監視官殿…?」

「ど、どうしたんですか?いつもなら朱ちゃんって呼ぶのに…。それにお願い…?」と不思議そうな顔をしてタブレットを叩く手を止めた常守監視官に、珠子は深々と頭を下げる。…何やってるんだコイツは。休憩から帰ってきた自分を出迎えたこの光景に俺は眉をひそめる。同じく室内にて仕事中(その実両手にあったのは携帯ゲーム機だったが)の縢も「まーた珠子ちゃん変なことやってるー」と愉快そうに笑っていた。一方で我関せずと仕事に取り組んでいる六合塚ととっつぁんは、流石にもう珠子の奇行には慣れていると見える

「今度のオフの日、私に外出許可を欲しいなあ〜なんて…」
「?別にいいですけど…私と同行しなきゃ執行官は外出許可がおりませんよ?それで大丈夫ですか…?」
「そりゃもう勿論!今週の金曜日の午後私と朱ちゃん非番被ってるよね?だからその時にでも付き合っていただければ!」
「えっと…ちなみにどこへ行くんですか?」
「都心の住宅街の方で…確かここから近いと思うんだけれど…」

「とにかく、あんま時間はかけないから!お願いします!」と声を張り上げる珠子に常守は「分かりました。外出許可申請しておきますね」と別にそれくらい何でもないようとでも言うように微笑み返していた。…珠子の突拍子もない行動はいつも通りだが、それに動じず素直に快諾してしまう常守監視官も人が良すぎるんじゃないだろうか。案の定、常守の快い対応に珠子は調子に乗ったようで、一際声高に「わあい朱ちゃん大好き!」と叫んでいた。おい、五月蝿いぞ静かにしろ

「ああ朱ちゃんが上司で良かったなー!」
「えっそんな、大したことでは…」
「いやいや大したことだよ。ギノさんなら話さえ聞いてもらえないうえ"何故俺がオフまで潜在犯と外出しなければならない。そんなの時間を浪費するうえ色相が濁るだけ大損だ"とか言うもん絶対」
「あはは、やべえそれ全然想像出来る!ていうか珠子ちゃんのギノさんの物真似、地味に上手いし!」
「ギノさんの真似なんか特徴さえつかめば簡単だよ。こほん…"狡噛、それはまたお得意の刑事の勘か?"」
「……」

デスクにつかずそのやりとりを呆然と見ていた俺の方を振り返り、珠子はクイッと眼鏡を上げる仕草までして、ビシッと指をさす。…コイツのことは監視官時代から知っているが、相変わらずのバカさ加減だ。縢共々いくらまだ年齢的に若者だとはいえ、悪ノリってやつが好きな性分なのは厄介だ。ったく…いい大人がバカなことばっかしてんじゃねえ

「ねえねえ狡噛、私の物真似うまくない?特徴捉えてるでしょう」
「…そうだな。今の完成度はあとでギノに詳しく報告させてもらうよ」
「はあっ!?や、やめてよ!バカにしてるだろうとかキレられる!ギノさんの説教受けるの嫌だよあれやられるといつも色相がすごい勢いで濁るし!」
「じゃあギノの真似なんてアホなことするな」
「…というか、宜野座監視官のお説教を受けて色相が濁るのは貴女の心がけが悪いのよ?」
「珠子、あんま伸元のこと困らせてやるなよ?アイツの最近の目下の悩みの種は、飼い主の言うことを聞き分けないお前さんのことだ」

流石に六合塚やとっつあんに注意されれば堪えるようで、「え、ええ…私そんなにギノさん困らせてます…?き、気を付けますけど…」としょんぼりと眉を下げ、ようやく自分の席に座り、仕事をする準備に取りかかり始めた。…自覚がなかったのか…おめでたいやつめ。俺が監視官の時も、いつも人の話を聞かないわ、仕事を真面目にしないわ、普段からぎゃあぎゃあ煩いわで、お前には随分苦労させられたんだが。今の自分では他人のことはそう言える身分にないが、こんな手のかかる狂犬揃いの手綱を握るギノや常守には心底同情する

「…ん?何だどうした、騒がしいぞ」
「あ、ギノさん帰ってきた。じゃあ俺休憩行ってきていいですかねえ?」
「ああ行ってこい。あと六合塚もな」
「はい」
「……?なんだ、珠子その視線は」
「い、いや…えっと〜…ギノさん、コーヒーいります?私淹れてきますよ!」
「はあ?」
「……」

コイツなりに気を使ってるつもりなのか…?それなら早く報告書の作成に戻ったほうがギノのためになりそうなものだが。…まあいい。いつまでもバカに構ってられない。デスクに戻り、仕事に取り組もうとパソコンをたちあげた瞬間、隣のデスクで「…珠子ちゃん、何でオフに都心住宅街なんかに行きたいんだろう…?」という呟きが聞こえた

「(……そういや妙だな。アイツがオフにわざわざ外出許可申請することなんか、俺が監視官の時もなかったが)」

何しろ外の世界には興味がないし、むしろ自分を否定した今の世の中に嫌悪感を抱いているようなやつだ。仕事以外でアイツが自ら外に出たいと望むなんて、何か心境の変化があったんだろうか。…些細な疑問にいちいち考えこんでしまうのは刑事の悪い癖だろう。ちらりと盗み見た彼女の横顔。その妙に安堵したような表情に違和感を感じた


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