「へえっじゃあ夏野さんは月島にもう会ったんだ?」
「うん…」

「月島くんって性格悪いよね少し…。昨日は練習の休憩中に嫌味ばっか言われた…」と頬を膨らませ、私は自転車のこぐスピードを少し緩めた。…雪が丘町から烏野高校までは山をこえて40分ほどかかる。から、私も日向くんも毎朝早起きしてチャリで30分くらいかけて通学している。まあ、元々田舎住みだから仕方ないけど…。朝は弱いから最近既に辛い。私はふわあ…と小さく欠伸をもらし、日向くんに「月島くん、ちょっと独特な人じゃない?」と首を傾げた

「う〜ん…おれもちょっと苦手、かな。影山も、王様って連呼されてたからキレてた」
「あ、そっか。影山くんはコート上の王様って呼ばれるの嫌いなんだっけ?」

私もその異名で呼んだらキレられたからなあ…。月島くんは影山くんがそう呼ばれるの嫌いなの分かってて、敢えて呼んでるんだろうけど…。ああもう、本当に意地悪な人だ月島くん…!私は隣で同じように自転車をこぐ日向くんの方に寄り、白い息を吐きながら彼の名を呼んだ

「入部もかかってるんだしさ!そんな月島くんを倒してぎゃふんと言わせてやろ!」
「?それはまあそう、だけど…夏野さんそんなに月島嫌いなの?すごい意気込んでるけど…」
「だ、だってからかわれたんだもん!月島くんに」
「月島に?」
「うん、からかわれた。私がマネージャーになったのは日向に惚れ…」
「へ?」
「…!!や、やっぱ何でもないっ!」

あ、危ない危ない…!うっかり口走るとこだった…!というか、私は別に日向くんのことそんな風に見てたわけじゃないもん。ただ日向くんと一緒にいるといつも楽しくて、日向くんがバレーボールする姿を見るのが好きで、力になりたいなって思ってるだけで…れ、恋愛的なことは意識してない、はず…!

「?夏野さん顔赤いけど、どーしたの?」
「…!!な、何でもないっ!日向くん!学校まで競争ね!」
「えっ?」

ガアーッと自転車のペダルを猛スピードでこぎ、私は日向くんを追い越す。後ろから「?まだ時間余裕だけど…まっいっか!確かに早めに行って自主練したいし!」なんて一人でうんうんと納得する声が聞こえた。…あーもうだめ。そういうの意識すると頭パニックになる…!今はひとまず月島くんの発言は忘れよう…!




**



「よーし、じゃあ試合始めるぞ。月島達のチームには俺が入るから」
「!?ええっキャプテンが!?」
「だ、大地キャプテンは意地悪月島くんチームなんですかっ!」
「(い、意地悪?)あはは…大丈夫だよ。攻撃力は田中のほうが上だから!でも手は抜かないからな〜」
「……」

ー…いよいよ始まる、3対3のミニゲーム。しかし次の大地キャプテンの発言に、私と日向くんは「そんなの聞いてないよね…!」と困ったように顔を合わせた。うちの主将が試合参加とか…!それちょっと不公平…!

「っ…た、田中先輩!頑張ってくださいね!」
「思い出したかのように言うな」
ベシッ
「い、痛あ…!だって…」
「あーオホンッ」
「?」
「小さいのと田中さん、どっち先に潰…抑えましょうかあ?あっそうそう、王様が負けるとこも見たいですよねえ」
「「「!?」」」
「ちょっ…ツッキー聞こえちゃってるんじゃ…?」
「聞こえるように言ってんだよ。…これで冷静さを欠いてくれると有難いんだけど」
「月島、良い性格の悪さしてるねえ〜」
「「「……」」」

つ、月島くんコノヤロおお!なんなのいきなり、人を小馬鹿にしたような言い方ばっかして…!感じ悪いなあもう…!私は田中先輩と日向くんと一緒に並んで月島くんのほうをじろりと睨み付けた

「…特に、家来たちに見放されて一人ぼっちになっちゃった王様が見物ですよね」
「ー…」
「!そんな言い方…」
「ねえねえっ。今の聞いたあ?」
「?た、田中先輩?」
「あーんなこと言っちゃって。月島くんってばもう本当…」

うふふとわざとらしく笑顔を浮かべたと思えば、次の瞬間。田中先輩はぎろっと鋭い目付きでこう言い放った

「擂り潰す!!!!」

ー…はい。田中先輩が本気ギレモードに移行しましたー






「そォォォらァァァ!!!」
「!」
「おおっ!あのでかい一年吹っ飛ばした!」
「いつもよりスゲーパワーだな田中ー」
「っしゃあああ!」
「田中うるさい喜び過ぎー」
「まだ一点だろ。おい脱ぐなあー」
「……」

周りのギャラリーに呆れられながらも、田中先輩のスーパープレーは止まらない。あはは…あの人完全にスイッチ入ってるよ。コートのなかで「田中を煽ったのは失敗だったかもね〜…」なんてのほほんと微笑んでいる大地キャプテンに、心底同意する。月島くんも他人のこと馬鹿にした報いだなあ。…おかげで流れは少しこっちのチームにきてる。私は得点板のスコアを捲りながら、ぐっと小さく手を握りしめた

ピッ
「ー…日向!」
「日向くんっ!決めちゃえ!」
「「「!おおっ!?」」」

影山くんのトスが、日向くんに上がる。…すごい。あんな正確で、理想的なトスを上げれるなんて。流石は影山くん…。すっと宙に舞ったボールに向かって、日向くんが高く高く跳ぶ。その突飛した跳躍力に、周りがざわめく

「日向く…」
バチッ
「「!?」」

が、日向くんのスパイクしたボールは、いとも簡単に月島くんによって遥か高くからブロックし打ち落された。っ…まるで、中学の時の影山くんと日向くんの試合の時みたいだ。高い高い壁が、日向くんの前に立ち塞がる

「…へえ、昨日もビックリしたけど君よく跳ぶねえ。それであとほーんの30センチ程身長があればスーパースターだったかもね」
「!なっ…」
「ひ、日向くんは!!」
「「「「!?」」」」

月島くんの言葉に、顔に影をさす日向くん。そんななか、私のバカでかい声が割って入る。…月島くん日向くんはもちろん、田中先輩や大地キャプテンや菅原先輩もぎょっとした目でリアクションをしているのが分かったが、私は続けて言葉を紡いだ

「点を取ろうと必死にくらいつくから生まれるのがスーパープレーで!勝つまで真っ直ぐ努力してる人がスーパースター!だから、身長とか何も関係ない。日向くんは…すごいスパイカーだよ!そんな風に言ってばっかじゃ月島くんも、い、今に痛い目見るよ!」
「……相変わらず日向にべた惚れだねえ、夏野さん。正直うざい」
「!?う、うざっ…!」
「つーかお前…中学の大会の時も騒いでたけど、やじ馬根性あり過ぎだろ。外野は黙ってろって」
「や、やじ馬…!?」
「こ、こらコートの中と外で喧嘩すんなお前ら!」

大地キャプテンの一喝に私は「…す、すみませんでした」と頭を下げつつも、じと目で月島くんと影山くんを睨み付けてやった。だ、だって月島くんが日向くんにひどいこと言うから…!それに影山くんどさくさ紛れにやじ馬とか悪口言うし…!

「あはは…夏野さんちょっと落ち着こうか?月島は日向や影山を敢えて煽ってるわけだから、乗せられるだけ損だよ?」
「う…ひ、日向くん頑張れー…!」

ぽんぽんと菅原先輩に肩を叩かれ宥められ、私はコートから何歩か下がった。…中学の大会みたいに、日向くんには高い壁にぶち当たったままでいてほしくないから。日向くん、がんばれ!ってもっと大きな声で叫びた…「夏野さん本気でちょっと静かにね」…はいすみませんでした清水先輩…







「あー…あら またブロック」
「これで何本めだあ?」
「田中のほうは結構決まってるんだけどなあ…」

…試合展開はかなり白熱したものになっていた。点差はそこまで開いていないものの、流れは完全に月島くんチーム。…田中先輩はやっぱりタッパもパワーもあるからスパイクが決まる率が高いけど。日向くんのほうの攻撃は完全に長身の月島くんに阻まれてる…

「…ほらほら、ブロックにかかりっぱなしだよ?」
「!…」
「王様のトス、やればいいじゃん。敵を置き去りにするトス。ついでに仲間も置き去りにしちゃうやつをさ」
「…っ…」
「…?」

王様のトス…?仲間を置き去りにって…仲間に向けて上げるのがトスなのに…?よく分からないと首を傾げる私を余所に、影山くんがサーブを打つためにコート後方へと歩く。…そういえば、影山くんてすごい速いジャンプサーブも打てるんじゃ…

ドゴッ
「ひいっ」
「!わ、はや…

あんなの取れないんじゃ…。そう思った次の瞬間、大地キャプテンがいとも簡単にレシーブをし、ボールはゆるく弧を描いてセッターの月島くんへと上がった。大地キャプテンすご…!そうぽつりと呟いた私に菅原先輩が「大地の武器はあの安定したレシーブだからね。守備力すごいんだ大地は」とふわりと微笑み返された。…菅原先輩、大地キャプテンのこと信頼してるし大好きなんですね分かります

「…何点か稼げると思ったか?」
「!っ…」
「突出した才能はなくとも、二年分お前らより長く身体に刷り込んできたレシーブだ。簡単に崩せると思うなよ」
「……」

…影山くんのサーブでも流れを変えられないとなると…やっぱりスパイクがいかに決まるかが重要だ。ぐっと悔しそうに歯を食い縛る影山くんに、月島くんがまたにやりと笑みを浮かべる

「ほらほら王様、そろそろ本気出したほうがいいんじゃない?」
「むっ…!何なんだお前!昨日からつっかかりやがって!王様のトスってなんだ!」
「あれっ?君、影山が何で王様って呼ばれるのか知らないの?」
「?こいつが何かすげー上手いから、他の学校のやつがビビって呼んだとかじゃないの?」
「ハハッそう思ってるやつも結構いると思うけどね」
「??」
「…?」

…私もそうかと思ってたんだけどな。周りのチームから恐れられると同時に尊敬されるほどの強さから、そういう異名がついたとばかり…

「噂じゃコート上の王様って異名、北川第一の連中がつけたらしいじゃん。王様のチームメイトがさ」
「!えっ…」
「へっ?」
「意味は自己中の王様。横暴な独裁者。…噂だけは聞いたことあったけど、あの試合見て納得いったよ。横暴が行きすぎて、あの決勝ベンチに下げられてたもんね」
「「「!」」」

影山くんが、ベンチに…?日向くんとの一回戦の試合じゃ、影山くんはチームの要で。セッターとして突出した技術を使っていたけれど…。…もしかしてそれは、大地キャプテンが言っていた個人主義が原因で…?

「ー……ああそうだ。トスを上げた先に誰もいないっつーのは、心底怖えよ」
「(影山くん…)」
「影山……」
「えっ?でもそれ中学の話でしょ???」
「!…」
「!日向くん…?」

こてりと首を傾げ、日向くんは何でもないような表情をして影山くんの目をじっと見据える

「おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない。今はどうやって月島お前をぶち抜くか"だけ"が問題だ!」
「!」
「月島に勝ってちゃんと部活入ってお前は正々堂々セッターやる!そんでおれにトス上げる!それ以外になんかあんのか?」
「〜っ…」
「…ぷっ」

やっぱり、日向くんには誰も敵わない。日向くんの真っ直ぐなその言葉にハッと目を丸くする影山くんを見て、私はくすりと笑みをこぼした。…日向くんのそういうところ、やっぱり私は好きだ。そういう真っ直ぐさなところが、いつだって人を惹き付ける。影山くんにも…そして月島くんにも伝わってほしいな。日向くんのそういう気持ちが。ー…試合はまだまだ始まったばかり。さあ、ここからまた試合は動き始めるはず



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