私がこのレガーロ島に来た時…正確に言うと、アルカナファミリアの館で働くようになった時。まだパーチェの母親のカテリーナさんはご健在だった。たぶん当時デビトはまだ四歳ぐらいで、パーチェも六歳、ルカも十歳とまだまだ皆が幼い時代。私は彼らと出会い、そして共に幼少期をレガーロの地で過ごした


『…ポプリはスゴいねえ。まだこんな小さいのに料理が作れるなんてさ』
『!カ、カテリーナさんそんなこと…』
『だってスゴいよ。パーチェより年下だって言うのにこんな美味しそうな料理を一人で…ポプリは良いお嫁さんになるねきっと』
『?およめさん、に?』
『およめさんになら、ぼくがポプリをもらう〜!』
『あらっパーチェったら』
『…わたしが、パーチェのおよめさん?』
『うん!いや?』
『いやじゃないよ』
『それならよかった!だってポプリのつくるラッザーニアはおいしいんだもん!ぼく、ポプリのつくるラッザーニアと母さんのつくるラッザーニアを一生たべつづけたい!』
『あはは、パーチェはまた大胆だね〜全く誰に似たんだか』

優しい瞳に、明るい笑顔。…私が覚えている限り、カテリーナさんは本当に素敵な女性だった。初めて会う私に、カテリーナさんはとても良くしてくれた。…だから私も、ファミリーの館からカテリーナさんのいる教会によく行っては一緒に遊んでもらったり話し相手になってもらったり、一緒に料理したりもした。子供ながらに、私はカテリーナさんによくなついていたように思う





「…ん、んー…?こんな感じかなあ…」
「ポプリ?まだ起きてたの?」
「あ、パーチェ」

厨房にひょっこり顔を出したパーチェは驚いたように目を丸くし、「こんな夜中まで仕込みしてるの?」と言って私の隣に立った。…まあ、料理してるにはしてるんだけどね。明日の朝食の仕込みとかではないんだよこれが流石に

「…パーチェこそ、何でまだ起きてるの?もう夜中の1時だよ?」
「んー?なんか寝付けなくて。それに美味しそうな匂いが厨房からするなーって気になって!」
「……鼻良すぎじゃない?」

こんな夜中まで料理してる私にも問題あるけどさすがにそれは…うん、パーチェの鼻が良すぎるのが悪い。(パーチェの自室は厨房からすごく遠いはずだ)

「まあ…起こしちゃってごめんなさいなんだけど、うーん…」
「?ポプリ?」
「…パーチェ、もう歯磨きしちゃった?」
「え?どうしたの急に」
「ちょっとだけ、パーチェに味見してほしくて」

まだ煮込み途中のオッソ・ブーコを小皿にいくらか盛り付け、箸と共にパーチェに手渡す。するとパーチェはキラキラと目を輝かせて「食べていいの?わーい!いただきまーす!」ともしゃもしゃと食べ始めた。…もしかしたら小腹がすいてたの、かな。速い。呆れ半分パーチェを見つめつつも「ど、どう?」といち早く感想を聞けば、パーチェはパーチェで「…あれっ?なんかこれ、昔食べたことある、ような…」と首を傾げていた

「あ、やっぱり気付いた?さっすがパーチェ!」
「へっ?」
「 オッソ・ブーコ…これ、実は昔カテリーナさんがパーチェに作ってた料理のひとつなんだよ?」
「!…母さんが…?」

ぴたりと動きを止めたパーチェに私は「じゃーん!レシピノート!」と少し厚めのノートを見せた。そしてそれをパラパラと捲りながら、「カテリーナさんに昔教わったレシピがいくつかあってね?それをこうしてメモしてたの」と言葉を紡いだ。…昔子どもの時にメモしたのがほとんどだから、すっごく字は汚いけど。まあ拙いながら読める代物だからいいや

「けど、最近この仔牛の骨付きスネ肉を煮込む時に使う香辛料がレガーロ島に入ってこなくてね?やっと今日手に入ったから我慢出来ずに作ってみたの」
「……」
「パーチェが覚えててくれて良かった!作った甲斐があったよ〜たぶんデビトやルカは食べても微妙に分からないじゃないかな?私でさえ少し味忘れてたし」

「懐かしいね」とパーチェににこっと微笑みかければ、パーチェは少し顔を俯かせ「…母さん、ポプリにレシピ教えてたんだ?」と小さな声でぼそりと呟いた

「?うん。まあ、十品もいかないけどね」
「……」
「…?どうしたの?なんか不思議そーな顔して」
「いや、何で母さんはポプリにわざわざ自分のレシピを教えてたのかなって思って…」
「……パーチェ、もしかして覚えてない?」
「えっ?」

不可解そうな表情をするパーチェに疑問を疑問で返し、私は「ふふふ、そっか覚えてないかあ〜」とニヤニヤと口元をゆるませた。…私だけ覚えてるのっても、なんか空しいけど。少しだけ、優越感。…あ、でもパーチェにとっては黒歴史だったりして。「???えーなになに!ポプリ教えてよ〜」と言って、私のエプロンの裾をくいくいと引っ張るパーチェに私は「どうどう」とまるで犬相手みたいに宥めた

「…パーチェが、」
「うん」
「パーチェがカテリーナさんの前で、私をお嫁さんにするって言ったからだよ?」
「!えっ…お、俺が!?」
「そうだよー。だからカテリーナさんが家庭(うち)の味を教えておこうかって笑いながらさ」

パーチェが慌てるところなんて、なんか珍しいな〜。少し惚けたように「お嫁さんにする、かあ…そんなこと言ったっけ…?」なんて顎に手をあてるパーチェに、本当に覚えてないのかな…なんて疑問に思ったけど。まあ…そんなことはどうでもいい。パーチェの真意なんてのは昔から分かった試しがないし。深読みするだけ損だ

「そっか…俺、ポプリにそんなこと…」
「?パーチェ?」

ぎゅっ。急に大きな手に手を握られる。??何だ何だ?料理中に危ないじゃないか。私は握られていない方の手で鍋の火を止め、パーチェの顔を覗きこんだ

「…ポプリ」
「うん?」
「俺のお嫁さんになろうよ!」
「……はい?」
「そしたら俺はポプリの美味しい料理を一生食べて暮らせるし、それはすごく幸せなことだと思うんだよね!」
「は?……いや、パーチェあのね…」
「ポプリの作る母さんの料理も、ポプリの作るポプリ自身の料理も一生食べ続けたいんだよ俺は」
「………」


『だってポプリの作るラッザーニアは美味しいんだもん!ぼく、ポプリの作るラッザーニアと母さんの作るラッザーニアを一生食べ続けたい!』


昔の、子ども頃のパーチェの言葉が頭を過る。…パーチェ、昔から全然変わってない…。なんかある意味全く成長ないというか、言ってる内容がバカ正直するというか。レガーロ男ならもっと上手い口説き文句覚えてきたほうがいい気が…パーチェが本当に好きな女の子にプロポーズするときとかどうするのかな疑問だ。…まあ、恋愛経験のほとんどない私が言う台詞じゃないけど。私は「私は今のところ誰とも結婚する気はないんですー」と冗談っぽく笑い、パーチェの鼻をむぎゅっとつまんだ

「というか、お嫁さんじゃなくても料理なんて毎日パーチェのために作ってあげられるよ?』
「あっ!それもそうだね〜!じゃあまだお嫁さんはいっか!」
「(?まだ?)…そういえばパーチェ私、昔カテリーナさんに言われた言葉思い出した」
「え?なに?」
「…男の心を掴みたいなら、まずその男の胃袋を掴めって」


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パーチェにいたってはまさしくそうでした。



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