April.24_10:02


「ううっ…茜くん、元気でなあ…!」
「はい。局長さんもお元気で」
「…まあまた何かあったら屯所(うち)に顔出せや。茶ぐらいなら出してやる」
「土方副長ありがとうございます。…じゃあ私、もう行きますね」

翌日の朝、研修を終えた私は真選組を去ることになった。号泣しながら別れを惜しんでくれる近藤局長や他の隊士さん達に、不覚にもうるっときてしまったのはここだけの話で…。私は後ろ髪を引かれる思いで、松平様の車に乗り屯所を後にした。車の窓から真選組屯所がだんだんと小さくなっていくのを見ると、すごくもの悲しい気分になってくる。…別れってこういうことなんだな。なんともいえない喪失感がある

「(…さようなら)」

心の中で呟いたのは結局"あの人"に伝えられなかった言葉で。昨夜に話せただけ良かったと、私は心底安心した。…次に会えるのは、一体いつなんだろうか。「迎えに来る」とは言ってたけど…私が天導衆(あそこ)から抜け出せるのは状況から見ても1、2年後が妥当だろう。権力の前じゃ、この世界では誰も逆らえない

「…オーイ茜ちゃん?どうかしたかァ?深刻そうな顔しちゃってよォ」
「!い、いいえ。大丈夫です松平様」
「?それならいいんだけどよォ…。いや、それにしてもあれからもう10日経つなんて早いなァ」
「……そう、ですね」
「最初"真選組で働かせて下さい"って言われた時は、オジサン驚いちゃったけどよォ」

助手席で懐かしむようにそう言って、煙草をスパスパと吸う松平様。…そう、松平様はいつだって私の力になってくれた。自分も幕府側につく人間なのに…ちゃんと私の苦しみを理解してくれた。その松平様なら、今度ももしかして……。私は思わず傍らにあった自分の刀をきゅっと握った

「あ…あの、松平様」
「んん?何だどうした?」
「私、松平様に1つお願いしたいことがあるんですけど…聞いて下さいますか?」
「…?」







「ー…失礼します、」
「おお、茜か。入れ」

その日の午後、私はとある料亭にてある人物と待ち合わせをしていた。そう、この人物こそがー…

「どうだ?真選組での研修とやら、楽しめたか?」
「…はい、もちろんです」
「ハハッそうか」

この人物こそがー…私の"飼い主"であり、天導衆幹部である厳骸様。酒を喰らいながら「そんなところにいないで、お前もこちらに来い」と招かれるまま、私は彼のもとに膝間付く。が、その瞬間何故か私は彼に顎をグイッと持ち上げられた。人を…全てを見下したような、そんな目と視線がかち合う

「…フ、俺の可愛い飼い犬は俺が与えたノルマを―…邪魔な攘夷浪士共100人の暗殺を、1人でやってのけたからなァ。"ただ真選組に赴くため"だけに」
「……」
「そんなに真選組とやらに行きたかったか?…俺には何を思ってあの野蛮な猿供の元で働こうとしたのか、理解に苦しむがな」

吐き捨てるようにそう言って、厳骸様は私の顔にバシャッと酒を浴びせた。ポタリポタリと髪の毛から水滴がいくつか滴る。…この程度で、屈したりしない。どうせ彼ら天人からしたら私たち地球人なんて下等な生物なんだろうから。むしろ、今の江戸では見事にその関係が成立してる。「そんな隊服(もの)なぞさっさと着替えてこい」なんて彼の言葉を無視し、私は懐からあるものを取り出した

「……厳骸様、それは誤解ってもんでしょう」
「?…どういう意味だ」
「つまりあなたは私の望みを聞いてくれたんじゃない…あなたはただ真選組の内情を探らせるために、私を使ったんでしょう?」

真選組研修1日めの時に気付いた"私に取り付けられていた"聴信機と録音機。私は半壊したそれらを彼の目の前へと転がした。…わざわざご丁寧に衣服や鞄から小物にまで取り付けてるんだもん。相変わらず陰湿な手口を使ってからに…

「最近仰ってましたよね?真選組の行動が目に余ると」
「…フ、確かに言ったなァ。だが、それがどうした」
「……」

その返事を聞いた瞬間、私は自ら鞘から刀を抜いた。…もう、迷いはない。刀の切っ先を主人である彼に向け、私はゆっくり言葉を紡いだ

「3日前に真選組屯所に爆弾を仕掛けたのは…厳骸様、あなたですよね?もう調べはついてるんです」
「……」
「厳骸様、私…松平公にお願いしたんです。真選組の研修を"今日"まで延ばして下さいって。だから私は今…あなたを検挙出来る立場にいます」
「ほぉ…?」
「あなたの飼い犬の、進藤茜ではないんです。真選組一番隊隊士として言い渡します。厳骸様、神妙にお縄について下さい」

そう強く言葉を紡げば、彼はククク…と低く笑い声をあげ、おもむろに指をパチンと鳴らした。途端、奥の襖が開き見たこともない造形をした天人がずらりと現れた

「!なっ…」
「ハハッ飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事だなァ、茜。実に残念だよ、お前は地球人の中でも特にお気に入りだったのに…まさか自分でその玩具を壊すことになるとは。反逆とは、また馬鹿なことをしでかしてくれる」

何十人もの天人に囲まれたこの状況…誰の目から見ても明らかに不利だ。…私を出迎える為だけにこの料亭に訪れた今なら、護衛も手薄だと思ったのに。しかも、この数は明らかに私がしようとしたことを考慮しての…

「〜っ…」
「…ほぉ?この数相手にたった1人で戦う気か」
「…ええ、そのつもりです」

…不利でも、戦う。もう覚悟したから。私はにやりと笑みを浮かべ、刀を改めて鞘に収め抜刀の構えをした。そして…ゆっくりと目を閉じる


『ー…俺の手を取るかどうか…選びなせェ』

…そうだよ。あの時沖田隊長の手を取るって選んだから。私は"自分"でこの闇から抜け出して、自由を掴むことにしたんだ。待つんじゃなくて自分の手で。……もし私がここで行動を起こさなければ、沖田隊長に迷惑がかかるから。沖田隊長はきっと…どんな手を使ってでも助けに来てくれると思うから。その前に私がー…

「ー……殺せ、」






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