April.22_11:11


「…あの、沖田隊長?一体どこに向かってるんですか?」
「特に決めてねェ」
「え?」
「とりあえず俺はお前と2人きりで話してェことがあるんでさァ」
「!」
「つーわけで、どっかいい場所を探してるんだけどねィ…」

…その言葉が何を意味するのかは分からない。だけど、最後に沖田隊長と2人きりで話せる機会があるなら、それはむしろ私がお願いしたいくらいだ。ちゃんと伝えたいことが、少なくとも私にはまだあるし…

「!あ…沖田隊長、屋根の上とかどうですか?」

それなら流石に誰も来ないだろうし、誰もそんなところに私達がいるだなんて思わないだろう。そう提案すると「…その案いただきまさァ」と沖田隊長は呟き、近くの倉庫にあった梯子を屋根に立て掛けた

「流石にそんな怪我じゃお前も上まで飛び上がれねーだろィ?」
「あ、はい。そうですね流石に…」
「ほれ、じゃあ誰かが来る前にさっさと登っちまいなせェ」
「はい。…あれ?そういえば沖田隊長、今日は仕事いいんですか?巡回とか…」
「今日の俺の仕事はお前が無茶やらかせねーか、見張っておくことでさァ」
「……」

…果たしてそれは本当のことなんだろうか。それともサボる口実にされてるんだろうか…。にやりと笑う沖田隊長を前に、私は心の中で呟いた



***



「…風がなんだか心地よいですねー」
「…まあな」

屋根瓦の上に座り、ここから見える江戸の街の風景を見ながらそんなことを呟く。…昨日あんなことがあったからか、やっぱり私も沖田隊長もどことなくぎこちない。「2人きりで話したいことがある」と言った手前、きっと沖田隊長も切り出しづらいんだろう。う〜ん、何か話題はないかなあ…

「!あ…そうだ。沖田隊長、お腹減ってません?」
「…何でさァいきなり」
「実はさっき、隊士さん達に餞別の品をもらったんです」

そう言って隊服のポケットから、ポテチやら風船ガムやら飴やらポッキーやら煎餅やらを細々と取り出した。途端、呆れたように沖田隊長の眼が細められる

「へえ〜…随分と質素な餞別の品だことで」
「そ、そんなことないですよ!こういうのは気持ちの問題ですし…何か貰えるだけで私は素直に嬉しいです」
「ただお前がガキ扱いされてるだけだろィ」

そんなことないです、よ…たぶん。私はポッキーを袋から取り出し食べる。…うん、お菓子なんて食べるのいつぶりだろう。久しぶりに食べるとやっぱり美味しいなあ

「…餞別の品、か。なんだかんだでお前、今日が最後だもんなァ」
「……はい」
「真選組に研修して何か得るもんはあったのかィ?」
「…もちろんですよ。皆さんにはたくさんのものをもらいました」

騒がしくも楽しい日々の中で起きたことはどれも、私にとっては大切な宝物だ。こんな私をいつだって笑顔で受け入れてくれて…本当に皆には感謝をしてる。…私が憧れていたこの真選組(ばしょ)には、確かに私が今求めていたものがあったんだから

「…そういえば松平のとっつァんに全部聞きやしたぜ」
「え?」
「真選組(うち)に研修願いを出したのはお前だって」
「!」
「理由…聞かせてくれるかィ?」

真っ直ぐに見つめてくる朱色の瞳から、視線を逸らすことなんか出来なくて。私はギュッと手を握りしめ、口を開いた。…大丈夫。ちゃんと、言える

「…沖田隊長は煉獄関のこと、覚えてますか?」
「煉獄関?…確か前に真選組(おれたち)が乗り込んだ、モノホンの殺し合いしてた闘技場のことだろィ?」
「そうです。…良かった覚えてたんですね。神山さんが"沖田隊長は過去を振り返らない人だ〜"とか言ってたから…」
「ハ、あんだけ天導衆の奴らにお叱りを受けちゃ忘れたくても忘れられねーや。危うく真選組(うち)も潰されかねなかったからねィ」

…まあ幕府の中枢と関わるヤマなんて、真選組じゃあの事件ぐらいだもんね。(あ…煉獄関の事件を知らない方は原作の単行本6巻に収録されてますので。良かったら一読下さい)

「で、ですね…沖田隊長。実はあの時私、あなたを尾行してたんですよ」
「…………マジでか」
「はい。…気付きませんでした?」
「…悔しいことにねィ。そりゃつまり俺が単独で煉獄関に探り入れてた時から、ずっとかィ?」
「そうです。…上からの命令だったんですよ。あそこは幕府官僚の遊び場でしたから…いくら違法だからといって、手を出されちゃかなわないと」

煉獄関で行う真剣での賭け試合…言うなれば殺し合いに、幕府官僚はそりゃあもう莫大なお金を注ぎ込んでたわけだし。何人たりともあそこに手を出さないのが、暗黙のルールだった

「…ふふっ、それがまさか幕府側にいる真選組が攻め入るとは。私も予想出来ませんでしたけどね」

そう。結果的には沖田隊長たち真選組や、坂田さんたち万事屋が乗り込んできて、煉獄関は閉鎖に追い込まれてしまったのだ。…真選組に上からのお咎めはなかったらしいけど、おかげで私の主含む一部の幕府官僚はそりゃもう怒りまくってたっけ。今となっては懐かしい…

「"得るもんなんか何もねェ…分かってんだよ、んなことは。だけどここで動かねーと、自分が自分じゃなくなるんでィ"…でしたっけ?沖田隊長が煉獄関の首謀者捕まえて言い放ったのは」
「…よくもまあ覚えてるねィ、何年も前のことだってのに。俺でさえ忘れてやした」
「だって私、あの時感銘を受けたんですもん。沖田隊長のその言葉に。私…その言葉を聞いて"自分"が何なのか、知りたくなったんです。そしてそれが分かれるまでに…"今"を変えたいと思ったんです」
「はーん…俺がきっかけ、ってわけかィ」
「はい。でもあの言葉の本当の意味は真選組(ここ)でしか分からないって思って…私はずっと前から上に、真選組研修の願い出を出してたんです」

もちろん煉獄関の事件が起こった後、自分から一歩を踏み出してみて…分かったこともある。得たものだってある。だけど…私はやっぱりもう一度、沖田隊長に会いたかった。あなたの存在に救われた人間がいるんだよって、知って欲しかった

「私は…ずっとずっと沖田隊長に憧れてたんです。そして惹かれました、あなたの強くて真っ直ぐな光に」

沖田隊長に出会わなかったら、今の私はなかった。…だから本当はお礼だけを伝えに、私は真選組(ここ)に来た。でも想いや気持ちは日に日に増していって…いつの間にか、抑えきれなくなったんだ

「…私はずっとずっと前から、沖田隊長のことが好きでした。それは今も変わりません」

そう言い切って私は目線を沖田隊長から自分の膝元に落とした。…答えは、別にいらない。ただ、伝えたかっただけ。自分の中で出た答えを…吐きだしかっただけだから。そう自分に言い聞かせていると、隣から「オイ、」と小さく呼び掛けられた。同時に腕をグイッと強く引っ張られ、気付けば沖田隊長の顔が私の目の前に。そして―…

「…!」

一瞬だけ、私の唇に沖田隊長の唇が重なった。唇に温かな感触を感じて間もなく、沖田隊長はおもむろにスッと立ち上がる

「(い、今の…)」

突然のことに反応出来ず、軽く放心状態の私を余所に。沖田隊長は私の腕をパッと放し、ひらりと屋根から降りていってしまった



『勝手に言い逃げなんかさせるつもりはねーから』

そんな一言を残して


−−−−−−
やっぱりあなたはズルい人で





戻る




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -