April.23_21:04


「―…それであの、沖田隊長?何で私をここに連れ出したんですか?」

宴会場から沖田隊長に連れられたのは中庭に面した廊下で。…当然今は人影一つもない

「別に…俺は用なんかありやせんぜ」
「へ?じゃあ何で…」
「"お前"が俺に用があると思ったから。だから呼んだんでさァ」
「!」

そう言って沖田隊長は私に「当たり、だろィ?」なんていつもの笑みを浮かべる。…ああ、やっぱり私この人には隠し事なんか出来ない

「…お話ししたいことなら…あります」
「ああ、分かってまさァ。どうぞ続けて下せェ」
「……えっと沖田隊長。ひ、昼間私が言ったことなんですけど…あれ全部忘れて下さいお願いします…!」

視線は庭に向けたまま、私は隣にいる沖田隊長にそうたどたどしく言葉を紡いだ。…さっきは隊士さん達に"また来ます"なんて言ったけど、もう私が真選組に来れることなんてない。いや…むしろこの先私が自由になれることなんて、もうないと思う。一緒にいられる時間もその未来もないんだったら…お互いの為にも、忘れたほうがいい

「…そりゃつまり俺に"お前のことを忘れろ"と…そう言いたいわけかィ」
「……はい、」

私は沖田隊長が好き。それはもう、ずっとずっと変わらないこと。…だけど沖田隊長が私のその想いを、心にとめておく必要はない。私は"好き"って伝えられた事実だけで充分だから。矛盾してるかもだけど、これ以上は私も進めない―…

「…茜、」
「何、ですか」
「じゃあ逆に聞くけどよォ、てめーは俺のこと忘れられんのかィ?」
「!」
「さっきのアレも含めて全部…忘れられんのかィ?」

そう言って沖田隊長は私の唇をその細い指でなぞった。…真っ直ぐな瞳が、私の心を射ぬく

「……っ」

…忘れられるはずがないよ。だから今私は…自分の気持ちも沖田隊長の気持ちも、全部無視してるんだから。どう答えていいか分からないまま黙っていると、頬に沖田隊長の手が添えられた。そして目の前には、にやりと口元に笑みを浮かべた沖田隊長の顔が。…え、えっとこれは…

「…じゃあ二度と忘れられねーよにするしかねーなァ」
「!?ん…っ」

気付けば先ほどと同じように、不意に唇を重ねられた。…だけど先ほどの触れるだけのものとは明らかに違うそれは、互いの唇の温度が溶け合ってるような感覚さえ感じて。ざらりと生暖かい舌の感触が口内に伝わり、顔の角度を変えられる度深く深く口付けられた

「ん、ふ…う…っ」

ようやく唇が離された頃には、もう足の力はすっかり抜けてしまっていて。そのまま床に座り込んだ私は、濡れた口元を手の甲で拭いつつ視線を上げる。すると滲んだ視界で薄ら笑う沖田隊長がうっすら見えた

「…これでも忘れられるってのかィ?」
「………です」
「あ?聞こえやせんねィ。もっと大きな声で言わないと」
「だ、だから…むり、です…」

これ以上ディープなのをされたら、それこそ心臓がもたないに決まってる。せめてものお返しにじろりと睨み返すと「おーそそるねィ、その涙目」と言われてしまった。…やっぱりSなんだなこの人

「…お前は真選組(ここ)に、いたいんだろこれからも」
「!」
「戻りたくねーんだろ?元の居場所に」

「お前の辛気臭い顔見りゃ分かりまさァ」と笑いつつ、沖田隊長は腰を屈め、今だに座り込む私と視線を合わせた。思わず胸がドクリ、と音をたてる

「嫌なら嫌だって言いなせェ」
「えっ…」
「俺だって惚れた女をみすみす逃すような真似はしたくねーからねな。…お前がそこから逃げてーなら、俺が連れ出してやる」
「!沖田、隊長…」
「どんなに深ェ闇の中にお前がいるんだとしても、俺がこっちに連れ出してみせる。だから…選びなせェ」

『俺の手を…取るかどうか』


『―…茜、仕事だ』

私が外に出るきっかけは、いつもその言葉から。…それ以外はただ真っ暗な部屋で、主人である彼の命令を待つのみ。だけど外に出れても、私は意志を持つことだって叶わない。私はただの"玩具"だから―…壊れるまで使われるだけ

こんなことを言ってくれるあなたは、私が今まで何をしてきたか知っていますか?私がこの手で奪ってきたものはもう償えないもので。命令だからと、何の縁もない人々を感情の無いまま切り捨ててきた。…何かを護ることなんて、出来た試しがなかったの

「―…私は、"天導衆"の天人に飼われてるんです。正確に言えば…幕府の管轄の人間ではないんです」
「知ってまさァ。松平のとっつァんに聞いたからねィ」
「だったら、分かると思いますけど…私はどこにも逃げることなんか出来ません。むしろ天導衆に関われば、真選組なんて小さな組織潰されかねな…」
「だから俺が聞いてんのは"お前がどうしたいか"ってことでさァ。質問履き違えてんじゃねーや」
「!」

…あなたはいつだって、私にとっての道しるべで。強くて真っ直ぐな光に私はいつも惹かれていたの。初めて会ったあの時から、

「……一緒に、いたいです」

願っては諦めることの繰り返しで。私にとって希望というものは、いつも捨てるものでしかなかった

「私っ…真選組の皆さんと…沖田隊長と、ずっとずっと一緒にいたいです…っ」

涙ながらに叫んだその言葉は、生まれて初めて吐いた本音。そしてそれを受け止めてくれるのは―…

「…安心しなせェ。絶対に俺がお前をそこから連れ出してやる。必ず…俺が迎えに行ってやりまさァ」





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