April.19_09:56


『そうちゃん、』
『……あね、うえ?』

真っ暗な闇の中、目の前に見えたのはぼんやりとした微かな光。そしてその溢れる光の中には、懐かしい笑顔を浮かべる姉上の姿が。他には誰もいない。何も存在しない。…ここにいるのはどうも俺と姉上、二人だけらしい

「(ー…夢、を見るなんざ…一体いつぶりだ?)」

いつもは浅い眠りにつくほうだし、むしろ夢なんて見ないことのほうが多いんだ。…まして姉上が自分の夢に出てくるなんて、初めてで

『そうちゃん、』
『…?』

姉上は不意に俺の両手を取り、何か言葉を紡いだ。だが、それが何なのか俺には聞き取ることが出来ず。ただ目の前の、生前と何も変わらない姉上の姿を呆然と見つめていた

『姉上、俺は…』

そうやっとの思いで姉上に呼び掛けた時、姉上の身体がだんだんと透き通っていった。目の前から姉上が…消えていく

『っ…姉上!待っ…』




**



「!、―…っ、」

バッと跳ね起きれば、目の前には何かを掴もうと伸ばされた俺の腕。そして広がる、いつもと変わらぬ俺の部屋。…きっと外では同じように、変わらぬ屯所の風景が広がってるんだろう

「(……何だって、いうんでィ)」

もう姉上が俺の生きるこの世からいなくなったのはずっと前のことだ。気持ちの整理も、俺なりにできてるはず…だったのに。何で…、ここで夢に出てきて…

「沖田隊長、土方副長が呼んで…って何だ。起きてたんですね?」
「!…」

襖をスーッと開け、顔を覗かせたのは茜のヤローで。おはようございますと頭を下げ、「副長が私と沖田隊長に至急の用があるので、すぐに副長室に来いとのことらしいですよ」と説明し、またいつものようにニコニコと笑ってみせた。…いつもなら穏やかささえ感じるその笑顔も、今は夢の中の姉上と重なって…なんだか、不愉快だ

「?沖田隊長?」
「……分かった。すぐ行くって土方のヤローに伝えときなせェ」

「先に行っていいから」と呟き、俺は重い腰を上げた。布団なんかは敷きっぱなしのままにしておいて、俺は寝巻を脱ぎいつもの隊服に着替えようとした。が、

「「………」」

部屋の隅には土方さんのところに行くわけでもなく、ただただ正座しこちらをボーッと見つめる茜の姿があった。…つーか、こっちは着替え中なんだけど。俺の裸、タダで見ようなんざ良い度胸じゃねーかィ。俺は脱ぎかけた着物をサッとまた整え直した

「…何でお前、出てかねーんでさァ」
「こういう時は1人になっちゃ駄目なんですよ」
「…?」

…またよく分からんことを。さっきの夢のこともあり、今の俺は明らかに気が立っている。近くにいるならこの雰囲気察しろってもんだ。俺はそいつをじろりと鋭い眼差しで睨みつける。が、当の本人は構わずぺらぺらと言葉を続けやがった

「沖田隊長の何かに土足で踏み込むつもりはないんです。けど…今の沖田隊長を、1人にはしておけません。私は…そんな顔した沖田隊長を、ほっておけないんです」
「!…」

ふいに目元に指先をあてれば、何やら湿った感触。…どうにも泣いてるまではいかないにしても、今の自分の顔が容易に思い浮かんだ。…情けねェ

「…こういう時は1人になるべきじゃないです。もし1人になったらその途端、色んな感情が心を支配して…沖田隊長を辛く苦しめます。…1人で考えたいにしても、もっと落ち着いてからの方が絶対いいと思うんです」
「……」

「あ…でもやっぱ恥ずかしいんで、私後ろ向いてますね?」なんて茜は冗談ぽく笑い、背を向ける。俺はそいつの小さな背中を見つめ、くしゃりと自分の頭を掻く。…情けねェ。誰にも見せたくない情けねェ面を、世界で一番見られたくない相手に見られた。最悪だ。ムカつく


『…アイツを救ってやりたい、』

茜の過去を知り、一度はそう思った。が、実際はこんなことばかりだ。俺は茜に…何かを与えられてばかりで。情けないことにむしろ、助けられてる。…いつだって気付かされてばかりだ

「本当…バカじゃねーの、」
「!…沖田隊長、?」

ドサッ。茜の背中に寄りかかるようにして座り込む。背中合わせした状態だから、茜の表情なんかは分からない。…けど、多分焦ってるんだろうなとは思う

「お、沖田隊長、あの…?」
「…少し休憩、」
「でも副長さんが呼んで…」
「土方コノヤローなんて後回しでィ。…今は、なんか疲れてんでさァ」

背中越しに伝わる温もりがひどく気持ち良い。俺はついスッと瞼を下ろす。「え、でも沖田隊長まだ寝巻きで…」なんて騒いでた茜も、暫くすると静かになった。…相変わらず空気だけは読める女だな、なんて頭の片隅で思った。「ー…10分だけ、ですよ」との言葉に俺はこくりと頷き、また瞼を下ろした




**






「……着替え、終わりました?」
「ああ」
「じゃあ副長室に行きましょうか。本当は至急ってことだったので、早歩きで…」
「土方さんなんか別に待たしときゃいいだろィ」
「そんな…そうもいかないですよ」

沖田隊長の隣に並んで廊下を歩きながら、私はそっとため息をついた。…本当はこんなお節介、するはずじゃなかったのに。辛そうな顔をする沖田隊長を、そっとしておこうと思ったのに

「(…こういう時ほど、今の仕事を恨みたくなるなあ)」

人間誰しもがもつ弱み。私はそれに付け入り、人の心を貶めることを生業としてきたから…。(もちろんそれは命令あってのことだけど。)私には今沖田隊長が何か抱えてることぐらい、手に取るように分かってしまうのだ。人の心理が、分かるのだ

「(…本当は私には関係ないこと、なんだよね)」

だけど、こんなに辛そうな沖田隊長を私は…見てたくない。…何でこんなこと、思っちゃったんだろ。初めてだ。誰かをこんな…。私はそんな想いに歯痒くなりつつ、「副長さん、失礼しますね」と目の前の副長室の襖を開け放った

「土方さん、来やしたぜ」
「副長さん、それで御用というのは…」
「ぱぱぁ〜!」
「ばっ、馬鹿!引っ付くな!!」
「「!!……」」

…そこで私達が目にしたのは、熱い抱擁をかます小さな少女と土方副長の姿で。こ、これはもしや…

「「……隠し子、ですか?(ですかィ?)」」
「んなわけねーだろうがアアアアア!!」



−−−−−−
次回へ続く






戻る




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -