April.18_16:44


「…あ?アイツがどういう仕事をさせられてたか、だァ?」

ー…あの後、俺は1人松平のとっつァんのところを訪ねた。幕府のお偉いさんなんかが使う応接間は、なんだかひどく落ち着かない。…正直真選組の仕事の話やら何やらは、近藤さんや土方さんを通して行うから。俺一人だけで松平のとっつァんとこうして話すのは、これが初めてだったりする

「…んなこと言われてもよォ。どうせお前ら、茜ちゃんとはあと4日間だけの縁だろ?そんなこと今更知ってどうすんだ?」
「……」

…確かにとっつァんの言う通りだ。分かってる。これ以上、踏み込む必要がないことくらい。茜と俺にはあかの他人なんだから。だけど…

「…アイツが何かを我慢してることくらい、分かっちまったから。それが気になって気になって、仕方なくて…気付いたら此処に来てたんでさァ」
「ほォ〜…お前が他人を気にするなんて珍しいなァ」

感心したように言う松平のとっつァんに少しバツが悪くなったが、俺は構わず頭を下げる。…誰かに頭を下げるなんて、いつぶりだろうか。もしかしたら土方さんに姉上のところに会いに行けと言った時以来かもしれない、なんて。頭のなかはひどく冷静だった

「…だからとっつァん、頼みまさァ。あんたなら、何か知ってるんでしょう?」
「…まあ、な。分かったよ、お前がそこまで言うなら。だからそんな固くならなくていい。とりあえずそこ、座れや」

煙草をふかし松平のとっつァんはソファーに腰かけ、足を組む。とりあえず俺は同じように、向かい側に腰かけた。「茜ちゃんのことについて…教えればいいんだな?」と少しゆっくりと言葉を紡ぐ

「…ま、本人も言ってたと思うけどよォ。同じ幕府に仕えてるとはいえ、茜ちゃんはちゃんとしたポストに就いてるわけじゃねーんだ」
「……」
「要するに忍と同じで、雇われの始末人さ」
「始末人?アイツは幕府官僚の護衛やってるんじゃ…」
「それと兼任してんだよ役目を。攘夷浪士は勿論、裏金やら何やらやったキナ臭い人間も幕府の邪魔となれば消す。…茜ちゃんはその役目だ。誰かがやらなきゃいけないからなァ」
「……」

その誰かが…茜なのか。何でアイツがそんな面倒な役目にあるのか。それは分からない。…だけど、それ以上に分からないこともあって…

「…とっつァん、」
「ん?」
「それがアイツが働く表向きのことだとして…本当のところは、どうなんですかィ?」
「!総悟お前…」
「俺にはそれらだけが全てだとは…思えないんでさァ。それに…幕府があんな女1人に一任する理由も、いまいち腑に落ちない」

驚く松平のとっつァんの目を真っ直ぐ見据え、失礼を承知で俺はハッキリと言葉を紡いだ

「だからとっつァん、教えちゃ…くれやせんか?」
「……ハ、総悟お前よっぽどアイツが気に入ったらしいな?んなことまで見透かしてやがるとは」
「……、あんだけ分かりやすい奴もそうそういないでしょう」
「ハハハ、そうかァ?ま、そういうことにしとくか…」

ケラケラと笑い声をあげながら、とっつァんは「…総悟よォ。江戸が開国して、天人が支配する世の中になって…もうどれぐらいなんだろうなァ」なんて自嘲気味に笑い、煙草を灰皿に押し付けた

「天人ってやつは侍を無力化しようと廃刀令なんざ作った。…だけどよ、侍ってやつに興味を持った天人が1人いたんだコレが」
「……」
「それもただの侍じゃねェ。まだ5、6もいかねェガキだ。誰に教わったのかは知らねェが、綺麗な太刀筋するガキでな?大人10人相手に渡り合えるぐらい強いって、ガキの暮らす甲州の里のなかでも有名だったんだ。…が、ある日事件が起きた」
「事件…?」
「そのガキが里から突然いなくなったのさ」

「身寄りのねェガキだったが、近所の人間はいたく心配してなァ。神隠しだって、当時は少し有名な事件になったんだ」と言葉を重ね、松平のとっつァんはまた新たに煙草に火をつけた

「…まあ、見つかるわけもねーさ。ある天人がそのガキを誘拐したんだからな。里から連れ出して」
「!誘拐って…何でんなこと…」
「そいつのただの気紛れよ。自分の玩具にしようとでも考えたんだじゃねーか?なんたって面白い人材だからなァ」

『ー…綺麗な太刀筋をする滅法強い、幼い人間の女の子だなんてよ』

ゆらり。とっつァんの吐き出した白い煙がふわっと漂う。…話が、読めてきた。だんだんと

「…だけどよ、その玩具も存外壊れねェ。天人がどんな遊び方しても決して壊れやしなかった。むしろそのガキは強く凛々しく…そして美しく成長した。後日、それに気を良くした天人はガキに契約をさせたんだと」
「…契約、?そりゃまたどんな形式のもんで…」
「身体に刻印を刻んだのさ、その天人の能力とやらで。絶対にガキがその天人を殺せない呪いを」
「……裏切りや反逆を、させないように…?」
「そんなもんだ。…まあそのガキは天人に仕えるしか生きる術がなかったからな。今も大人しく従ってるさ」

「ちなみにその天人は幕府の最高権力者、天導衆のうちの1人。そしてそのガキは…言わなくても分かるな?」と薄く笑みを浮かべ、松平のとっつァんはソファーにぐでっと寄りかかった

「…俺が最初に会った時にはあいつ、花魁姿でその天人の横に座って酌してたよ」」
「は…」
「茜ちゃんはその天人の特にお気に入りらしくてなァ。ずっと傍に置いてやがんだ」
「……性欲処理器としてでも使われてんですかィ?」
「いや?それがどうも違うらしいんだ。実際、俺が次に会った時には天人の隣で刀振るってやがったしな。何がしたいんだか、その天人もお気に入りの茜ちゃんに無茶苦茶なことばっかさせるみたいでよォ」
「……」

したいがままに。色々な都合で働かせられる茜は何なんだろう。まるで人形のようじゃないか。遊びたいときに弄ばれて…そのうえ茜は拒否も抵抗もしないんだから

「―…事情知った俺にアイツ、何て言ったと思う?」



『あっちからしたら、私はただの玩具なんです。綺麗なお飾りでもあり、自分の巣を荒らした輩を始末する刃でもあり、何かを測る物差しでもあり…。言うなればアイツは侍って生き物がどこまで使えてるのか、試してみたいんですよ。…なら私はそれに従うのみです。いつか壊れて動かない玩具になるまで』



「…逃げられないのさ、茜ちゃんは。飼い主に縛られてる限りは、な。…まあ本人もそれを承知のうえでやってるようだし?今更誰も変えようもねーことだ、お前が気にする必要はねーよ」

「……」

そんなことが許されるのか。そう言い掛けて止めた。…このご時世だ。天人に飼われる存在ってのががあっても、不思議ではねェ。だけど…変えられない、そんなことはないと思う。茜は逃げられないんじゃねェ。戦えないんじゃねェ。…ただ、関心がねーんだ。自分の生き方にも未来(さき)のことにも

「松平公、そろそろ時間です」
「おう、今行くわ。…じゃあ総悟、お前はもう少しゆっくりしてけや。一気に昔話を聞かされたんだ、少し落ち着いてから屯所に戻らねェとな。ゴリラに心配されんぞ」

スッと席を立った松平のとっつァんに、俺は咄嗟に頭をさげる。すると顔を上げかけたところで「あ、そういや思い出したわ〜」と松平のとっつァんから、ゆるく声がかかった

「?とっつァん…?」
「なーんかトシの奴が変に疑ってたみたいだけどよ…実は真選組に入ってみたいって言ったの、茜ちゃんなんだわ」
「!え…」
「煉獄関の件でお前らのこと知ってから、ずっと憧れてたんだと。特に総悟、お前をな。…だから今回の真選組研修の件、これは上からじゃなく茜ちゃん自身による要望なんだ」
「……」
「松平公、急いで下さい!」
「ああ分かった分かった」

そのまま立ち去る松平のとっつァんの背中を見送りつつ、俺はその場に立ち尽くした。頭の中にはさっきの松平のとっつァんの言葉だけが、ぐるぐると駆け巡る

「(…煉獄関の件があったのなんて、ずっとずっと前の話じゃねーか)」

それまで茜のやつは身動きが取れなかったとでも言うのだろうか?…主であるその天人のもとを離れることさえ、ままならなかったのだろうか

「……、」

アイツの望むものは果たして、真選組(ここ)にあったんだろうか?アイツはどういう想いで…俺達と共に過ごしていたんだろうか?

『―…アイツを救ってやりたい、』

真実を知った今、俺は柄にもなくそう心の中で呟いた。…ただ想いは交差していくだけ。敵は俺たちの仕える幕府上層部なのだから



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