April.17_17:09


「ふぅ…」


汗を流すために軽く屯所の大浴場をお借りした後、私は薄手の着物を着こんで、庭に出た。まだ討ち入りまで少し時間があるからか、屯所内はやけに静まり返っている。庭に人影も1つもない


「(…討ち入りなんて、大丈夫かな)」


ー…さっき副長や沖田隊長と手合わせした時も思ったけど、今日はどうも僅かに剣に乱れがある。反応も少し鈍かったし…何より集中出来てなかった。これじゃ、いつ首をはねられても可笑しくない


「…、」


ひらりと舞い落ちた木の葉。私は刀の柄を握って、鞘から刀を抜き振るう。次の瞬間、木の葉は真っ二つに斬られた。


「(…やっぱ、遅い)」


散り散りに斬るつもりだったのに…。私は小さくため息をついた。刀を鞘に納めたと同時に、葉は地面に落ち風に吹かれ飛んでいく。…何にも迷うことはないのに。何でなのかな…胸がざわつくんだ。このままじゃいけないって






***






「…ここがその新垣邸ですかー。攘夷浪士も随分豪勢なとこ使うんですね」
「まあ攘夷だなんだ酒に任せて、饒舌に語るのが好きな連中だからねィ。こんなことには金をバカバカ使うんじゃねーの?」
「あ、なるほど」
「オイてめーらうるせーぞ、静かにしろ」
「お前が一番うるせーんだよ土方コノヤロー」
「んだと!?」
「ひ、土方副長!それで私達はこのまま待機してればいいんですか?」


喧嘩に発展しそうだった2人の間に入り、副長さんに慌てて次を促す。…はあ危ない危ない。こんなとこでいつものように喧嘩なんかしたら、敵にもろばれだ


「副長、どの隊も配置に着いたみたいです」
「ああ、分かった」


今は各隊それぞれが別の動きをしている。私達一番隊と局長さんと副長さんは新垣邸の正面玄関の前で。二番隊は裏口の前で。三番隊は建物の非常経路の前で。それぞれ全隊士さんが待機している状態だ。…討ち入りっていうのはタイミングが肝心だからなあ。いかに相手の意表をついて攻めるか…


「で?土方さん、どうする気なんでさァ」
「…そうだな。もう少し様子を見てもいいと思ったんだが…」
「まだ待機、ですかィ?もういいからさっさと行っちまいやしょーぜ。これ以上隊士供の士気を下げる気ですか」
「んー…確かに総悟の言うとおりかもなァ。…トシ、そろそろ突入するか?」
「あ、ああ…」
「……」


腑に落ちない様子で局長さんに同意しつつ、各隊に指示を出していく土方副長。……本当に大丈夫なんだろうか。私も、最初の副長さんの考えには賛成だ。まだ待機、のほうが安全というか…。討ち入りする前にしては、変に場が静かすぎる気がする…


「………」






***






「…オイ山崎。あそこでボーッとしてる馬鹿、呼んできなせェ」
「あ、はい」


ザッザッと新垣邸に隊士供全員で歩を進めるなか、後方で立ち止まる人影が一つ。…茜が建物を見上げ、立ち尽くしていたのだ。その表情は遠目に見ても険しいもので。…アイツは変に勘が利くやつだからな。初めての討ち入りに緊張しているようには見えねーから、たぶん…


「茜さん?一体どうし…」
「っ!山崎さん!伏せて!」
「うぐぉっ!!」
「?!」


バァン!!茜が山崎の頭を掴みいきなり地面に叩きつけたのと同時に、その場に大きな銃声が響いた。全隊士が驚き動揺しているのを「お前ら、騒ぐんじゃねェ」と一蹴し、俺は山崎のもとへ駆け付けた。土方さんと近藤さんも慌てて山崎に駆け寄る


「おい!い、一体どうしたザキ!」
「わ、分かりません…茜さんに急に押されて…?」
「は?オイ、それでアイツはどこ行ったんだ?!」
「え?あ、本当だいない……さっきまでいたのに…」
「……、心配せずともあそこにいるみたいですぜ。オーイ、仕留めたのかィ?」
「あ…はい。ここにいるのはどうやら3人だけだったみたいですけど」
「!なっ…?!」


驚き動揺する近藤さん達の視線の先には、新垣邸の二階の窓辺の柵に腰掛けている茜がいた 。…よくもまあ一瞬で。忍者つーか宇宙人かなんかじゃねーのアイツ。色々通り越して呆れる俺を余所に、茜はそこから俺達の元へ、銃を何丁かと浪士らしき男達をドサリドサリと落としてきた。浪士共はもちろん茜によって既に斬られていた


「こ、こりゃ一体…?」
「…どうやら討ち入り自体がバレちゃってたみたいですね。逆に真選組を手厚く歓迎する気だったんじゃないでしょうか?」
「!…フン、いい度胸じゃねーか」
「土方さんあんた今スゲー悪人顔ですぜ」
「うるせー」


まあ俺らが討ち入ると知っていながら迎え討とうだなんて、大層な自信だとは思うけどねィ。攘夷浪士のくせに大した肝だ


「…でも勿論、何人かに時間稼ぎをさせて逃げ出す輩もいると思うんです」
「あ、ああなるほど…」
「っていうことで局長さん、私先に足止めしに行ってきますねー」
「?!いやいやいや茜くん!ちょ、待っ…」
「……行っちまいましたねィ」
「チッ、あの馬鹿…」


二階の窓から新垣邸に乗り込んだ茜を見て、土方さんが青筋を浮かべる。…心配せずとも、アイツは手柄を先取ろうとか考えちゃいないと思うんだが。土方さんがどう考えてるか分からないけど。…むしろ、先に潜入して浪士供を翻弄してくれるだけ有難いはずだ。なのに


「…っ、てめーら作戦変更だ!とりあえずこのまま突っこむぞ!一人たりとも逃がすんじゃねェ!」
「「「「は、はい!」」」」」

「絶対アイツ一人に華持たせんじゃねーぞ!いいな!?」
「「「「…は、はい」」」」」
「……」


…こりゃ茜に今朝、稽古で一本取られたこと根に持ってるな土方さん。俺は呆れたように目を細め、隊士共を率いて新垣邸へと突入した。…久しぶりに胸が疼く。刀による斬り合い。死闘。これが俺の生きる世界なのだから


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次回へ続きます





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