April.17_11:32


「ー…面あり一本!そこまで!」
「ありがとうございました」


真選組の鍛練場として使われている、道場に声が響く。ぽたりぽたりと滴る汗を手の甲で軽く拭い、私は一礼をした。とたんに隊士さん達が何人か私の元へ駆け寄ってくる


「茜さん、お疲れさまでした!これタオルっス!」
「あ、神山さん…ありがとうございます」
「いや〜それにしても流石だよな茜ちゃん。もう太刀筋からスゲー半端ねーもん!」
「幕府に勤めてるともなるとやっぱり違うんだな〜」
「「「「まさか副長から一本取るなんて」」」」


声を揃えてそう言う隊士さん達の視線は、向かい側で青筋を浮かべる副長さんを捉えていた。…確かに副長さんとの稽古で今、一本取れたけども。それは偶然というか…。「えっと、あの土方副長…」と声をかけると、副長さんはゆらりと竹刀を真っ直ぐこちらに向けた


「っ…クソ!オイ、もう一回だ!」
「えっ……で、でも土方副長?今のは副長が沖田隊長の野次に気を取られた隙に、私がたまたま一本取れただけで別に…」
「うるせえええ!!いいからもう一回だ!構えやがれ!」
「……(マジですか)」


…こっちだって楽々と副長さんから一本取れたわけじゃない。ましてや彼は真選組では随一の剣の使い手だ。獲物が竹刀でも、彼の剣を振るう腕力やスピードは凄いものがある。隙を狙うにしても、そこに至るまでにかなりの集中力や体力を奪われたわけで…。正直もうヘロヘロだ。やりたくない…


「あ?どうした?早く構えやがれ」
「…いやあの、えっと〜…次やっても私が負けるだけだと思いますし、やめ…」
「そうでさァ。戦場においては次だなんてありやせんぜ?実際土方さん、アンタは今のでもう確実に死んでやす」
「…総悟」
「お、沖田隊長…」


今の今まで道場の壁に凭れて傍観を決め込んでいた沖田隊長は、何故か神山さんの持っていた竹刀を奪い取りスッと構えた。ま、まさか…


「ってことで、次は俺と手合わせ願いますかィ?」
「え゛」
「何言ってやがる!コイツとやるのは俺が先だ!総悟、テメーは引っ込んでろ」
「だーかーら土方さん、あんたはとっくに死んでんですから。大人しくしてて下せェ」
「さっきのなんかで俺が殺られてるわけねーだろうが!まだ俺ァ戦えんだよ!」
「……」


…あれ?どっちにしろ私がまたやるのは確実…?






***






「いやー悪かったねィ」
「ハァ、ハァ…い、いえそんな…大丈夫です、よ…」
「こっちもまさかいきなり本気にさせられると思ってなかったもんで」


…私もまさか2人連続で手合わせすることになるとは思いませんでしたよ。ぜぇぜぇと息を切らし、私は座りこみ頭を垂れる。ふあ…汗でびしょびしょだ。午前からこれはちょっと乙女的にヤバいのでは…!


「(…にしても、流石は真選組鬼の副長に一番隊斬り込み隊長だなあ)」


今は私と沖田隊長しかいない道場。私は横で胡坐をかく沖田隊長にちらりと視線をやった。…案の定、二度目の手合わせは私には反撃する暇さえなかったのだ。いくら私が逆に隙を与えるため、斬り込ませても。いくら私が押し込もうとも。土方副長も沖田隊長も、それをさらに逆手に取って攻めてくる。そのうえ、彼らは異様に反射神経が鋭いため私には打つ手もない。…ああ、やっぱ正面からの剣の競り合いには向いてないなあ私。少し反省


「…やっぱり、スゴいですね」
「あ?何がでさァ」
「お二人とも、綺麗な太刀筋でした。私見惚れちゃったんです、さっきので」
「?どこがでさァ。芋侍のただの田舎剣法ですぜ」
「我流ではないでしょう?」
「天然理心流なんざ、柳生やらに比べれば粗っぽい剣法だろ」
「そんなことないですよ。太刀筋がしっかりしていて…迷いのない清廉とした綺麗な剣でした。だから私、楽しかったです。さっきの競り合い」
「……へえーあんだけ打ち込まれて嬉しいだなんて、あんたとんだドM女ですねィ」
「ち、違います!そういう意味じゃなくて…」
「沖田さん!茜さん!」
「あれ、山崎さん…」


稽古場に突然駆け込んできたのは監察方の山崎さんだった 。?確か今は皆さん、まだ昼食の時間じゃ…。「そんなに急いで、何かあったんですか?」と首を傾げれば、山崎さんは口を開いた


「実は過激派攘夷浪士である齋藤一派の情報が先ほど入りまして。これから緊急会議を開くそうです。すぐに会議室に来て下さい」
「…ふーん、奴さんもやーっと動きを見せたってわけかィ」


ニヤリと口元を歪め、沖田隊長は嬉々として山崎さんの後に続く。…手合わせに続き、今日は疲れる1日になりそう…






***






「―…今日の夕刻、齋藤一派が新垣邸で密会を開くらしいとの情報が入った。大方目的は先日奴らが予告した、大使館爆破に関するもんだろう。協力する浪士共も集まるはずだ」
「これ以上奴らの好きにさせるわけにはいかねェ。奴らが雁首揃えたところを、真選組がまとめてたたっ斬る。…今までチョロチョロ逃げ回ってた鼠を一気にしょっ引ける絶好のチャンスだ。失敗は許されねェ」
「……」


シンと静まり返った会議室に局長さんと副長さんの覇気のある声が響く。隊士さん達もみんな真剣に話に耳を傾けているようだ


「―…討ち入るのは夕刻になる。状況を見て、各隊の動きは隊長格に俺が指示する。とりあえず、一時解散だ。刀でも磨いておけ。いいな」


副長さんによるあらかたの説明が終わった後、隊士さん達の大きな返事を最後に会議は終了した。……どうしよう。というかこれ、私は参加できるのかな…?研修生である私が参加するには大きすぎる捕物な気がする…。なんたって齋藤一派といえば、幾度となくテロを犯してきたやり手で、そのうえ巨大な組織だ。それを討ち入りともなれば、当然リスクはあるはずで…


「茜くん、ちょっといいかい?」
「!はい、」


バラバラと散っていく隊士さん達に続いて部屋から出ていこうとした際、局長さんに呼び止められた。?何だろう…


「トシ、いいよな?」
「……ああ。近藤さんがそう決めたなら、俺は口出ししねーよ」


そう無表情に言い捨て、土方副長は部屋を出ていってしまった。…怒ってる、わけではないよね…?なんか不機嫌そうだったけど…。そんな副長さんに首を傾げつつ、私は局長さんのほうに向き直った。すると、近藤局長は「実はなァ…」と苦笑いを浮かべる


「?局長さん?」
「今回のことなんだが…実は俺ァ松平のとっつァんに"茜くんに危なっかしいことをさせないように"と。そう釘を刺されててな」
「!松平様がそんなことを…?」
「ああ。討ち入りともなると乱戦になりうるから、茜くんを気遣う余裕もないからな。…だから君には、今回の任務からは外れてもらおうと思っていた。だが…俺としては今回、君の力を是非貸してもらいたいんだ」
「…私なんかの、ですか?」
「さっきの手合わせを見ていたんだ。トシや総悟に負けず劣らずの腕をもつ奴は、真選組隊内にそうそういない。…君の剣が、必要なんだ」


真っ直ぐな瞳に、力のこもった言葉。…普段はあの誰にでも親しみやすい人柄だからか、分かりにくかったけど。これがきっと真選組の局長と呼ばれる人物の威厳なのだ。人の上に立つ人間の態度なのだ


「…わかりました。私でも何か皆さんのお力になれるなら、やらせて下さい」
「すまないな、ありがとう。じゃあ今日の討ち入り、一番隊を総悟と一緒に先導してくれるかい?」
「はい。でも…研修生(わたし)なんかが先導して、他の隊士さん達に示しがつきますか?局長さんにも、もしかしたら迷惑が…」
「俺は仲間が1人でも無事であるように、少しでも力がある者に道を切り開いてほしいんだ」
「!局長さん…」
「あ!いや、君のことを危険にさらしたいわけじゃないんだ!君のことは俺達が責任持って護るつもりで…」
「…ふふっ、大丈夫ですよ。私は元々真選組の皆さんを学ぶために研修生として、派遣されたんですから。どこまでもついていきます」
「そ、そうかい?いや申し訳ないワガママで。…だが、君なら多くの隊士達の助けになると信じている」
「…随分と信頼されてるみたいですね私」
「?ハハハ、もちろんだよ。君も今は立派な真選組の一員だ。俺の背中も、君に預けるさ」
「……」


…頼りになるようで、危なっかしい人。土方副長なんかは私のこと疑ってばかりだというのに。肝心な近藤局長がこれじゃ…なんて。でも、私も何でこの人が局長という役目にいるのか。何でこの人が副長や沖田隊長や隊士さん達から慕われているのか。なんとなく分かった気がするー…


−−−−−−
あなたがいてこそ、皆強くなれるのだ

















戻る




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -