April.16_09:12


『俺、アイツの見張りもう止めやす。あとは土方さんが適当にやって下せェ』


ー…そう総悟に言われたのが昨日の夜のこと。アイツはそれだけ伝えた後、さっさと俺の部屋を離れていった。見張りを止める。…それはつまり、総悟はもう進藤茜のことを疑っていない。そういうことだ


「(…チッ、まずいな)」


それを報告した時、「総悟が誰かに入れ込むのは珍しい」なんて近藤さんが笑っていたが…どうやら本当にその通りのようだ。進藤茜はこの3日間のうちに、見事なまでに真選組の連中と打ち解けてしまったらしい。…何も進藤が特別なことをしているわけじゃない。ただ、アイツがこの真選組において紅一点だからもてはやされているわけでもない。だが、何しろアイツの名前は実に色々なところで出てくるのだからー…




**



「…あれっ?何か廊下、いつも以上に綺麗じゃね?」
「ああ、そう言えばさっき茜ちゃんが雑巾で磨いてたぜ。…その代わりバケツの水を頭から被っちゃってたけど」
「あはは、だからさっき隊服じゃなくて男物の着物着てたのか。…ん?つーかアレは誰の着物なんだ?」
「近藤さんのらしいぜ」
「えええ…局長マジかよ…」
「変態だよな」
「………」


それは屯所の廊下でだったり




**



「「副長ー、頼まれてた例の書類出来上がりました」」
「……随分早ェな」
「茜ちゃんが手伝ってくれたんッスよ。おかげで俺は楽させてもらいました」
「あ、何だよお前もか。俺もさっき仕上げてもらっちゃったよ」
「マジでか。茜ちゃん、幕府中枢の人間だけあって学があるみたいでさー。教え方上手いんだよなァ」
「……」


それは副長室前でだったり。(つーか早く書類渡せよコラ)




**



「…近藤さん、あんたそれ何読んでんだ?」
「ん?ああ、これか?茜くんに貰ったんだよ。女心が分かってなきゃお妙さんも振り向いてくれませんよ、ってなァ。いや〜なかなか勉強になるよ」
「サルでも分かる女心100の本……何だこの胡散臭いもんは。つーか間違ってるだろ。近藤さんに渡すならゴリラでも分かる女心100の本じゃねーと」
「そんな本ありません〜!」
「なに拗ねてんだ、あんた」


それは局長室だったり。本当に色々な場所で。…どうやら進藤茜は隊士の仕事以外にも、様々なことを幅広くこなしているらしい。(近藤さんの相手もまたしかりだ)。…いや、つーか総悟のやつのせいで一番隊研修が出来なくて暇だからか分からんが。それにしても…


「(…ますます怪しいと思うのは俺だけか?)」


どうして幕府官僚の護衛を任されていた人間が、真選組で研修なんかしたり、まして雑用をこなしたりする必要がある?松平のとっつァんの直属の部下って時点で、進藤は出世頭(エリート)だ。真選組なんかと位が違う。…周りの奴は流されてるようだが、やはり俺だけでも探りを入れる必要があるようだ


「…オイ総悟、進藤どこいるか知らねーか?」
「?アイツならさっき、俺と一緒に見回りから帰ってきやしたけど?」
「!総悟お前……見回りに行ったのか仕事したのか」
「アイツが色々うるさかったんでねィ。一緒に見回りしたいだなんの」
「…そうか。で?お前はアイツと一緒じゃねーのか」
「んなの、その辺にいるんじゃねーですかィ。何たって狭い屯所ですし」
「それが見当たらねーから聞いてんだ。何か知らねーか?」
「……じゃあ、んなの俺が知るわけねーじゃないですかィ。自分で探したらどうです?」
「?何機嫌悪くなってんだおめーは」
「うるせーな。テメーでさっさと探しに行けって言ってんでさァ。土方コノヤロー」
「んだと?」
「あ、あの―…」


胸ぐらを掴み合い口論をする俺達の間に、割って入った声。くるりと後ろを振り返れば、そこには1人の女中の姿があった。…コイツ確か、近藤さんが最近雇ったとかいう…。食堂で見かけたことが何度かある


「あ…あの土方さん。茜さんお探しなんですよね?」
「?何か知ってるんですかィ、あんた」
「は、はい。茜さんは今…外に買い出しに行ってくれています」
「「…買い出し??」」






***






「…ふう、」


ドサッ。大量の食品が入ったビニール袋を地面に下ろし、私はあふれ出る汗をタオルで拭った。ふあ…にしても女中さんってすごいなあ。いつもこーんなに重いものを、スーパーから屯所まで持ち運んでるんだもん。私もそれなりに腕力とか自信があったんだけど、なあ…


「(…まあ、引き受けたのは私だし。慣れない仕事にへこたれるわけにもいかない、か)」


よーし、あともうひと頑張りだけ…なんて意気込んだところ。突然、目の前の買い物袋がふわりと視界から移動した。それを目で追うと、そこには見慣れた人物がいて…


「って…あれ?副長さん」
「…女中の手伝いやるなんざ、お前本当何してんだ?女中見習いでもする気なのかよ」


ムスッとした表情で副長さんは私を軽く睨む。…そんなつもりじゃない、ですけど。そう言葉を返す私を鼻でフンと笑い、副長さんは何となしにそのパンパンの買い物袋をひょいと担ぐ。…やっぱり男女じゃ腕力の差があるのか。そんな軽々と…。剣を握るうえでは私は剣を振るう力ではなく、剣術の差でカバーしているところが大きいのだが。この分なら見直す必要があるのかもしれない…帰ったら稽古しようかな…


「…で?何でこんなことしてんだ」
「夕方にもなると暇だったので、女中さんと仕事代わってあげたんです」
「だから何で研修生(おまえ)がわざわざ女中と代わる必要があるんだよ」
「ええと、それはー…コレのせいです」
「?…」






***






じゃーん。と棒読みでそいつが見せつけてきたのは、ビニール袋に入る大量の…マヨネーズだった


「?…これが何だって言うんだよ」
「副長。お言葉ですが、マヨネーズ30個もスーパーで買わなきゃならない女中さんの気持ちを察してあげて下さい」
「は?」
「年頃の女の子だったらきっと、恥ずかしいですよ」


マヨネーズを買うのが恥ずかしい?…何言ってんだコイツ。意味が分からないという風に眉をひそめると、そいつは咳払いをしつつ「とりあえずですね…」と困ったような笑みを浮かべた


「女中さんに買い出しに行かせるのも、必要最低限だけにしてあげて下さい。たまには隊士さんが一緒に付いていってあげても…」
「だから何で俺達がんなことしなきゃならねーんだよ。買い出しに行くっつーのも女中の仕事だろ?馬鹿馬鹿しい」
「………じゃあ、少し言い方を変えましょうか?」


急に声色を変え、伏し目がちにこちらをうかがうそいつ。…そこには普段馬鹿みたいに笑ってばかりのお人好しの面は、どこにもなかった。こいつ…


「……悪意を持った人間にとって、女中なんて存在は真選組の弱みです。つけいるにしても、これほど良い餌はありません」
「!」
「攻めるは弱きからって…私が仕事をするうえでも鉄則でした。もう少し、気を配ってあげて下さい」


「代わってこの研修期間は、私がマヨネーズでも何でも買いこんできますから。安心して下さい」なんて、そいつは漸くいつものように軽く笑う。…女中が弱点になるだなんて、正直そこまで広い視野は持ち合わせてやいなかった。女中なんざ、ただ真選組の食堂で日々働いているだけの存在。真選組隊士と特別交流があるわけじゃない。…だが、もし女中が人質に使われれば。俺らは動けないし、女中が脅されて真選組の内部事情を漏らす可能性もある


「……」
「?土方副長?」
「…意外、だな」
「何がです?」
「幕府中枢の人間なんてのは大概自分のことしか考えてねーと思ったが…随分気の利いた助言をするもんだと思ってよ」
「ふふっ、私だって普段はこんなこと言いませんよ」
「…?」


隣を歩いていたそいつは、急に俺の目の前に回りこんだ。そして、グッと俺の顔を覗き込むようにして距離を詰めてきた。くりくりとした真ん丸な碧色の瞳が、真っ直ぐ俺を射ぬく


「だって今私の目の前にいるのは、真っ直ぐな武士道と魂を持ち合わせた侍(あなた)ですから。私利私欲しか頭にない幕府の連中とは違う…だから素直にお役に立ちたいと思えたんです」
「……ハ、やっぱり読めねェ奴だな。てめーは」
「それほどでも…」
「誉めてねーよ調子に乗るな」


口元をゆるめるそいつの額を指でこずき、今度は共に並んで歩を進める。俺の左隣にいる進藤の姿。…やっぱりだ。こいつ、似てやがる。ちらりと見たそいつの横顔に、俺はある懐かしさを感じてたまらなかった


『ー…十四郎さん、』


……こんなに綺麗に笑える女を、俺は隣にいるこいつとあの世に逝ってしまった彼女以外に見たことがない。…重なるんだ。ミツバの面影に、こいつが


「土方副長、今日のお夕飯は一体何でしょうねー?」
「…んなの俺が知るかよ」


…まあアイツはこんなに変じゃねーしガキっぽくもなかったが。アイツは…ミツバはもっと美人だったし分かりやすい性格だった、なんて。それを進藤に愚痴っても仕方ないのだが


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重なる面影に感じたものは、





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