April.15_14:46


「っ…死ねェェェェ!」
「(あ……、やばい)」


そう思っても既に時遅く、鉛色のそれは真っ直ぐと降りてくる。…まあ仕事柄よくあるパターンだけども。腰に提げた刀の柄を握り、一瞬躊躇してしまう。…目がコンタクトないせいで見えないから、私もちゃんと正確に相手の刃物だけを弾き返せるか分からない。…どうしよう。こういう時って犯人殺しても正当防衛にはならないのかな…?なんて。うあーダメダメ、一体どうすれば…


「…沖田くーん、これ捜査協力とか言って金一封は貰えたりしないわけー?」
「何言ってんでさァ旦那。コイツに用があるのは万事屋、ひいては姐さんでしょう」
「!あ…」
「なっ…!?」


ガキーン!何かがぶつかる音がしたと思えば、今まで向けられていたカッターナイフがくるくると宙を舞い、地面に突き刺さる。そして次の瞬間には、目の前の男は白目を剥いてグラリと倒れてしまった。対して私は、そのままふわりと何かに優しく抱きすくめられる


「お、沖田隊長…」
「…あんた、こんなんで幕府官僚専属の護衛なんて勤まるんですかィ?給料泥棒でさァ、給料泥棒」


目の前にはカチンと刀を片手で鞘におさめ、呆れたような顔をする沖田隊長が。…どうやら刃を弾いてくれたのは沖田隊長で、男を気絶させたのは坂田さんのようだ。坂田さんは木刀をシュッと軽く振り、倒れた男のもとに近付いた


「オラァこの金髪バカ!姉御のバーゲンダッシュを返すアル!」
「ちょっと神楽ちゃん落ち着いてよ!その男(ひと)気絶してるから!」
「…じゃあ旦那、そいつは姐さんのとこにでも持ってて下せェ。あとで山崎に引き取らせに行かせやすから」
「あ?いいのかよ」
「姐さんにボコられた方がそいつも改心するでしょう。それに、今日はパトカーも何もねーから連行すんのだるいんで」
「それ絶対後者だろコノヤロー。…まあいいわ、オーイ神楽に新八。そいつ連れてお妙んとこ行くぞー」
「あいあいさー」


ズルズルと気絶したその男を引き摺っていく神楽さんと、その後ろに続く坂田さんと新八くんをぼんやりと見送る。行ってしまった…。お妙さん、という人物はそれほどまでに怖いのだろうか。というか、あの…


「えっと、沖田隊長?」
「あーこのことは土方さんには内緒ですぜ?バレたら面倒くさいんで」
「何て言うつもりなんですか?」
「犯人を捕まえたのは万事屋の旦那の手柄ってことにしとく。そうすれば土方さんもあんま深くは掘り下げねェ。あの人は旦那に貸しなんか作りたくないはずだからねィ」
「…でも、犯人の身柄を一般人に引き渡しちゃって良かったんですか?」
「だからそれはさっき言った通りでさァ。…それにアイツ連れてたらお前のこと運べねーしな」
「え…?」
「足、挫いたんだろィ?」


「後で何かおごれよ」なんて言って、沖田隊長はこちらに背中を向ける。…足のことに気付いていたことも勿論そうだが、その行為に私は思わず目を丸くした。…もしかして、背中に乗れってこと?おんぶ?


「……沖田隊長、何か変な食べ物でも食べたんですか?」
「殺すぞ」
「すみません」
「まあ俵担ぎしてやってもいいんですけどねィ」
「…それはちょっと……」
「なら、うだうだ言ってねーで乗れって言ってんだろィ。空気読めアホ」
「!わ…」


半ば強制的に乗らされた背中。意外に大きなその背中にそのまま身を預ければ、不意に胸がドクリと音をたてた。…何でだろ、ドキドキする。緊張してるのかな。嬉しいような、恥ずかしいような、哀しいような。たくさんの気持ちが混ざり合ってー…何だかモヤモヤする


「っ…」







***






「……沖田隊長、」
「あ?」
「お気づかいは嬉しいんですけど…やっぱり、下ろしてくれませんか?」


か細い声に思わず横目で、俺の背中に乗るそいつの姿を確認する。すると、そこにはいつものヘラヘラした笑顔を浮かべたそいつはいなく。代わりに、今にも泣き出しそうな情けねー顔をしたそいつがいた


「……」


―…もしかしたら、これ以上は踏み込んではいけないのかもしれない。そいつが望むように、黙って下ろしてやるべきなのかもしれない。だが、そう思う前に言葉が俺の口から滑り出た。…興味が、あるんだ


「…あんたは、何をそんなに怖がってんでさァ」
「!…そんなの、沖田隊長には関係ありま…」
「関係なくなんかねーよ。今お前は曲がりなりにも俺達真選組の仲間で、俺の部下だ。それを聞く権利も隊長(おれ)にはあらァ」


そうでなくても目の前で(正確には俺の背中で、だが)女がこんな面してんだ。慰める、なんてことはするつもりがなくても。理由ぐらい聞かせてほしいと思うのが普通だろィ?そう言い返せば、「…沖田隊長って、意外に世話焼きな性格なんですね」なんて明るく言われた。…別にただ何となく気になっただけで、いつもはこんなことしねーよバカ


「……でも確かに沖田隊長の言うことにも一利ありますよね」
「ま、どーしても話したくねェなら別に構わねーぜィ?」
「いいえ、大丈夫です。…散々迷惑かけちゃったんですもん。ちゃんと、話せます」


軽く深呼吸をしてから、そいつはなお震える声でぽつりぽつりと呟いた


「…初めてなんです。おんぶされることもそうだし、人とこんなに近い距離になったのも。だから私、今すごく…怖いんです」
「怖い?」
「はい。生きてる人間の温もりを覚えてしまうことが…私には恐怖に感じます。これに慣れちゃうときっと、次に触れられないですから…」


『冷えきった…死んだ人間に、』


そうまだ僅かにカタカタと震えながら呟くそいつ。まるでガキが駄々をこねるように「だから下ろしてください、」とせがむその必死さに、つい…可哀想だと思ってしまった。今まで触れたことがないって…それならコイツはずっとどうやって過ごしてきたっていうんだ。親は?家族は?友人は?仲間は?様々な疑問が浮かぶなか、俺の頭には大好きなあの人の笑顔が現れた


『ー…総ちゃん、強くなったわね』


…そうだ。姉上は決して誰かを殺して生きるようになってしまった真選組を、蔑んだりしなかった。嫌わなかった。姉上はきっと…


「…でも、だからこそ覚えとく必要があるんじゃないのかィ」
「え…?」
「その違いを知ってるからこそ、もっと人様の命の重さってのを理解出来るし背負えるって。そうは思わねーかィ?」
「!…」


姉上は俺がそうして生きて何か大切なことを学んだと分かっていたんだ。だから、笑ってくれたんだ。俺のことばにハッと彼女の小さく息を飲む音が、後ろから聞こえた。…慣れたくなくても、その温もりとやらを知る必要は必ずコイツにもあるはずだ。逆に、知らなきゃ刀なんか握ってられねェ。俺達侍の生きる世界はそういうところだ。だから…


「少しずつ…乗り越えてみなせェ」
「…っ、」


ぎゅっ。まるで縋るように、小さな手が俺の肩を抱く。風が吹く度に、そいつの細い黒髪が俺の頬をサラリと掠める。…泣いてるのだろうか。泣いていたとしたら、俺はどう対応してやればいいのだろうか。芋侍にそんな機敏は分からねェ


「…沖田隊長、」
「…何でさァ」
「ごめんなさい。さっきの、訂正します。もう少しだけ…このままでいさせて下さい」
「……おう」


だから、俺はただ黙っておく。女を泣き止ませるような甘い言葉なんざ、いくら頭フル回転させようと出てこねーし。何より歯が浮いちまう。…女を泣かせる方法しか知らないなんざ、俺も大した男じゃねーななんて。そう自嘲気味に笑みを浮かべ、俺は屯所への帰路を黙々と歩いた


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知ってしまった、心の隙間





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