貴方のせいでぐらぐらします



朝の挨拶が行き交う廊下も、何だかやんわりと甘い匂いが漂っている気がする。バレンタインデーということで女子生徒達の多くがチョコを持ち込んでいるのだから仕方ないけれど。…あ、そういえば中学の時は校則でお菓子を校内に持ち込みするの自体禁止だったんだよね…懐かしいなあ

「澤原さん、」
「?塚原くん…?」

何で朝から塚原くんに私は呼び止められたんだろう…。彼に朝の挨拶をしてから首をこてりと傾げれば、「あー…昨日のあの後拾ったんだけどさ、これ澤原さんのだろ?」と言ってクマのストラップを渡された。…ああ、きっと昨日塚原くん達とぶつかった時に落としちゃったんだ。よく塚原くん、これが私のって分かったなあ…。私はお礼を言ってストラップを受け取った

「まあ元は言えばオレと祐希がぶつかったせいだしな」
「そんな、私も不注意だっ…」
「…ん?どうした?」

急に言葉を止めた私に今度は塚原くんが首を傾げた。……ど、どうしよう。言わないと後で恥ずかしい思いするのは塚原くん…だよね?でもこれってやっぱり塚原くん…

「あ、あの塚原くん…」
「ん?」
「そ、その…塚原くんの口の端にチョコがついてる…よ?」
「!えっ!?」
「うわー本当だ!朝っぱらから口元にチョコつけてる!」
「あ…」
「げっ」

大きな声にバッと後ろを振り返れば、橘くん達がいた。うあ、追い付かれちゃったみたい…せっかく下駄箱で別れて先に来たのに。「要ったら誰からチョコもらったの?」「ねえねえ要くーん」なんて面白がってる浅羽くん兄弟に、塚原くんが「…親からだよ。ったく何がバレンタインだよ。おかげで朝からすげえ大変だったっつの」と毒づく。…親から、だったんだ。私はてっきり浅羽くんみたいに女の子から…

「…?どーかした?」
「!い、いえ別に…」

…下駄箱の中に入ってた以外にも、浅羽くんはもしかしてもうチョコをもらったりしてるのかな…?。登校中に既に手渡しされたり、とか。はあ〜…ますます渡しにくいなあ、なんて考えて私は浅羽くんからゆっくり視線を外した

「?澤原さん、どうしたんですか?もしかして具合でも悪いんですか?」
「え?あ、いや大丈…」
「あー東先生見つけたあ!」
「先生、バレンタインのチョコあげます!どーぞ!」
「私も私も!受け取って下さい!」
「私結構本命なんですよー」
「!わわっ…」

女の子達がバッとこちらに駆け寄ってきたかと思えば、私のすぐ後ろに東先生がいたかららしい。先輩後輩同級生と幅広く、東先生のファンがいるのは知ってたけど…スゴいなあ。ちょっとしたこの騒ぎに巻き込まれつつ、そんなことを考えていればグイッと腕を誰かに掴まれた

「大丈夫?澤原さん」
「!東先生…」
「君たちも、ちゃんと周りを見て行動しないとダメだよ?危ないからね」

ちょっぴり眉をひそめてそう言った東先生に、女の子達が「あはは〜すいません」だなんて気にしていないかのように明るく笑い、チョコを渡せて満足したのかすぐに去ってしまった。…なんか嵐みたいだったなあ。ああやって積極的になれる女の子達が羨ましいかも…

「澤原さん本当に大丈夫?ごめんね、巻き込んじゃったみたいで…」
「!あ…は、はいっ!大丈夫ですすみません」
「そう?ならいいけど…」

なんか東先生に朝から迷惑かけちゃった…う、申し訳ない。けど、こうやって生徒一人一人に優しくしてくれる東先生だから。女の子からモテるのには納得がいくんだよね。「先生、チョコいっぱい貰いましたね」と微笑めば、橘くんがそれに激しく同調してくれた

「東先生いーなーっ!俺たちより先にもうそんなにいっぱいチョコもらってーずるいー!」
「教師は常に生徒のお手本にってやつですか」
「あはは…いやでもこれは義理チョコっていうか、お世話になってますチョコだから…」
「またまたご謙遜を〜」
「でも本当にたくさん…先生、1人で食べれますか…?」
「うん、気持ちは嬉しいからね。全部食べるよ」
「!食っちゃいますか1人残らず!」
「1つ残らず」
「…橘くん…」

男子特有?のそういうネタに思わず苦笑いをこぼしてしまう。そんな私を見て浅羽悠太くんが「ほら千鶴、澤原さんがひいてるよ」だなんて橘くんを小突いた。ひ、ひいてるわけでは…

「全く、千鶴くんはそんなんだから…」
「そ、そんなんだからってなんだよー!ゆうたん、その続きを言ってみ…」
「あ、いたっ。悠太くん、春くんっ」

橘くんの言葉を遮って、松岡くんと浅羽悠太くんの前にひょっこりと姿を現したのは…松岡くん達のクラスの女子、高橋さんだった。…確か私は1年の時に委員会か何かで彼女と一緒だったけど、なんだか前と印象変わったよね高橋さん。すごく、明るくなったと思う

「あのね、クラスの女子皆でお金出しあって用意したの。これ、ちょびっとなんだけど…」
「わ〜ありがとうございます」
「…ども…」
「…?」

あれ、浅羽くんと高橋さん目を反らしてる…。あっそういえば高橋さん、浅羽悠太くんと昔付き合ってたんだっけ。みんなが噂してたから知ってる。…ただ、何で別れたのかまでは知らないけど。もしかしてまだお互い気持ちがあるのかな…?別れた後って、お互い気まずく思ったりしないのかな?友達に戻れたりなんかするもの?…うーん、私には経験がなさすぎて分からない…。「じゃあ…えっと、そういう感じ…です」なんてチョコの詰め合わせを手渡して早々去っていく高橋さんと、浅羽くんを私は交互に見つめた

「…あのー千鶴と祐希と、それに澤原さんにまでそんなジッと見られても困るんですけど」
「!えっ、あ…ご、ごめんなさい!」
「というかコレ、みんなもらってるやつだからね」
「あーやだやだ!どいつもこいつも朝からチョコチョコチョコって!」
「悠太のスケベ!浮気者!」
「…スケベって…」
「行こうぜ、ゆっきー。やっぱビターな大人の男ってのはこんなイベントに惑わされず、勉学に励むべきなのよ!」

教室のドアをくぐり、ガタッと自分の席に着席した橘くんと浅羽祐希くん。「さーて一時間めは…」とわざと大きな声を出して、橘くんと浅羽くんは机から筆箱を取りだし……って、あれ?橘くんのは普通に筆箱だけど、浅羽くんが取り出したのアレは…綺麗にラッピングされたチョコの箱じゃ…?それに気付いたのか、次の瞬間橘くんが浅羽くんに掴み掛かる

「って…ゆっきー!!!お前もがっつりチョコもらってんじゃねーか!!」
「あれ?筆箱がお洒落になってる…いつの間に」
「まだ机ん中入ってんだろ全部出せオラー!!」
「あーちょっとやめてよ」
「……」

……あんなにもらってるんだ浅羽くん。どうしよう、ますます自信喪失…渡せる気がしなくなってきた…。とりあえず浅羽悠太くんと松岡くんと東先生と廊下で別れ、私は教室でため息をついた。が、次の瞬間そんな私のほうを橘くんがぐるんと振り返る

「…はっ!」
「?」

ど、どうしたんだろ橘くん…。塚原くんに「澤原さん、アホザルが何か澤原さんのこと見てるみてーだけど…」なんて聞かれるも、私もよく意味が分からない。が、それも次の橘くんの雄叫び声によって明らかになった

「しかもゆっきーはまだチョコ貰えるフラグ立ってるし!ああもうずるいーっ!」
「?フラグ?」
「!っ…」

た、橘くん…!それは出来れば黙ってていただきたかった…!不思議そうな表情をした浅羽くんから逃れるように、私はバッと自分の席へと着席した。ー…本当にチョコ、どうしよう。どうやって浅羽くんに渡そう。チョコの箱の入った鞄を机の脇に掛け、私は軽く頭を机に突っ伏した。

「でもさ…」
「あ?なんだよ、ゆっきー」
「正直、下駄箱とか机の中に入れられると少し食べる気失せるよね。学校って色々不衛生だし…」
「…!」

ボソッと呟いた浅羽くんの言葉が妙に耳に飛び込む。ああ、やっぱり下駄箱に入れとく作戦は取り止めて良かったかも…だなんて。彼の言葉にいちいち動揺させられてる自分は、ひどく単純な人間なんだろう。…そんな風に少しだけ安堵を噛み締めた、2月14日の朝のこと


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