游げない魚は泣きました



バレンタイン当日。結局私はトリュフチョコを作ることにした。今はそういうキットとか売ってるし、作ること自体は簡単だった。ラッピングもそれなりに綺麗に出来たと思うし

「(あとは渡すだけ……だよね)」

ただ浅羽くんは女の子達からすごくモテるし…バレンタインの今日なんかは二人きりになれるタイミングなんてない、と思う。というか呼び出しなんてしたら、私が色んな子から目を付けられてしまう。それはそれで…少し怖い。まあそうでなくても、浅羽くんはいつも塚原くん達といるから私から声なんて掛けられないんだけど

「(…誰も見てないよね…?)」

そこで私が選んだのはチョコを下駄箱に入れておくという手段だった。直接渡さないのかよ、なんてカヨちゃんにツッコミを入れられそうだが仕方ない。チョコを浅羽くんに渡すというだけでも、私には大きな一歩なのだから。むしろこの小さな勇気を誰かに褒めてほしいぐらい…かも、うん。そんな言い訳を心の中でしながら、私は周りに誰もいないことを確かめつつ、恐る恐る浅羽くんの下駄箱を開ける。が…

「!あ…」

そこには既に甘い香りを漂わせた、可愛いらしい装飾のされた箱がいくつかあった。…もう先客が、いたんだ…。私は浅羽くんの下駄箱の蓋を掴んだまま、ゆっくりと頭を俯かせた。そうだよ…ね、浅羽くんモテるもん。このチョコの箱を置いていった子もきっと私と同じ。みんな浅羽くんのことが「好き」なんだ

「っ…」

…私は付き合ってほしいんだとか、そんなの求めるレベルにすらいないけど。ただ伝えるんだと思い立ったわけだけど。…やっぱり何個もあるチョコの箱を目の前にすると、腰が引けてしまう。浅羽くんに、私なんかのちっぽけな気持ちを渡す必要は果たしてあるのだろうか。…きっと何も変わらない気がする

「あれ?みほっち何してんの?」
「!っ…」

浅羽くんの下駄箱を後ろ手でバタンと勢いよく閉め、私はくるりと振り返る。するとそこには「え?そ、そんなに驚くこと?」なんて不思議そうな顔をした橘くんが立っていた。今さっき浅羽くんの下駄箱のなかのチョコ達に衝撃を受けたばかりだからか、私は自分のチョコの箱を両手で抱きしめ、ただ立ち尽くすだけの状態。「おはよう」の挨拶すらろくに出来ない。そんな私を見て橘くんは少し考えるような素振りをした後、「もしかして…」と口を開いた

「…それ、ゆっきーに渡すチョコ?」
「……うん…」
「下駄箱に入れとく作戦にしたの?」
「…ううん」

私、渡せないかもしれない。そう言ってさらに頭を俯かせた私に、橘くんから疑問の言葉が投げ掛けられる。だって…私のなんかきっといらないよ、なんて投げやりな返答は橘くんに言えないけれど。それでも橘くんに弱音を吐きたくなってしまうのは、自分で思った以上に私が彼を信頼してるからなのだろうか。黙りこんでしまった私に、橘くんが少し困っているような雰囲気を感じた。う…ダメだ。このままじゃ橘くんに迷惑だ…。そう考えた次の瞬間、私の頭にポンと大きな手が乗った

「?た、橘くん…?」
「大丈夫だって!」
「えっ…」
「まだ今日1日あるしさ。いや、別に明日渡したって全然平気だろうし」

「まだチャンスはいくらでもあるよ」とにかっと明るい笑みを見せてくれた橘くん。…励ましてくれてるんだ、橘くん。色々と決意やら気持ちやらをへし折られていた私にとって、その優しさはとても嬉しい。…正直救われる。私…まだ諦めたくない。「あ、ありがと…私頑張ってみるね」と小さく微笑んだ私に、橘くんが「おっ言ったな!オレちゃんと聞いたからな!」なんて笑って私の頭をぽんぽんと数回撫でた

「…あのー盛り上がってるとこ、悪いんですけど…」
「ん?あ、ゆっきーじゃん!おはよ!」
「…!」

明るく朝の挨拶をした橘くんに対し、浅羽くんが「そこに居られると靴がしまえない」なんて無表情に返す。…い、いきなり朝から浅羽くんと顔を合わせることになるなんて…!私は慌てて手に持っていた自分のチョコの箱を鞄にしまい、邪魔にならないようにサッと隅に寄った

「ご、ごめんなさい…」
「祐希、もう少し言い方ってもんがあるでしょ」
「?」
「千鶴くん、澤原さん、おはようございます」
「おぉ!ゆうたんに春ちゃんもおはよう!」

松岡くんと橘くんの流れにしたがって、私はとりあえず四人に「お、おはよう…」と挨拶をした。…橘くん達には悪いけど、早くこの場を去らなきゃ。浅羽くんが下駄箱の中のたくさんのチョコに気付く瞬間なんか、私見たくない。そう思い立った私は「そ、それじゃ私はお先に…」とぽそりと小さく呟きその場から離れようとした

「あ、みほっち!また後で教室でな〜」
「う、うん。…あ、そうだ橘くん」
「ん?」

橘くんをそっと手招きし、私は他の三人に聞こえないように言葉を紡いだ

「えっと、その…橘くんもチョコ、佐藤さんに貰えるといいね」
「!?っ、なななな何で…」

真っ赤に顔を染め狼狽える橘くんに「女の勘、だよ。私応援するから」なんて少し意地悪を言って、私は今度こそその場を離れた。…私も日頃のお礼に、橘くんにチョコ渡したかったんだけど。私が一番最初に渡しても仕方ない。出来れば本命の佐藤茉咲ちゃんに一番最初にチョコ貰うのがベストに決まってる。うん、きっとそう。だから私は明日改めて橘くんにチョコ渡そうかな…




**



「……千鶴って澤原さんと仲良いよね」

遠ざかるみほっちの背中を見つめ、ゆっきーがポツリと呟いた。?ゆっきー、いきなりどうしたんだろ…

「ん…そうかな?」
「いや、逆に聞かれても困るんだけど…」
「別に普通だと思うけどなあー同じクラスメイトだしさ」
「…普通だったら、クラスメイトの頭をポンポンするものなんですか」
「あ、見てたんだゆっきー。あれは友情の証だよ友情の証!」
「ふーん…」

感情の読めない表情で相槌を打ったゆっきーはそのままスタスタと歩いて行ってしまう。それに気付いた春ちゃんがゆっきーの隣に追い付き、「祐希くん、今日のお昼休みはお菓子一緒に食べましょう?ボク持ってきたんです」「春…どこの女子高校生なのそれ」なんて会話をしてる。??ゆっきー、何か今日ちょっと変じゃない?

「…ね、千鶴」
「ん?」
「澤原さんってどんな人?」
「えっ…な、何だよゆうたんまで…」
「いや、祐希が何か変だからさ」

澤原さんのこと、関心あるみたいだし?と言葉を続けたゆうたんに俺は首を傾げる。…関心があったら変、なのか?その疑問にゆうたんは「祐希は基本的に他人にあんま干渉するタイプの人間じゃないんだ」と淡々と答えた。ああ、やっぱ双子の兄貴だけあって、ゆっきーのこと分かってるんだなあ…ゆうたんは。

「…みほっちの夢、早くも叶うかもな」
「夢?」
「ゆっきーに自分の名前覚えてほしいんだって」
「?同じクラスなのに?」
「うん」
「何それ」

澤原さんはもっと大きな夢を持ったほうがいいんじゃないかな、なんてゆうたんの言葉は当の本人である彼女に伝わらないまま消えていった







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