僕にだけ難しい事ですか?



「あーっゆっきー行っちゃった…せっかく激励してあげよーと思ったのにぃ…」
「…てか祐希が応援団ちゃんとやるかが問題だろ」
「確かにー。ゆっきーに応援団なんて勤まるのかねえ」
「かねって…千鶴くんのせいで祐希くんやることになっちゃったんじゃ…」
「だよな」
「あはは、まあそこはおいといてー。どうすかお兄ちゃん」
「うーん…そうだねえ。確か小学校の運動会の時は祐希、俺にくっつき過ぎて自分の組じゃなく俺の組の応援歌を覚えちゃったりしてたけど…」
「本番直前にすげえ不安になるエピソード聞かすんじゃねえよ」
「……」

ふらっとどこかに行ってしまった浅羽くんの後ろ姿を遠目に見つめ、私はぎゅっと手を握りしめる。…目も合わせられなかった。自分から、何も言えなかった。応援団の格好カッコいいねって。そう思ったのに。なんだか恥ずかしくて言えなくて。それに…

「…カヨちゃん」
「うん?」
「私…浅羽くんに何かしちゃったかな…?」

恥ずかしいだけじゃなくて、踏み出すのか怖い。…今のだって避けられてるとしか、思えなくて。浅羽くんを前にすると、少しだけ強ばる。嫌われたくないって気持ちばかりが先行する。私は浅羽くんが好きなのに。何か好印象を与えられるようなことをしているかと言えば、していないし。素直に自分をアピールすることは、図々しくないかって。そう考えてしまっては引っ込み思案になる

「ん……まあ、浅羽がどう思ってるかなんて浅羽に聞かなきゃ分からないと思うけど」
「…うん」
「嫌われてるとか、そんなんじゃないと思うよ?例えばさっきの借り物競争、嫌いな相手のために走ったりしないでしょ浅羽だって」

「ねっ?浅羽(兄)」とぱちっとウィンクをしたカヨちゃんに、浅羽悠太くんが「…うん。心配しなくていいと思いますよ」とこちらに近寄り同意する。?カヨちゃんと浅羽くん、なんか…前より仲良くなってる…?

「さっ振り付け確認しよ!浅羽だって次応援団だし色々あるんでしょ」
「う、うん…」
「ってことでチアガール姿の女子が見たかった橘達は早く此所から出てってくださーい」
「ばっ…アホザルと一緒にすんな!」
「うーわー…完全に千鶴のせいで誤解されまくりですよ俺たち」
「あんたらもお好みの女子のおみ足が見れて満更でもなかったくせに」
「ぼ、僕はそんな…!」
「いーじゃん!カヨちゃんだってなかなかの美脚で…」
「橘潰れろ」
「ぐあっ!!」
「……」




**




「……友だちとケンカすると、大変…?」

俺を頼るそんな呟きが耳に入る。…どうしてこうなったんだか。たまたま逃げ込んだ先に茉咲がいて。「どうしたのこんなところで」と近寄れば、えらく落ち込んだ様子の彼女。…元々俺は誰かの相談を聞いてあげるようなキャラじゃないし、気のきいたアドバイスも出来ないんですが。まあ、茉咲を放っておけないし…。そんな考えがこんな状況を生み出したわけだ。ー…茉咲は誰かと喧嘩でもしたんだろうか。俺は先日千鶴と喧嘩をした時のことを思い返し、口を開いた

「…大変というか、厄介だよ。ケンカじゃなくても誰かと一緒にいると自体面倒くさいこと色々あるし。色んな人がいるから、自分と合ったり合わなかったりするし」

嫌な気持ちになることもあるし、させることもあるし…。そういう煩わしさは、今まで感じたこともなかった。なんて言ったって、今まで俺は狭い世界で生きてきたから。他人に合わせるなんて二の次で、1人で自由気儘にいたかった。ずっとそのほうが楽だし一番だと思ってた

「ー…でも、まあ…それでも楽しいことの方が多いから」

友達といたほうが、楽しい。面倒くさいことや苛つくことがあっても、その分楽しみを分かち合える。1人より、2人3人ー…数は多いほうがいい。輪のなかに自分がいることが、とても新鮮で。そして誰かの隣はひどく居心地がいい。最近になって、そう思えてきた

「…そっか…」

茉咲はハァー…とため息をつき、何か決意したようにきゅっと自分の手を握りしめていた。…俺と茉咲は似てる。不器用でプライドが高くて強情で。…誰かと歩幅合わせて歩いていくことなんて、選択肢から外してた。俺たちはただの怠け者だ。俺は「……ありがと」という本当に小さな呟きに「どういたしまして」と返しておいた

「……でも、そっちも、何か悩んでるんじゃないの?」
「……」

そっちも、って。何で茉咲がそんなこと分かるんだ。そう心のなかで反論すれば、「あんた、今変な顔してる」と即座に返された。…マジですか。どんだけ動揺してるんですか俺。俺は頬にぺたっと自分の手を当て、「いやー……うーん…なんというか…」なんて曖昧な相槌を漏らした

「別に……悩んではない、けど。わりと戸惑ってる、かもね」
「…何で?」
「………ある人の顔が、ずっと頭から消えないから」

正直に紡いだ言葉が、これまた俺に衝撃を与える。頭から消えないって…最早一種の病気ですよこれ。中毒症状みたいな?まあ茉咲にこんな話しても仕方な…

「それって……今日借り物競争で一緒に走ってた女の先輩?」
「!…知ってるんだ?」
「知ってるよ。よく見かけるもの、あの変な先輩」
「変な?」
「…よくあんた見てポーッとしてる姿、見かける」
「……」
「それに、あんたもあの先輩のこと見てる時、変」
「変?」
「なんというか…すごく優しそうな目で見てる、けどお互い話しかけにくそうにしてる」

だから、変。そう言葉を溢した茉咲に俺は目を丸くする。…そんな風に見えてるんだ周りの人には。変、か…確かに変だ。何でそんな反応を澤原さんに限ってしてしまうんだろう

「…澤原さんに対してだけ、難しいんだよね。千鶴達に比べてもっともっと」
「……」

思いがけない言葉で傷付けてしまった時の、あの心の痛みは忘れられない。澤原さんの悲しい顔を見るとどうしたらいいか分からなくなって、頭が真っ白になる。…友達よりも意志疎通が上手く図れない相手。なのに、澤原さんを前にすると友達よりもっと神経を遣う。傷付けたくない。嫌われたくない。幻滅されたくないって。だから、難しい

「…澤原さんはまた"友達"とは違う存在だから、俺にとって」
「…友達と違う存在(ひと)は、そんな難しいの?あんたにとって」
「…そりゃ、大分違うよ。まずどうすればいいか分からないし」
「……、私だってそういうのよく分かるわけじゃないけれど。もっと単純に考えればいいじゃない」
「え?」
「自分にとって特別か、それだけでしょ要は」
「、……」

特別…特別、か。確かに友達よりも難しいけど、手放したくない存在。それは明らかに特別で。…こうして特別を自覚した俺は、澤原さんにそれを伝えるべきなんじゃないか。そんな思いが心を占める


『あーみほっちここにいた!行こう』
『!古橋くん…』

ー…早く伝えないと、誰かに盗られちゃうんじゃないか。そんなことを思ってしまうほどに、俺は我が儘な人間だ。澤原さんのこと独占…とまで強くいかなくても、ちゃんと見つけられる距離にいてほしいと思ってる。俺が手を伸ばして届く距離に、君にいてほしい


『……私、浅羽くんのことが好き、なの…』

…あの時、澤原さんがどれだけの勇気をだしたのか。今の俺には想像ができなくて。…自分で言う好きは、少し重い。相手も自分も縛るような言葉(もの)だから。だけど、俺にとって澤原さんは特別だってその思いだけは変わらないから。俺は茉咲にお礼を一言言い、その場から立ち去った。…早く、君に会いたい。伝えたい言葉があるんだ。今この瞬間、君にとても伝えたい気持ちがある。俺は柄にもなく震える手をきゅっと握りしめ、入場門のほうへと走った


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あと二話




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