エンドロールに君の名はありますか?



「す、すりーさいず?」
「そうそう。チアガールの衣装、合わせなきゃだから」

「ほら早く言え言え〜」と机の上に女子の名簿表を広げるカヨちゃんに、私は一瞬思考停止。え、えっと、いや…

「…サイズなんてSかMかだけでいいんじゃ…」
「あはは、バレちゃったかあー」
「!カ、カヨちゃん!」
「いやでもマジな話、チアガールの衣装って体にぴったりだとちょっとあれじゃん?だから採寸は正確にしたほうがいいかと思ってさー」
「?あれって…??」
「あ、あれだろ!スカートが短か過ぎたりしたらってことでしょ?あっいや待てよ腹チラもありうるな…」
「「……」」

突然会話に入ってきたその人は、このクラスの人物ではなくて。…な、何でこのクラス準備の時間に他クラスに遊びに来たんだろう。目をぱちくりするだけの私と対照的に、カヨちゃんの行動は早かった

「出てけ橘」
「!ちょ、ちょっと待った待った!」
「この変態が」

教室から橘くんを追い出し扉をぴしゃりと閉めるカヨちゃんに、それに攻防し扉に足と頭を挟む橘くん。…?橘くん、何でうちの教室に来たんだろう…?「ちょ、ちょっと待ってカヨちゃん」「なに。みほ、橘なんか庇う必要ないよ」「え、いや、でも…わ、私廊下で橘くんと話してみる…!だからあとは衣装係の仕事、少しの間だけやっててくれる…?ごめんね」と話し、とりあえずその場をおさめ私と橘くんは廊下に

「ふうー…助かったわみほっち。いやあカヨちゃん超怖いのな要っちと一瞬ダブった」
「あ、あはは…それで橘くんは何でうちの教室に?」

「橘くんのクラスは赤組で、うちのクラスは黄色組だからクラス準備も関係ない、よね…?」と首を傾げれば、橘くんは分かりやすいぐらい焦ったように「い、いやなんというか、ちょっと、たまたま…」なんて言葉を濁した

「?橘くん?」
「あー…その、敵情視察、みたいな?」
「えっ?」
「赤組優勝のために他クラス見て回っててさー。応援合戦は確か、黄色組はチアガールやるんでしょ?準備大変そうだねー」
「うん…確かに振り付けとか大変、かも…。赤組は応援団の格好するんだよね?いいね橘くんもやるの?応援団」
「いやいや、やるの各クラス男子三人ぐらいでさー俺はやらないんだよね。あ、ゆっきーはやるんだけど」
「!えっ……」

浅羽くん、が…?応援団って学ラン着て、フレーッフレーッて腕を振るやつ…だよね?なんか…浅羽くんがやるイメージがないような…。ぽかんと口をあける私に橘くんが「あはは、今似合わねーとか思ってるでしょみほっち!」なんてけらけらと笑った。

「!い、いやそんな、失礼なことは…!」
「あはは、いーのいーの!ゆっきーやる気なかったのに俺が推薦したら流れでなっちゃっただけだし」
「そ、そうなんだ…」
「おかげでゆっきーにすげえ怒られたし喧嘩しちゃったけどねー」

そうのほほんと笑う橘くんは「でもゆっきー、ちゃんと放課後の応援団の練習に出てるみたいよー」と言葉を続ける。…喧嘩は、もう大丈夫なのかな。男の子の喧嘩ってあんま想像つかないけど…今橘くんが笑ってるなら、きっと事態は解決したんだろう。浅羽くんと橘くんが喧嘩、なんて。全然想像つかないけれど

「……」

…同じクラスじゃないと、 変化にも気付けないんだなあ。そうやって浅羽くんの周りで起きる日常の変化を、少しでいいから知っていきたかった。…もう少し、私も浅羽くんと関わる機会が欲しかったなって。三年生で橘くんとも浅羽くんとも塚原くんとも松岡くんとも同じクラスにはなれなかった私には、もう普通に話す機会もあまりない。望みは日々重なり、臆病風に流され終わる。…もっと、踏み出す勇気がほしいのに

「……橘くん」
「ん?なにっ?」
「…他クラスでも、遊びに行くのはおかしくないこと…なのかな?」

そう呟いた私に、橘くんは「…おかしくないし、俺やゆっきーや春ちゃんは大歓迎だって。大丈夫大丈夫!」と私の意図を読み取ってくれた。…おかしくない、かな。いや、おかしくても頑張らなきゃなって、今はそう思える

「体育祭中とか、何かチャンスでもあればいいのになあ〜借り物競争で゛好きな人を借りてくる゛って出るとかさ〜!」
「…そ、それはちょっと…」
「んん〜体育祭じゃ色分けまでみほっちとゆっきーは違うしなあ…って、あっそうだ。そういやみほっちもチアガールの格好やるの?」
「?うん着る、よ」
「へえーマジか!ゆっきーが応援団やる並みに珍しくない?」
「えっ…そ、そうかな?」
「だってみほっちいつも制服のスカートあんま折らないで長めじゃん?それがミニスカとか…」

「ちなみにさっどれぐらいの丈なの?チアガールの格好」と興味津々な橘くんに、私は「え、えっと…これぐらい、かな…?」と制服のスカートを一瞬だけするすると膝上ぐらいまで上げた

「げえーっ!そんな短いの!?見えちゃうってそんなの!風にぶわりっだって!」
「何が?」
「!?」
「あれっゆっきー、いつの間に来たの?」

橘くんが私から視線を外し首を捻る。!?あ、浅羽くんっ…?!あわあわとスカートを元の膝が見えるか見えないかぐらいの丈に戻し、私はかああっと顔を赤く染めた。「うわー俺の時と反応が露骨に違ーう」と呆れる橘くんに心の中で言い訳をしつつ、私は浅羽くんの顔を恐る恐る覗き混む

「どうも」
「っ…こ、こんにちは」
「で、何が見えちゃうの?」
「何がってほら、あれだよ。みほっちの…」
「す、ストップストップ…!」

橘くんの背中をでーん!と押した私を見て、浅羽くんは不思議そうに首をかしげる。…な、なんというか。貧相な体でチアガールの格好する私を、浅羽くんにだけは見られたくないかも…!やっぱり恥ずかしいし…。「た、橘くんチアガールの件は浅羽くんに内緒に…」と浅羽くんに聞こえないよう小さい声で懇願すれば、橘くんは「あーっサプライズね!オッケーオッケー!」と指を鳴らした。…そういう意味じゃ、ないんだけどなあ…

「てか、ゆっきーは何か用だったの?」
「なに言ってんの。千鶴が学級旗放りっぱなしで他クラスに偵察なんか行ったから連れ戻しに来たんじゃん」

「ほらほら、行くよ」なんて言って橘くんのワイシャツをぐいぐい引っ張り、ずりずりと引き摺る浅羽くん。…もう、自分の教室に戻っちゃうんだ。……そりゃ、今はクラス準備の時間だし仕方ないけど、うーん…

「…っ、あ…浅羽くんっ」
「?」
「…!」

…てっきり、もう歩いて行っちゃったかと思った…。声を張り上げ振り返った私と対照的に、浅羽くんは私のほうをただじっと見つめ立ち尽くしていた。…は、恥ずかしい。こんな近距離で何故私は大声を…!

「?澤原さん?」
「!…あ、あのっ浅羽くん応援団やるんだよね?頑張ってね」
「………千鶴」
「えーいいじゃん別に言ったって!」
「いや、まあそうだけど…」

「俺そんなやる気ないし、別に澤原さんに言わなくても…」と若干困ったように視線を下に落とす浅羽くん。あ…き、聞かないほうが良かったのかな?浅羽くん、もしかして応援団をやることおおっぴらにしたくなかったのかも…「見に行くね」って言おうと思ってたんだけど…。止めておいたほうが良いの、かな。浅羽くん、学ランとかも似合いそうだし…か、かっこよく決まると思うから見に行きたかったんだけど…

「あ、あのごめんなさい。浅羽くん、私…」
ガラッ
「あっみほちゃん廊下にいたんだ〜」
「!リカちゃん…」
「みほちゃん早く教室戻って戻ってー大変なんだよ見てこれっ。学級旗に男子が下っ手くそな虎の絵描いちゃってさあ〜」
「下手くそとはなんだ!凛々しい虎のイラストだろうが!」
「こんなの学級旗コンテストの審査外に決まってんじゃん!光輝マジでどっか行って、あとはみほちゃんに可愛いヒヨコのイラスト書いてもらうから」
「いや何でヒヨコだ!」
「あはは黄色組の旗は下っ手くそネコとヒヨコのイラストかよ黄色組(おれら)弱え〜」
「だっから虎だ!!」
「ほら、みほちゃん来てよ〜」
「!えっちょ、ちょっと待っ…!ごっごめん浅羽くんに橘くん!私教室に先に戻るね?ま、またあとで…!」
「「………」」




**



「…なんか、スゴかったね最後」

女子二人にぐいぐいと手を引っ張られ、教室へと連行されていったみほっちを見て俺はぽつりと呟いた。…なんかみほっちのクラスの面子濃いな…!みほっちがあんな風に賑やかしなグループにいるのは何か意外だ

「…ってかゆっきーさぁ、別にあんな嫌そうな顔しなくても良かったじゃない?」

そりゃ、元々応援団なんかゆっきーがやりたくなかったのは重々知ってるけど。あんな反応したらみほっち可哀想でしょいくらなんでも。「澤原さん見に来てよ、俺は君のために気持ち込めて応援するから…(きらっ)とか言っておきゃ良かったのに〜」なんて演技調に身ぶりをつけて、ゆっきーに話をふる。が、当のゆっきーはぼんやりと視線をさ迷わせるだけ

「……いや、だってさ。澤原さんに見られたくないから
「へっ?」
「応援団。…千鶴が悪ノリして俺を推薦して俺が何故か応援団になっちゃったから、元々やる気ないのもそうだけどさ。結構体力いるし振り付けとか色々難しいし」

「だから、あんま上手く出来ないかもしれないじゃん。なのに澤原さんに見に来られたら、ちょっと困る」なんて。聞こえるか聞こえないぐらいの声でそう呟き、ゆっきーはハァ…とため息をついた

「……」

…今まではみほっちの頑張りだけを俺は見てきたし見守ってきたわけだけど。こうしてゆっきーがみほっちを意識して、どうしようもなくなって困ってるところを見るのは初めてで。ー…みほっちにカッコ悪いとこ見られたくないから。みほっちに幻滅されたくないから。それはもう、ゆっきーがみほっちを意識してるってことに違いなくて。…それが自分のことのように嬉しい。ちゃんと変化が起きてることが、みほっちの気持ちがちゃんと届いていることが

「…あはは、いーじゃんいーじゃん!応援団なんて高校時代の良い思い出になるって!」
「…いや、元はと言えば千鶴のせいだからね」

すごく憂鬱そうなゆっきーの背中をバシバシと叩き、俺は「ほら教室戻って赤組優勝のために作戦会議しようぜ春ちゃんも交えて!」とゆっきーの背中をそのまま押した。ー…季節は流れ、もう来週は高校最後の体育祭。…何かが変わればいい。もっともっと変化が起きればいい。そんな漠然な希望を思い浮かべ、俺は大きく一歩を踏み出した



−−−−−−
違うクラスになったために、なかなか時間がかかる二人のお話。季節は三年生の体育祭へ




戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -