ふわふわが形になりました



「やっぱり、男子はバレンタインにチョコを貰ったりしたら嬉しいもの…?」

スケジュール帳の印のつけられた日付、2月14日。それをトントンと指でなぞり、私は隣にいた橘くんに尋ねた。すると橘くんは少し驚いたような顔をしてから、にかっと太陽みたいに明るい笑みを浮かべた

「そりゃ嬉しいっしょ!男子なら誰でも!」
「…本当に?」
「当ったり前じゃん!」

ビシッと親指を立てた橘くんに、私に「や、やっぱりそうなんだ…そうだよね……」と1人納得。ああ、あと2日かあ…どうしよう

「…みほっち、チョコあげる気なんだ?」
「う、うーん…正直悩んでる、かな。というかみほっちって…な、何か恥ずかしいからやめてほしい…かも」
「えー?何でー?オレ達友達じゃん!」
「…男女の友情って、成立するものなのかな?」

思ったことをそのまま言葉にすれば、橘くんに「うっ…な、何かいきなり深いこと言うな…!」と困った顔をされてしまった。あ、困らせるつもりじゃなかったのに…。私は慌てて橘くんに頭を下げ、「ご、ごめん。私、橘くん以外に喋れる男子あんまりいないから…」と言い訳じみた言葉を並べた。…本当に言い訳だけど。それに橘くんは「ああ、確かに」と納得したように頷く

「みほっち、いつもクラスでそんな喋らないよな。もしかして男子苦手?」
「…分かんない。でも、あんまり進んで話そうとしない…かな」

橘くんとだって、最初は全然喋らなかった。だけど一度日直で一緒になって、そこで少し喋って。何となく話せるようになって…今では色々相談出来る仲にまでなれた。たぶん、橘くんの親しみやすい雰囲気と誰にでも分け隔てなく接してくれる優しさのおかげだとは思うけれど。そういう意味では橘くんは私にとっては特別、かもしれない

「友達っていうよりは…」
「ん?」
「私にとっては特別、だよ。橘くんは」

むしろ親友に近いかもしれない、私のなかでは。そうにっこりと微笑めば、橘くんは少し顔を赤らめて「そ、そっか…ありがとな」と嬉しそうに笑った

「…けど、そんな言い方されたら色々誤解しちゃうじゃん!」
「?ご、誤解…?」
「そーそー。だってみほっちはゆっきーが好きなわけでしょ?」

「そんな言葉でいたいけな男子高校生をたぶらかせようったって、オレは騙されないからな!」と力強く言った橘くんに、私はこてりと首を傾げた。誤解って…誰が誰に?よく分からないけど…橘くんをあんまり困らせたくないし、とりあえずその質問は保留にしておこう…かな

「というか話戻すけどさ!みほっちはゆっきーにチョコ渡した方がいいって!絶対!」
「え、何で…?」
「だって同じクラスでいられるのは今年だけかもしれないしさ!それにゆっきーが好きなら悩む必要なんかない!うん!」

頑張ってみなって!と笑って私の肩をバンバンと叩いた橘くんに、私はつい苦笑いを返した。…そりゃ私だって、浅羽くんにバレンタインチョコ渡したい。だけど、浅羽くんと全然喋ったことないし仲良くないし……正直どうなんだろ。あんま知らない相手にチョコもらっても、浅羽くん迷惑なんじゃないかな…?というか、チョコ渡す目的も…いきなり「付き合って下さい」だなんて告白する勇気もないし。うーん…

「…じゃあ、」
「うん」
「とりあえず、チョコ渡して私の名前を覚えてもらえるようにしよう…かな。浅羽くんに」
「え!?いや、それだけ!?目標小さくない!?」
「だ、だって…まだフられたくないし…」

浅羽くん、彼女つくる気とかなさそうじゃない…?私のその言葉に橘くんは「あー確かにそれはある…かも」と言葉を濁した。…浅羽くんは何となく、恋愛とかそういうの面倒くさいように思ってると思うんだよ…ね。あくまで私の個人的意見だけど。現に、今だって女の子からモテモテなのに彼女いないし…。複雑な気持ちだけど、私的にはせめてもう少し仲良くなれた折に告白出来ればいいかな…ってそんな感じ。他の女の子に取られたくないけど、まだ浅羽くんに返事を強いりたくないし。…何より怖いし、なんて。何て情けないんだろう

「というかみほっちの名前どころか、普通にゆっきー知ってるからね?同じクラスだしさ」
「…でも私、話したことない…」
「オレと話してる時、たまにゆっきーが来て一緒に話したりしてるじゃん!」
「挨拶だけだよ…「おはよう」とか「今日も寒いね」とか」

……何かだんだんネガティブになってきた。恋愛って難しい。私はこんなに好きなのに。浅羽くんにとって私はただのクラスメイトでしかないんだ。すごく悲しい。ううっ…何か涙出てきた。じわりと歪んだ視界に「!あ、で、でもチョコ渡す決意しただけでも一歩前進だよな!うん!」と慌てたようにフォローする橘くんが映った

「だ、だから泣くなって!いや本当に!」
「…ご、ごめ…」
「あー千鶴くんが女の子泣かせてるーいけないんだー」
「最低だね。先生に言っちゃおうかなあ」
「げ」
「…!」

聞き慣れた声にバッと後ろを振り返る。するとそこには今ちょうど話題に出ていた浅羽祐希くんと、そのお兄さんの浅羽悠太くんがいた。少し後ろに松岡くんと塚原くんがいるのも見える。「うわ、お前流石にそれはないだろ…何してんだよ…」とドン引きしたように言う塚原くんに、私は慌てて「ご、誤解です!」と言葉を紡いだ

「わ、私が話してて落ち込んで泣いちゃって…!橘くんは別に関係なくて…」
「そ、そうだそうだ!オレが女子を泣かすなんてすることあるはずなかろう!」
「…じゃあ落ち込ませたのは千鶴なんだね」
「うわー最低ー」
「え!?あ、それは…確かに…」
「澤原さん、大丈夫ですか?ボクのハンカチ使って下さい」
「あ、ありがとう…」
「澤原さん、悪ィな。コイツ本当アホだからさ、本っ当アホだから」
「二回も言わなくたっていいだろ要っち〜!」
「うるせェ」
「ほら千鶴くん、ちゃんと謝らなきゃダメだよ。オレ達と一緒に謝りましょうねー」
「ねー」
「ぬおっ!?」

浅羽くん兄弟にグイグイと頭を押されている橘くんが「は、はなせー!」と叫んだところで、塚原くんがニヤニヤと笑い、松岡くんが「ちょっとそれはやり過ぎですよ…!」なんて焦ったように浅羽くん達を止める。…仲が良いなあ。いつもこの5人が揃うと独特のテンポで会話が始まる。こういう場面に出くわすと少し「私、この場にいていいのかな…」なんて居辛さを感じるけれど。仲の良い5人を見てると微笑ましい。なんだかこっちまで幸せな気分になれる

「!あっ、チャイム鳴りましたよ!」
「やべっ昼休み終わっちゃう!オイみほっち!早く教室戻ろうぜ!」
「!う、うん…」
「その前に謝罪を…」
「だからオレは何にも悪くないんだって!ほら、要っちもゆっきーも!次の授業英語じゃん!」
「ああ、あの先生色々うっさいんだよねー」
「そういやそうだったな」
「…春、次の授業何だっけ?」
「あ、確か情報じゃなかったでしたっけ…?」
「じゃあコンピューター室か。ここから近いね」

…そう言えばここは教室より1つ下の階だったなあ。バレンタインのことを相談したくて橘くんを私が呼び出したんだった…。4人も橘くんに用があったから来たんだよ…ね?う、私のせいだ…。バタバタと移動し始めた5人に心のなかで謝罪しつつ、私は皆の背中を追いかけるように足を早めた。が、次の瞬間くるりと顔だけ振り返った浅羽くんと視線がばっちり合う

「……え?」
「いや、あのさ」
「?は、はい…」
「オレ達、たまたま通りかかっただけだから。別に澤原さんが気にする必要ないよ」

「授業遅れたら普通に要のせいにするしね」「何でオレなんだよ!」なんて言い合う浅羽くんと塚原くんに私はただただ驚いた。…何で浅羽くん、私の考えてること分かったんだろ…。呆然とする私の視界の隅に私と同じで少し驚いたような顔をしたお兄さんのほうの浅羽くんと、私に「良かったな!」なんて言うように笑う橘くんが映った。

「つーか祐希!お前は走れ!チンタラ歩いてんじゃねーよ!」
「えーだって遅れたら遅れたで要のせいだし、走る必要ないじゃん」
「だから何でオレだ!」



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今日君と交わした初めての会話でした。




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