君に意味を与えられました



ザーザー降りしきる雨をぼんやり眺める。…急がなきゃ遅刻しちゃうような時間なのは分かってるんだけど、なんとなく雨の日はこうやってゆっくり歩きたい気分になる。子どもみたいだけど、私はお気に入りの薄いピンクの水玉の傘で雨のなかを歩くのが好き

「……」

…雨を見ると、いつも思い出すことがある。もう一年も前のことなのに。私にとって、あの日のことは余程印象深い思い出だったらしい

『ー……浅羽くんと、初めて会った時のこと』




**



入学式から1週間。新しく始まる高校生活は思った以上に大変で。勉強は中学の時と比べものにならないぐらい難しいし科目も増えたし。部活動もなかなかハードなものを選んでしまったから、家に帰るともうヘトヘト。それにさらに大変というか悩んでいるのは…

「(…まだ、クラスに馴染めてない)」

私の住んでる地区はここの高校から五駅ほど離れた場所だからか、私の中学校からこの高校に入学した同級生は一人もいない。…入学前の不安が現実になるなんてなあ…

「……」

それが原因なのか、いまいちこうして朝登校するときに少しだけ足が止まるし、気分が滅入る。…行きたくないなあ、とか。スタート時点でこんな情けないこと思ってる自分が嫌

「(…嫌だ、けど…)」

挨拶して名前を呼びあって話しかけられるようなお友達はいる。けど、まだ仲が良い子というか…グループのようなものに溶け込めていないというか…。女の子ならではの問題だから、朝お兄ちゃんに話しても「バカじゃねーの?」とせせら笑われたぐらいだ。

「(…というか、お兄ちゃんには別のことを指摘されちゃったんだよね…)」

「お前はそれよりクラスの男共にびびってんじゃねーの?」って…。う…確かに中学では女の子数人のグループでばっか行動してたし、あまり男子とは話さなかった。それが比較的おとなしい人達ばかりのうちの高校でも、やっぱり中学の時と男子達がまた何か違う。なんというか…みんな元気。騒ぐ時はすごく騒ぐし。それに普通に男子と女子の距離の取り方が全然違うというか…一緒に盛り上がって騒いで笑って。…よく恋ばなしてたりもするかな

「はあ…」

今までとは違う日常に、いつまでも慣れない。適応出来ないなら違う環境に避けることも有りかもしれないけど、学校生活はそうもいかない。早く慣れないと。…その思いが余計に私を圧迫する。私は傘を深めに差し、学校の校門をくぐった。

「よーおはよっす」
「ああ土田。おはよーっす」
「てかお前さ、宿題やった?」
「はあ?んなの真面目にやるキャラだと思うかよ俺が」
「いやだって今日提出らしいじゃん?お前何気にそういうやつはちゃっかりやるかタイプと思って」
「えっマジ?提出なの?それは提出しないとしないで面倒くさそーだな」
「ハハッやっぱやる気なんじゃんかよー」
「うっせー。そういうお前らはどうなんだよ」
「俺優等生キャラだからやってきたー」
「俺は川口に写させてもらうー」
「はあ?なら俺も写させてもらうわ」
「何かおごってくれんならな」
「……」

あれ同じクラスの男子だ…。私は前を歩く男子の集団をちらりと見た。…どうしよ。話してるからか歩くの少し遅いみたいだし、抜かしていいかな。いいよね…?私は彼らの左側にスッと進み出た。が、

「だから俺にも写させろってマジ頼むよ!」
「!?きゃっ…」

急に飛び出してきた男子の肩に押され、私は身体を少しよろめかせてしまう。と同時にビチャッという嫌な音が。…ああ、水溜まりに左足を突っ込ませてしまったみたい。私にぶつかったことに気付かずそのまま去っていく男子達をぼんやり見つめ、私は小さくため息をついた

「(…嫌だな。なんか、帰りたくなってきちゃった…)」

今日だけ、今日だけ帰りたい。朝からこれなら少しだけ気分も憂鬱になっちゃうよ…。ぐしょぐしょになった革靴に、だんだん染み出す紺色の靴下。私は顔を俯かせた、水溜まりに左足を突っ込ませたまま立ち尽くしていた…つもりだった

「(!わっ…)」

腕を、誰かに掴まれた。引っ張られるまま後ろに二、三歩退がる。と同時に私の左足は水溜まりから救出されることに。っ…だ、誰…?

「…大丈夫ですか?」
「…!浅羽…くん」
「?あれ、俺達面識ありましたっけ?」
「あーほら悠太、俺が澤原さんと同じクラスだから」
「ああ…、なるほど。そういうことね」
「!?」

あ、浅羽くんが二人…!?って、あっ…!も、もしかしてクラスの女の子達が噂で言ってたイケメンの双子の新入生って…

「(浅羽くんのこと…だったんだ)」

同じクラスの浅羽祐希くん。その隣に立つそっくりな顔をした男の子。彼がたぶん、浅羽くんの双子のお兄さん。…本当にそっくり。双子ってこんなに似るんだ…。申し訳ないけど、初対面の私じゃなかなか見分けつかないかも…

「?どうかしました?」
「!い…いえ何も…」

パッと私の腕を離し、「教室の隅で干しとけば帰りには履けると思いますよ」なんて言ってくれたのは…お兄さんの浅羽悠太くんのほうだろう。私は彼にお礼を言い頭をぺこりと下げた。…高校に来てから初めてかもしれない、こうやって親切にされたの

「いや気にしないでください。それじゃ」
「は、はい。ありがとうございました!」
「…別に同級生なんだし、そんな改まらなくても」

くるりと翻し、浅羽悠太くんは昇降口へと向かっていく。…優しい人だなあ。道理で入学早々女の子にモテるわけだ…。そんなことをぼんやり思っていると、まだ横にいた浅羽祐希くんがそっと私のほうに向いた

「…俺なら、」
「えっ…?」
「俺なら、一言二言言ってやるけどな。知らない人ならともかく、あれウチのクラスの人じゃん」
「!っ…」
「あーでもまあ、知らない人でも言うか」

淡々と言葉を紡いだ浅羽祐希くんと対照的に、私はぐっと言葉を詰まらせた。…言ってやる、だなんて。私にはそんな勇気ない。…だって、まだあのクラスに馴染めてないから。そう気軽に言えるような立場じゃないから。私は…

「?祐希?どうしたの、遅刻するよ」
「あー、うん。今行くから待って」
「……」

先に昇降口まで辿り着いたらしい浅羽悠太くんが、今だ私の目の前で立ち止まる浅羽祐希くんを呼ぶ。……浅羽くん、呆れてるかな。同じクラスの男子に何も言えない私に。…嫌だな、こういうの。自分が情けない…

「澤原さん、」
「…は、い」
「俺、澤原さんと初めて喋ったけどさ。澤原さんのこと知ってましたよ」
「!…えっ…?」
「同じクラスだと普通に目に入るし、あんな感じの人なんだろうなーって何となく分かるよ。話さなくても」
「……そう、なの?」
「たぶん。…だからあの男子達も澤原さんのことちゃんと知ってるだろうし、声掛けたら普通の反応しますよ」

「あの人達、ただ澤原さんにぶつかったの気付いてないだけだろうし。意図的に無視してるわけじゃないでしょ」と何でもないように言って、浅羽くんは私をじっと見つめる。…っ、い、嫌だ何か泣きそう…。誰かが自分を見てくれてるということは、今の自分には泣くほど嬉しいことのようで。何か、私のなかで大きく変わった気がした。浅羽くんの言葉に、私は確かに何か揺るがされたのだ

「…浅羽くん、」
「ん?」
「ありがとう。本当に、ありがとう」

ザーザーと降り注いでいた雨は、いつの間にかその勢いを弱めていた。…シトシトと静かに降る雨の中、私と君は初めて言葉を交わしたのです



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厳しいように見えて、大切な言葉。君がくれたそれに意味をもらった




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