ちょっとだけ分からなくなりました



「みほのこと親友だと思ってたのに…酷い!そんなこと言う子だと思わなかった!」

パンッ…。乾いた音がその場に響く。私の目の前にいる親友の縁ちゃんはぼろぼろと涙を溢し、そのまま教室を出ていった。私はぶたれた頬を押さえ、立ち尽くした。教室には私一人。放課後の静まりかえった校内に、彼女の走り去る足音だけが残る

「ー………」

…私が、完全に間違ってしまったわけじゃないと思う。私が自分で考えて考えて、縁ちゃんに返した答え。…だから、縁ちゃんを怒らしたにしても。私はもうどうしようもなくて。…もうお友達ではいられなくなるかもしれない。絶交されるかもしれない。けど、私には何も出来ない。そんなことを考え、私は声を押し殺して泣いた。…どうしようもない、ことだから

「ひ、う…っ……」
「……澤原さんの悪い癖だよね、そういうとこ」
「!っ、…浅羽くん…」
「話し合いは、どうでした?」

ガラッ。教室のドアが半分だけ開く。そこから顔を覗かせた浅羽くんとばっちりと目が合う。「その様子じゃ結果は分かるけど」とため息をつき、浅羽くんは近くの机に鞄をドサッと置く。そしてそのまま私の元へ近付き、「お疲れ様」と一言労ってくれた

「自分から相談したくせに、逆ギレとか…有川さんもどうなんですかねそれ」
「……私が自分勝手な意見で混乱させたから、縁ちゃんは全然悪くないの。…だから浅羽くん、このことは誰にも…」
「誰にも言うな、でしょ?分かってます分かってます」

「千鶴じゃあるまいし…そんなペラペラ喋ったりするような口してないので生憎」と呟き、浅羽くんは私の向かい側の机にどっかり腰掛けた。じっと見上げ、浅羽くんはそのまま私の頬っぺたにそっと手を添える。ひんやりとした手のひらの感触と、ひりひりした頬っぺたの痛みに私は少しだけ眉をひそめてしまう

「…派手にやられましたね。女子って怖いよねたまに本気で」
「…派手に、?」
「頬っぺた、真っ赤に腫れてる。そりゃもうはたから見たら大丈夫?ってくらいに」
「えっ…」

それは少しだけ…嫌かも。明日学校でクラスメイトに何か聞かれるレベルなら。「どうしたの?」という問いにいちいち嘘の返答をするだろうことが心苦しい。それを伝えれば浅羽くんに「えっそこなの?」と少し驚きと呆れたような表情をされてしまった

「自分の心配すればいいのに…澤原さんってやっぱずれてるよね。変」
「(…へ、変って言われた…)」
「何かで冷やしたらどうですかね?って、まあ…俺はハンカチなんか持ってないけど」
「あ、う、うん。ありがとう。冷やしてくるね」

パッと教室を出てすぐの廊下の水道の蛇口を捻り、ポケットから出したピンクのハンカチを濡らす。するとザーッという水の音に負けるか負けないかぐらいの声量で、浅羽くんが教室から「…有川さん、彼氏と別れたんでしたっけ?」と淡々と口にした。!な、何でそれをっ…?濡れたハンカチを頬にあて、教室に戻り私は浅羽くんにそう聞き返した

「なんとなく。クラスで皆が噂してたりで耳に」
「そ、そうなん…だ」
「千鶴とかそういうのよく聞いてくるしね。あと、要とか何故か気持ち悪いぐらい知ってる」
「…男子も噂話、するの?」
「噂流す側じゃなくて、聞く側ですけどね。少なくとも俺たちは。しかも周りからは幾分遅れた話題なんかを」

「別れたくないからどうすればいいのかって相談してきたの?」と首を傾げる浅羽くんに、「…あまり相談された内容を他の人にいうのは…」と言葉を濁せば浅羽くんに軽く手をぎゅっと握られた

「!…浅羽、くん?」
「あんまり自分一人で溜め込んでるとパンクしちゃうこととか、ない?俺の周りでは要とか。そうなるんだけど」
「あ…で、でも…」
「…たまには他人に話したって、罰は当たらないと思うけど。それに…俺も無関係じゃないし」
「えっ…?」
「だって、澤原さんが殴られたから」

「ほら、無関係じゃない」ともう一度言葉を繰り返されて、私はつい浅羽くんの手をきゅっと握り返した。…温かい。何だか一人じゃないよって言われてるみたいで。すごく、嬉しい。さっきとは違う意味で泣いてしまいそうで。少しだけ…気恥ずかしい

「…浅羽くん、ありがとう。…じ、実はねー…」




**




「付き合って1日で、ラブホテルに?」
「う、うん…」
「それでそのままセ…」
「そ、そういうのは口に出さないでそれは言わないで…!」
「ああ、ごめんごめん」

「いや、そんなヘビィな話題を澤原さんに相談するなんて」と淡々と口にした浅羽くんに、私は真っ赤な顔で頷く。…私にはそういうの、よく分からないから。正直そんなの相談されても分からなかったし…う、なんかもっと縁ちゃんに人選していただきたかった…!

「しかも有川さんそれっきり彼氏と連絡取れないんでしょ?それはもう…」
「で、でも縁ちゃんは何もしないしただ休憩したいって言われたから、了承して…!」
「それでも流されてそのままされるがままだったなら、つまりは身体目的だったんじゃないですかね?」
「…縁ちゃんはその人が好きだったから、断りきれなくて…」
「歪んでるよねそれは大分」
「……、男の人はその…そういうのやっぱり我慢出来ないもの、なの?」
「!……」

「…その聞き方はズルいと思うけど」と頭をポリポリと掻き、浅羽くんは私の目をじっと見つめた。そして「…まあ、男には理性が保てない時がごくごくたまにありまして」と呟き、少しだけ困ったようにう〜んとカーディガンの袖を口元にあて俯いた

「要するに、時と場合によるんじゃないですかね」
「時と、場合…?」
「ん。…ま、とりあえずそれは置いといて、澤原さんは何て答えたの?有川さんに」
「……そのまま別れたほうがいいって、言った」
「!…へえ」
「本当に縁ちゃんが好きなら、きっと大事にしてくれるはずだから…。そうやって傷付けたりしないって」

付き合って何日でそ、そういうことするとか、そんなのは当人同士が決めればいいと思うけれど。付き合って1日で、とか。そういうことじゃなくて。…縁ちゃんにそんな悩ませて泣かせて、何の言葉をかけたりもしないでいることがダメだと思う。…縁ちゃんがそんな人と一緒になって、幸せになれると私は思わない。そう浅羽くんに言葉を紡ぎながら、またもぽろぽろと泣いてしまう自分が情けない

「…けど、縁ちゃんの今の恋愛を応援してあげられなかったから。私、縁ちゃんをあんなに怒らせて…」
「…俺は正しいと思うけどね」
「!えっ…?」

大きな手が私の頭をくしゃりと撫でる。少しだけ力のこもったそれにかくかくと頭を揺らされ、私の涙はポタポタと教室の床に染みをつくった

「…あくまでも個人的な意見だけど、」
「は、はい…」
「俺は澤原さんのこと大事にしたいって思ってるから、そういう気持ちもセーブしながら付き合ってますよ。澤原さんにすぐ欲情してみっともない男だと思われたくないしね 」
「!」
「嫌われたくないから、少しでもそうやって幻滅される可能性のある状況とかは避けるな俺だったら」
「……それは、浅羽くんが私の前ではあまり自由ではいられなくなるって、こと…?」
「…さあ?恋愛ってそんなものじゃない?繰り返すと、まあ…あくまでも個人的な意見ですから」
「ー…ご、ごめんなさい」
「え?」
「私ばっかり何にも考えてないみたいで……」
「…ん、まあ俺も自分のしたいようにはしちゃうけどね大抵。ただ、少しは抑えてるってことです」
「抑えて…?」
「あー例えば…」

くいっと浅羽くんが何の前触れもなく私の顎をすくう。そして次の瞬間、唇に温かな感触が。ちゅっと吸い付いた浅羽くんの唇は、いつもみたいにただ触れていくだけでなくて。いつもより長く長く時間をかけて、唇と唇を隙間なくぴったり合わせてきて。…少しだけ、息苦しい。え、えっと…これはどこから息すればいいの…!は、鼻、から?鼻から呼吸するのかな全然わからな…

「…!っ、…」

それにならって私の腰を抱く浅羽くんのいつもと違う動きに何だか驚いてしまって。ぞわぞわとする感覚にひやりと冷たい汗が背中を流れた。…今私の目の前にいる人は私の知ってる浅羽くんじゃないの、かも。そんなことを考えてしまうぐらい、浅羽くんがいつもとちがくて。少しだけー…怖い

「…ぷ、は…っ」
「……」

「ー…ごめんね?苦しかった?」と少し困ったような表情をする浅羽くんに、私はふるふると首を横に振った。…浅羽くんが言う、我慢ってこと。抑えてるってこと。私のせいでこうやって、浅羽くんは自分のしたいように出来ないことがあるなんて。私は全然知らなくて。なんだか…申し訳ない

「あー…じゃあ、帰りましょうか」
「……う、ん」

…それ以外特に何も言わないのは、今のキスが気まずかったから…なのかな。浅羽くんはくるりと背を向け、教室を出てスタスタといつもより速いペースで歩いて行ってしまう。私はそれを急ぎ足で追いかける。…私も、もっともっと分かるようになりたいよ。浅羽くんのこと。浅羽くんのしたいこと。我慢なんか、しなくていいから

「……っ」

ー…ただ、そんな言葉を言える勇気も私に今はなくて。ただただ私は彼の大きな背中を見つめ。彼より半歩後ろを歩くだけ



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そんなある日の出来事。お互いに成長出来たなら




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