苦さはだんだん甘くなりました



キョロキョロと辺りを見回しながら、私は校内をひたすら歩いた。…やっぱりいくら何でもこの広い校内から浅羽くん1人を見つけ出すのは、なかなか大変なんじゃないだろうか。なんと言っても彼は彼で、塚原くんから逃げている最中なのだから。行き違いになってる可能性だってある

「(…とりあえず浅羽悠太くんが言ってたように、校舎裏に行こうかな)」

階段を降りて、一階の渡り廊下を歩く。2月ということもあって外はとても寒い。…マフラー持ってくれば良かったかな。教室に置いてきちゃった。冷たい風に小さく悲鳴をあげつつ、上履きのまま地面へと降り立つ。…こうしなきゃ校舎裏へは辿り着けないし、わざわざ外履きに履き変える暇がない。私は校舎の角からそろりと校舎裏を覗いた

「……あれ?」
「!っ…」

い、いた…!浅羽くんいた…!どうやら私はとても運が良かったらしい。…あとで浅羽悠太くんには感謝しなくちゃ。本当に良かった…!軽く小躍りしたいくらいの喜びを抑えつつ、私は平常心を装い浅羽祐希くんに近付いた

「澤原さん、何でここにいるの?…もしかして要も一緒?」
「え?えっと、一応私1人だけど…」

「そっか、それなら良かった」と安心したようにへなへなと座り込んだ浅羽くんに、私は「橘くんと一緒に逃げてたんじゃ…?」と首を傾げる。するとそれに対して浅羽くんが不思議そうな表情をして、視線を私に寄越した

「…何で知ってるの?」
「それは…えっと、浅羽くんに塚原くんから二人が逃げてる最中だって聞いて…」

「それで…"祐希は校舎裏なんかに逃げ込んでるんじゃないか"、って言われて」と正直に経緯を話すと、浅羽くんは「…流石は悠太。悠太とかくれんぼなんかしたら、オレ数秒で捕まっちゃう…」なんてカーディガンの袖で口元を押さえたまま、ボソッと呟いた。…私も浅羽悠太くんに言われた時は驚いたけど、きっと双子の兄弟だからこそ通じあうものがあるんだろうなあ…うん。が、そんな風に感心している間に浅羽くんに「…ん?でも何で澤原さんが悠太にそんなこと聞く状況になったの?」なんて図星を突かれてしまった

「…!そ、それは…私が浅羽くんに用があって…探してたの」
「?用?」

膝を丸めた状態で浅羽くんが私のほうをじっと見上げる。…っ、渡さなきゃ。今両手に持ってるこの袋の中のチョコを。カタカタと震えだす膝に、ドクドクと鼓動を早める心臓。…今、私すごく緊張してる。さっきまでの決意はどうしたんだろう。ここまで来たら渡すしかないのに。この場から逃げ出したいなんて思ってる自分がいる。中途半端に開いた口からは「あ、えっと、その…」なんて意味のない言葉だけが漏れる

「…?澤原さん?」
「っ…」

やば…頭のなかが真っ白で何にも言葉が浮かばない。…どうしよう、どうしようっ…。早くしないとお昼休み終わっちゃうのに…。息が詰まりそう。とにかく苦しい。それに何だか身体の自由が利かなくて、気持ち悪い。…恋するって、もっと甘くて優しいものじゃないの?私、何か間違ってる?決意だけは出来ても、本人を前にするとすぐに壊されてしまうの。ー…何故なのかな?浅羽くんの前にいると、息苦しくなる。私は浅羽くんのこと好き、なのに

「わ、私…は……っ」
「…別に焦らなくていいよ」
「!えっ…」
「澤原さんなりの伝え方で、ちゃんと分かるからさ」

「澤原さんはほら、千鶴とかと違って頭良いしね」と付け足し、浅羽くんはすくっと立ち上がる。…今度は視点が逆。浅羽くんのほうが高い。だぼだぼに着こなしたベージュのカーディガンのポケットに手を突っ込んだまま、浅羽くんはただ私の言葉を待ってくれてるようだった。…ありがとう、浅羽くん。私がきっと好きになったのは彼のこういう優しさだと思う。肝心なところで面倒くさがるようなことはしないから。…浅羽くんのおかげで、私は自分の気持ちを伝えられる。私は紙袋から箱を取り出し、彼の目の前に差し出した

「っ……こ、これ。バレンタインのチョコ、です…」
「…オレにくれるの?」

こくこくと頷き、私はそれを手渡す。「…ありがとうございます」との言葉に「ど、どういたしまして」なんて微笑めば、ようやく少し力が抜けた。…なんだか、くすぐったい。この「ありがとう」は浅羽くんが私1人に対して言った言葉だから。単純でもいい、私はそれがとても嬉しいの。

「そ、それでね…」

ー…ここで終わったら、せっかく直接チョコを渡した意味があまりなくなってしまう。私が浅羽くんに伝えたい言葉や気持ちは、たくさんたくさんあるから。浅羽くんに聞いてほしいの、直接私の言葉で

「わ、私…ね」
「…はい」
「私、浅羽くんのことが……好き、なの」

好き。その一言が今あなたに言えて嬉しい。ずっとずっと、言いたかったから。「だから、その…義理チョコとかではないんです」なんてたどたどしく言葉を付け足し、私はゆっくりと浅羽くんから視線を外した。そしてまだ浅羽くんから反応がないのを良いことに、私はさらに勇気を出して口火を切った

「浅羽くんは、その…今好きな人とか、いますか…?」
「……いない、ですけど」
「じゃ、じゃあ彼女とか…欲しいと思います、か…?」

…ついに、聞いてしまった。本当は自分の気持ちを伝えられるだけでいいと思ったのに。つい、欲が出た。本当にこんなことして…あとで後悔するのは自分なのに。一度勢いがつくと、言葉が止まってくれない。少しじわりと滲み始めた視界で、反応に困ってるかのような素振りをする浅羽くんが見えた

「…返答として曖昧で悪いんですけど、」
「だ…大丈夫、だよ」
「彼女欲しいとか…、正直今のところはあんま考えたことない」

頭をぽりぽりと掻いて、そう一言。浅羽くんは少し申し訳なさそうな表情でこちらを覗き見る。私はそんな彼に涙を見せまいと、さらに顔を俯かせた。…私のバカ。仮に浅羽くんが彼女が欲しいって言っても、相手が普段あんま話したことのないクラスメイトの私になるわけないのに…。完全にから回ってる、私。早くもやってきた後悔に瞳がじわりと潤む。が、次の瞬間にはその滴を温かな手が拭ってくれた

「!あ、っ…」
「…すみません。今ハンカチとかあいにく持ってなくて」
「……」

どうして…と目を丸くする私に、浅羽くんが「あー…なんか澤原さんにばっか言わせちゃって、ごめん何か」と言葉を紡いだ

「…なんか、違うんです。オレが本当に言いたいこと、澤原さんにちゃんと伝わってない気がする」
「…?」

珍しくも戸惑ったような表情をする浅羽くんが言ったその言葉。それの意味が分からないまま、私は人生初の告白を終えることになった。…あとは、浅羽くんの口が開くのを待つだけ。彼は私に、何を伝えようと言うのだろうか


−−−−−−
いよいよクライマックス。





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