「ー…八百造さん、入るえ」

お母さんがスッと襖を引く。するとその部屋の中には布団に横たわる八百造さまの姿。そんな彼には瘴気にやられた痛々しい痕があって。隣で廉造くんが一瞬ハッと息を飲んだのが分かった。…久しぶりに再会した自分の父親がこんな状態だったのだ、無理もないだろう

「…!坊!…っ、ぐ…」
「おとん!!」
「や、八百造さま!無理に起き上がらないでください…!」
「な、なに…大したことあらへん。あと2週間で治るゆう話やから…」
「それでもまだ無理は禁物です!」

少し強めにそう言うと八百造さまは「あはは…葵には敵わへんなあ」と苦笑いを浮かべた。そしてバツの悪そうな視線を竜士くんや廉造くんや子猫ちゃんに向ける

「所長の分際でこの有り様や。少しでも早く現場復帰せんと、気ィ休まらんわ…」
「…皆そんなに酷いんか?」
「大丈夫や、ちゃんと療養すれば皆治らはるいうし、死人もおらん。…今が一番大変やけどな」
「そうか…そら良かったわ」

お母さんの言葉にホッと安堵した竜士くん。…やっぱりこの現状を竜士くん達に伝えておくべきだったのだろうか。自分の見知らぬところで自分の大切な人達が傷付いていた、なんて。少なくとも竜士くんみたいな実直で優しい人には耐えられないだろう

「それより坊こそ、ご無事で何よりです」
「ああ。皆のおかげさまでや」
「それに…子猫丸、」
「!は、はい」
「よう坊を守ってくれたな。大したもんや」
「い…いいえ!守ったなんてそんな滅相な!僕は右往左往しとっただけです!」

八百造さまに優しい眼差しを向けられ、子猫ちゃんは慌てて頭を下げた。…そんな、もっと自信を持っていいのに。こんな右腕を壊してしまってまで誰かを守るなんて、普通は出来ない。子猫ちゃんのことだ、竜士くんを必死で守ってくれたんだろう。「子猫ちゃん、偉い偉い」と私が頭を撫でてあげれば、子猫ちゃんはかああっと顔を真っ赤にしてしまった。…ふふっ、子猫ちゃんも相変わらずだなあ

「う〜…子猫さんズルいわ、葵ちゃんに頭撫で撫でしてもらうなんて」
「!あ、そういえば廉造くんも怪我して…」
「そう!そうなんよ!おとんおとん、俺もアバラいってもーてん」
「お前はど頭ピンクにしただけやろが!!」
「ぞええ!?」

バチンと頭を叩かれ、廉造くんは大きく悲鳴をあげた。目を丸くし驚く彼に八百造さまは「お前に錫杖預けたんは髪ピンクにさすためやないぞ!」なんて怒鳴る。…そっか、廉造くんが髪を染めたの八百造さまは知らなかったっけ。それにしてもお母さんといい、明陀の人達は髪を染めるという行為に否定的だ。…おかげで年頃だというのに、私の髪の毛もまだ真っ黒のままだ。うう、私も茶髪にしたいなあ…

「お…っ俺かてやることはやってましたあ!」
「志摩さんも志摩さんで右往左往してはりましたよ」
「子猫さんそれフォローになってへん!」
「…ふふっ」
「!葵ちゃん、笑うなんて酷いわ〜!」

くすくすと笑みを溢す私に廉造くんが頭を押さえながら、軽く睨み付ける。…だってこのノリが久しぶりなんだもん。まるで中学時代に戻ったようで…とても懐かしい

「…葵、」
「?なに、竜士くん」
「おとんはどうした?」
「!え…」
「倒れたって聞いてたで。どうなったんや」
「せやった!まさか和尚さまも瘴気にあたったんか?」
「え、えっとそれは…」

言葉を濁し、ちろりと視線をお母さんと八百造さまに移す。そうすると八百造さまはため息をついて、重々しく口を開いた

「…和尚さまはちょうど出張所に遊びに来てはったところを、今回の件に巻き込まれはって…」
「「「……」」」
「ビックリして腰抜かさはったんや」

八百造さまのその返答に、今まで真剣な表情をして身体を固くしていた竜士くん達は少し気が抜けたみたいだ。廉造くんなんて「…ん?それだけ?」なんて首を傾げている。…そう、今はお父さんも元気。いつも通りの生活を送っている。どうやらお父さんはあまり瘴気を浴びなかったみたいなのである、これまた幸運なことに。「だから竜士くん。安心して…」なんて言葉を竜士くんに掛けようとしたが、竜士くんは何かを考えこんでいるようだった

「?竜士くん?」
「…おとんは今どこにおるんや」
「え、私は分からないけど…お母さん知ってる?」
「さあ?今どこやろ…寺には毎日戻らはるやろけどなあ。あの人携帯電話持たへんし…」
「……あのハゲ達磨にどうしても話があるんや…!」
「!竜士くん!?」
「坊!坊、待ってください!」

急に腰を上げ八百造さまに一言言葉をかけ、竜士くんは部屋を出ていってしまった。それを追いかけて子猫ちゃんも同じくバタバタと部屋を出ていってしまう。…ど、どうしたんだろうか。思わずおろおろとしてしまった私の耳に、廉造くんの「ああ全く、坊は相変わらずやなあ〜…」なんて気の抜けた言葉が届く

「れ、廉造くん…」
「んー?ああ、大丈夫大丈夫。坊も坊で考えてることがあるんやろ。何しろ久しぶりに実家に帰ってきたわけだし…。だから葵ちゃんは心配せんでもええよ」
「で、でも…」
「なんなら俺が後で坊に葵ちゃんが心配してたって伝えとくわ」

だから今はそっとしてあげよ、なっ?とニコニコと微笑む廉造くんに、私は「…ありがとう」と弱く微笑み返した。…兄妹の関係といっても分からないことだってある。だから昔から私がこうやって困ってたり、私と竜士くんが喧嘩してしまったりすると、必ず廉造くんが仲介役になってくれた。いつも手を差し伸べてくれた。私にはそれが嬉しくて…そして昔からそんな彼の優しさに頼りきりだった

「…そん代わり、」
「え?」
「葵ちゃん、あとで俺と二人きりでゆっくり話そうな?俺、葵ちゃんのために働くんやからそれぐらい当然やろ?」
「!」

すれ違う瞬間、廉造くんは私の頭にポンと手をのせた。大きく温かな手にゆっくりと撫でられる感触が何ともくすぐったい。「れ、れれれ廉造くん、あの…」と私が何かを言う前に、廉造くんは「約束やからね〜」とはにかみ部屋をそのまま出ていってしまう。…び、ビックリした。廉造くんったら急に触れてくるもんだから…

「…葵、」
「あ…な、何でしょう?八百造さま」
「廉造は四男で上の兄貴達なんかより頼りがいもないし、出来の悪い息子や」
「?八百造さま?」
「せやけどな、廉造のこと…よろしく頼んだで。仲良くしてやってな」
「!!そ、それはつまり…」
「本当は和尚さまのお嬢さんだなんて、廉造には勿体なすぎるんやけどな…志摩家とじゃとても釣り合いもとれんわ」
「八百造さん、そないなことないわ。廉造は良くできた子やないの。東京行ってる間も葵ちゃんに頻繁に連絡くれはれたし」
「お、お母さんまで…」

ま、まさか廉造くんのお父さんである八百造さまにまでそんなこと言われるとは思わなかった…。ますます顔を赤らめた私を余所に、お母さんと八百造さまは「廉造も幸せやろうなあ。葵みたいな良い子が嫁に来てくれるゆうんやから」「八百造さん、それは少し気が早いんと違う?」なんて談笑する。うう…廉造くん早く戻ってきて…!私だけじゃこの場に居辛過ぎる…


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何故か家族公認みたいな。



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