「正十字騎士団日本支部御一行様、ようこそいらっしゃいました。遠くからようおこしやす。私、この虎屋旅館の女将でございます。ごう逗留中は完全貸し切りにさせてもろてますんで、ゆっくりしとくれやす」

ー…程なくして正十字騎士団が東京から京都へやって来た。目的はもちろん、前回メフィストさんが私に言っていたように"不浄王の右目"の警護の任務のため。京都出張所が襲われてまだ数日…その爪痕は深く残り、今のままでは警護も私たちだけは十分に行えない。…だから、決して公私混同で竜士くん達が帰省することになったわけではない。それはそうなのだが…

「坊!」
「坊や!よう戻らはりましたなあ!」
「お帰りなさいませ!」
「子猫丸くんに廉造くんもお帰り!
「やー、こらめでたいわ!誰か女将さん呼んできて!」
「や、やめえ!里帰りやないで!たまたま候補生の務めで…」

ひどく狼狽する竜士くんに旅館の皆はニコニコとした表情を見せる。…それも当然だろう、旅館の息子である彼が久々に帰ってきたのだ。懐かしくないわけがない。私はざわざわと騒ぎだす旅館の従業員の皆の後ろから、こっそり彼らの姿を確認した。…竜士くんも廉造くんも子猫ちゃんも懐かしい。髪の色こそ変わっているが、彼らは中学時代の彼らとあまり変わっていないように見えて。私は人知れずホッと一息ついた。…ちゃんと、私の知ってる三人のままで良かった…

「お、おい!せやからいい加減に…」
「竜士!」
「!おかん…」

騎士団の方々に挨拶を終えたのか、お母さんが正面玄関のほうからこちらに戻ってきた。お母さんは竜士さまの顔を見るなり、むっと眉をひそめてしまう。…ああ、久々の親子の対面なのに。嫌な予感しかしない…

「…とうとう頭染めよったな…!将来鶏にでもなりたいんかい!大体、あんた二度とこの旅館の敷居跨がん覚悟で勉強しに行ったんやなかったんか!?ええ!?」
「せ、せやから偶然候補生の俺らは手伝いに借り出されたゆうてるやろ!というか鶏て何や!これは気合いや気合い!」
「何が気合いや!私が何のために男前に産んでやった思てんの!許さへんで!」
「……」

相変わらずの二人に思わずくすりと笑みが溢れてしまう。流石は似た者親子だ。私は二人から視線を外し、候補生の人達をジーッと見つめた。…あれが廉造くんが手紙で書いていた祓魔塾のお友達か。確か奥村くんと出雲ちゃんと杜山さんと宝くん…だっただろうか。廉造くんが普段呼んでいる呼び名だからフルネームは分からないけど…。んー、杜山さんはどっちだろう?ピンで前髪を留めてる子?それとも二つ結びの子?首を捻る私を余所に、お母さん達の会話は続いていく

「女将さん子猫丸です。ご無沙汰してました」
「どうも女将さん、お久しぶりですっ」
「猫ちゃん!廉造も!よう帰ってきたなあ…無事で何よりや。竜士のお守り大変やったやろ?」
「お守りいうな!」
「…あら?嫌や私ったら!あちらは塾のお友達やね」

「初めまして竜士の母です。いつもうちの息子がお世話んなってます」と頭を下げたお母さんに、候補生のなかの男の子が1人大袈裟なくらい驚いてみせた。…分かりやすい子だなあ。確か宝くんが腹話術が上手い子とか廉造くんが言ってたから、あれが奥村くん…なんだろうか

「母!?え…この人勝呂の母ちゃん?」
「あーこの旅館、坊のご実家なんや」
「え?でも勝呂ん家潰れた寺じゃなかったっけ…?」
「そうそう、うちの寺は結局立ちゆかんくなってもーて。私がこの実家の旅館の継がしてもろたんよ」
「…坊坊って呼ばれてるから何かと思えば、本当に旅館のボンボン…ぷっ、そのままかよ」
「聞こえとるぞ神木ィ」
「……」

和気あいあいとしたみんなを見つめ、私はつい「羨ましいなあ」なんて思ってしまった。…高校に行ってないからか、学校生活というものについ懐かしさを覚えてしまう。何だか候補生のみんなと仲良くしている廉造くん達を見てると、私は彼らと遠い世界に別れてしまったんだなと改めて実感する

「ー…葵ちゃん」
「…!は、はい!」
「女将さんが呼んではるよ」
「えっ」

旅館のみんなに肩を叩かれ、私はサッと顔を上げた。するとさっきまで会話をしていた候補生の皆も廉造くん達もお母さんも私に視線を向けていた。…え?ど、どういうこと?

「ふふっ、葵ちゃんもこっちに来たらどうや?ずっと三人に会いたかったんやろ?」
「!」
「葵ちゃん…」

廉造くんの真っ直ぐな視線が私を射抜く。…メフィストさんに会ってから廉造くんに連絡をしていないから微妙に気まずい、のだが…。いや、それよりも親子の久々の再会を邪魔してしまっていいのか。大体旅館の皆だって三人と喋りたいはず…。そう私が言えば、周りの皆に「何言ってるんや。葵ちゃんは坊の家の子やないの!早く行ってあげ」と背中を押された。私はそれに後押しされ、そのまま竜士くんの元に駆け出す

「っ…竜士くん!」
「!ぬおっ!?」

ガバッと竜士くんに抱きつき、私はニコニコと口元を緩ませた。…会いたかった。ずっとずっと、会いたかったんだ。私にとって竜士くんはお兄ちゃんみたいな存在だから

「竜士くん…おかえりなさい!竜士くんの元気な顔がまた見れて、私嬉しいよ…!」
「お、大袈裟やな…!俺はこ、この通り元気や…安心せえ」

かああっと顔を赤らめながらボソッと言葉を紡いだ彼に、私はくすくすと笑みを溢した。…竜士くんはやっぱり変わらない。私はそのまま、くるりと子猫ちゃん達のほうを向いた。

「子猫ちゃんも元気そうで良かった!…けど、腕大丈夫?痛くない?」
「もう平気や、心配せんでもええよ」
「…本当に?」
「うん。…にしても葵ちゃん、暫く見ないうちに大人っぽくなったんと違う?最初僕分かりませんでしたよ」
「えー?そんなことないけどなあ…でも、竜士くんも子猫ちゃんも何だか男らしくなったね!短期間で見違えたよ」
「え?葵ちゃん、俺は?」
「あ…挨拶もせずにすみません!初めまして、祓魔塾の皆さん!」
「葵ちゃんまさかの無視?」

擦り寄って来る廉造くんをとりあえず無視させてもらい、私は竜士くんから一旦離れた。そして先ほどのお母さんと同じようにゆっくり頭を下げる

「私は勝呂葵、竜士くんと子猫ちゃんと廉造くんの幼なじみです。この旅館で働いてるので、用があれば何なりとお申し付け下さいね」
「!?す、勝呂…?」

勝呂は"きょうだい"がいないって言ってたから……とぶつぶつと呟き、奥村くんという子が何やら考え込む。?ど、どうしたんだろ…。首をこてりと傾げる私にいきなり奥村くんがポンと手を打つ

「お前……まさか勝呂の奥さんか!?」
「ちゃうわアホ!」

そう声を張り上げた奥村くんを竜士さまがバシッと叩く。…奥村くんって面白い人だなあ。というか竜士くんと良いコンビになる気がする…

「葵は俺のその…妹みたいなもんや!あんまアホなことゆうとほんまに怒るぞ!?」
「だ、だって名字が同じだったから…」
「そうよ、誤解しても仕方ないわ。あんた一人っ子なんでしょ?これはつまりあんたの義理の妹か何かってことよね」
「葵ちゃんをこれ呼ばわりしちゃあかんよ!」
「……何であんたが怒るのよ」

うがー!と怒る廉造くんに隣の二つ結びの女の子がドン引きしたような表情をしていた。…廉造くん、何だか少し変わった…?やっぱり電話やメールだけじゃ分からないこともあるものだ。祓魔塾のみんなと互いに一連の挨拶をし終えた後、私とお母さんの元に若い女の人が来た。隣にいた竜士くんにこそっと尋ねれば「霧隠シュラ先生…今回の騎士団増援部隊隊長や」と返された。え、こんな若いのに?すごいなあ〜…

「女将さん、この度は長期間お世話になります」
「いいええ、正十字騎士団さんにはいつも御贔屓にしてもろてますんで」
「さっき所長さんにご挨拶させていただいたんで、私らはさっそく出張所の応援に行ってきます。医工騎士を半分置いていきますんで、魔障者の看護に使ってやって下さい」
「ありがとうございます。それで、あの…」

言葉を濁し、お母さんはちらりと視線を霧隠さんから竜士くん、廉造くん、子猫ちゃんに移した。それを見て察しがついたのか、霧隠さんは「勝呂、三輪、志摩!お前らは久々の故郷だし少し身内に挨拶でもしてきたら?」と提案してくれたうえ、残りの生徒には別の指示をしていた。私はそれに心の中で感謝しつつも、踵を返す

「お母さん、せっかくのご好意だし…」
「…そやね。早く三人にも状況を知ってもらいたいし」
「竜士くん、子猫ちゃん、廉造くん。私たちの後についてきてくれる?」
「?」

不思議そうな表情を浮かべる三人にもう一度「…お願い、」と言葉を紡げば、三人も何かただ事ではないと思ったらしく渋々頷いてくれた。私はそれににっこりと微笑みを浮かべ、奥村くん達とは反対方向に進める

「……あれがメフィストのヤローが言ってた、ここで守られてる今回のもうひとつのお宝か…」
「あ?シュラ、何か言ったか?」
「…いーや、何にも?それより燐、お前面倒起こすなよ。私はお前を信じてるからな!」
「は、はあ?…それでいいのかよ」
「こういう修行なんだよ」
「本当か!?」


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物語は徐々に進んでいく



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