「皆を看病する!って張り切ってた人間が倒れてちゃ本末転倒やな」
「う…ごめんなさい…」

布団に寝かしつけられた私を見て、蝮姉さんが深いため息をついた。…そう、あの魔障を受けた皆を旅館に運んだ後。私も医工騎士の祓魔師さんが来てくれるまで、色々と皆の看護に頑張って励んでみたのだ。だが、それもあまりは長くは続かず。風邪を拗らせた私は、魔障者と共に布団に寝かしつけられることとなってしまったのだった…

「あんたは祓魔師でもないんやから、部屋の隅で大人しゅうしとけば良かったのに…ほんま呆れて物も言えんわ」
「蝮、黙りや!葵は3日3晩徹夜で俺らを看病してくれたんやぞ!」
「せやかて私は事実を言ったまでや」
「そうや!姉様の言う通りや!」
「お前らそんなことしか言えんのか!むしろ看病してくれた葵に感謝くらいせえ!」
「き、金造兄ちゃんもういいよ…!」

元気そうに振る舞ってはいるが、皆先日の件で瘴気を浴びたのだ。体調だってまだ完全ではない。このまま喧嘩されても困る。私は蝮姉さんと睨み合う金造兄ちゃんの袖をグイと引き、「私は気にしてないから」と微笑んだ。…だってあんなことを言っていても、私が倒れた時に真っ先に和尚さまや柔造兄ちゃんを呼んでくれたのは他ならぬ蝮姉さんだ。きっと私を少なからず心配してくれているのだと…そう思う

「蝮姉さん」
「?何や」
「ごめんなさい、今度からはあまり無茶しないよう気を付けるね。ありがとう」

そう微笑めば、蝮姉さんはビックリしたように目を丸くした。そして「…昔から思ってたけど、ほんま変な子やな」と不可解そうに眉をひそめる。私はそれにくすっと笑みを浮かべ同意をし、布団から立ち上がった

「?葵?」
「ちょっとお手洗いに行ってくる」
「1人で大丈夫か?俺がついてってやろうか?」
「あはは、そんな大袈裟な…」
「そんなことゆうて夜1人じゃ便所に行けない〜ってピーピー泣いてたのは誰やった?俺はよく覚えてるで」
「!そ、そんなの昔の話だよ!私ももう子どもじゃないし…」
「せや、過保護もええ加減にせんと嫌われるで。気持ち悪い」
「き、気持ち悪いって何や!」
「おっ、柔兄がついにキレた!」
「姉様、私らも加勢しますよ!」
「……」

…もう宝生家と志摩家の喧嘩を止めることは私には出来なそうだ。みんな怪我してるっていうのに全く…まあ元気ならそれが何よりなのだが。私は溜め息をつき、そっとその場を後にした







お手洗いをすまし、私は廊下を歩いていた。庭に面した廊下には月明かりがキラキラと反射している。…京都出張所が襲われてから色々時間が目まぐるしく過ぎた気がする。何というか、息をつく暇もなかった。おかげで最近は毎日欠かさず続いていた廉造くんとのメールも、私で止まったままだ

「不在着信が3件にメールが5件…わ、これ全部廉造くんからだ…」

…廉造くんも竜士くんも子猫ちゃんも、今回京都出張所が襲われた件をまだ知らない。何故ならば、明陀の人達が誰1人として彼らにこのことを伝えていないからだ。その理由はよく分からないが、多分東京にいる彼らに心配をかけないようとしてるんだと思う。…だから私も廉造くんに連絡をすることが出来ない。もし連絡してしまえば、廉造くんに泣き付いてしまいそうだから。助けてほしいって、そう甘えてしまいそうだから…

「ー…勝呂葵さん、ですよね?」
「!…え?」

突然紡がれた私の名前。私は呼び掛けるまま、声のしたほうへ振り向いた。するとそこには見慣れない人影があった。庭に佇むその人物は白いカボチャズボンに長いマントという不思議な出で立ちをしていて。白いハット帽子をサッと取り、彼は紳士的にゆっくりと頭を下げた

「初めまして。話に聞いていた通り可愛らしいお嬢さんですね」
「??あ、あなた誰ですか?どうしてここに…」
「これはこれは申し遅れました!私は正十字学園理事長兼祓魔塾塾長を務める、メフィスト・フェレスと申す者です」
「!せ、正十字学園の!?」

そういえば廉造くんからの手紙に彼の名がちらりと書いてあった気がする…。これが竜士くんや廉造くんや子猫ちゃんが普段お世話になっている人、なんだろうか。というか外人さんなのかな?日本語はすごい達者みたいだけど…

「あ、あの…その理事長さんが何で京都の虎屋旅館に?生憎今は一般客が宿泊出来る状態じゃ…」
「そうでしょうね。ですがご安心下さい。後日、不浄王の右目を守るという任務で正十字騎士団日本支部の祓魔師がこちらにお邪魔します。それから祓魔塾の候補生も一緒に」
「!」

廉造くん達が、京都に来る……?私は思ってたよりも早いその再会に、正直複雑な心境だった。嬉しいような嬉しくないような…。だって、あっちはまだあくまで祓魔師の候補生なのだ。廉造くんとの約束はどうすればいいのか…。むむむと眉をひそめて考えこむ私に、メフィストさんは「そしてお嬢さん、貴女に1つお伝えしたいことがありましてね」と指をピッと一本立てた

「伝えたいことって…廉造くん達が来ること以外にもですか?というか、何で理事長さんが私なんかに直々に…。他の人には知らせていないんでしょうか?」
「ええ、ですがいずれ伝わるでしょう。そして私は貴女にこんなことを伝えに来たんじゃありません。これはオマケです」

…よく意味が分からない。初めて会った私にメフィストさんは何を伝えようと言うのか。私は彼の感情が読めないその笑顔をただ見つめる。…何だか怖い。これ以上は聞いてはいけないと、頭のなかでもう1人の自分が警告している

「今まで大事に大事に守られてきたのでしょう?なのに、貴女自身は自分が何者なのかも知らない」
「…な、何が言いたいんですか?」
「今まで疑問を感じることはなかったのですか?自分とは血の繋がらない人間が貴女を引き取ったこと、明陀宗の監視下のもと保護を受けていること、 そして自分がいつも見えない何かに害されていること」
「!…っ、」

彼の言葉が心に突き刺さる。…そう、それらは私が物心ついた時から感じていたこと。何故達磨さまは私を養子としてくれたのか、何故私はいつも達磨さまや八百造さまや柔造兄ちゃん達の傍から離れないよう言い付けられてきたのか。何故私はー…"見えないはずの何か"に襲われることになるのか

「貴女は我々にとっては非常に興味深い存在なのです。悪魔を虜にするその血はご両親が死んだ今、貴女しか持ち得ないものですから」
「!メ、メフィストさんは私の両親を知っているんですか!?」
「ええ、知っていますよ?何しろ彼らはその血を持つがために生前は騎士団の保護を受けていましたから」

な、何でそんな…何で私の両親は騎士団に保護されていたというのか。そう声を上ずらせて聞けば、メフィストさんは「騎士団は貴女達一族が受け継ぐその血を非常に危険視していたのです。悪魔にとっては麻薬のようなものですから」とニヤリと厭な笑みを浮かべた。そしてそのまま私の手をスッと取る

「…ですが危険過ぎる麻薬と言えども、悪魔が喉から手が出るぐらい欲しがるのに変わりない。我々にも手に負えない悪魔を誘き寄せたい時…そうですね、例えばサタンですか?アレと我々が戦うことになった場合、貴女が必要に…」
「そ、それって不浄王に対してでも有効なんでしょうか!?」

メフィストさんの言葉を遮り、私は彼にそう尋ねた。彼にとってはその質問が意外だったらしい。驚いたような顔をしたメフィストさんは、何でそんなことを聞くのかと首を傾げた

「わ、私明陀の皆の力になりたいんです!今回の件はよく分かってませんけど…京都出張所が襲われたのは不浄王の右目ってもののせいなら、きっと不浄王って昔話で聞いたあの悪魔の存在も犯人に関係してきて…」
「アハハ!その通りです。非常にご聡明なお嬢さんだ、確かに犯人の狙いは不浄王の復活でしょうねえ」
「じゃ、じゃあ…」
「いえ、残念ですがアレは誘き寄せられるられないの話ではないのです。左目右目が揃った時復活する、そういうことですから」
「え…?」

右目の他に左目も存在するのか…。やはり問題は私1人が対処出来るような簡単なものじゃないらしい。私に何か能力があるならと、そう思ったのに…。しょんぼりと落ち込む私にメフィストさんは「貴女は実に面白い人だ。奥村燐と同じものを感じます」とクククと喉を鳴らした。奥村燐…?何か廉造くんの手紙で書いてあったような…

「…あ、あのそれで、メフィストさんは私を騎士団に引き渡すつもりなんでしょうか…?私、騎士団には…」
「いいえ安心して下さい。貴女は引き続き此所で保護を受けていてもらいます」
「?じゃあメフィストさんは本当に私に"それら"を伝えに来ただけなんですか?」

この数分でメフィストさんに与えられた情報は私を困惑させている。が、それらは私が長年感じていた疑問に対する答えだ。…私が悪魔を寄せ付けてしまう体質であること。その真偽は分からなくても、教えてくれたおかげで私はいくらか心がスッキリしたような気持ちだ

「…そうですね、貴女に事実を知ってもらうことが第一でした」
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「?悪魔から狙われているという事実を知ってなお、助かったと?」
「だってそれはつまり、時期が来れば私は誰かの役に立てるってことでしょう?それが分かって私は嬉しいんです」
「…悪魔の餌として殺されるとしてもですか? 」

その問いに「はい」とキッパリと答えれば、突然首元にピリッと痛みを感じた。…メフィストさんが噛んだのだ。あまりに急なことに顔を真っ赤にして動揺すれば、彼はまたクククと喉を鳴らした

「ー…これで貴女は悪魔が視える身体になりました」
「!え…」
「最初は戸惑うでしょう。何せ貴女の周りで多くの悪魔が目を光らせているのですから」
「……」
「ですが、貴女はまだ死んではいけない。…事実と向き合い前を向いて生きて下さい」

その言葉を最後に彼はポン!と煙を出して消えて行った。…正十字学園の理事長ともなれば魔法が使えるのだろうか。私にはよく分からない。私は彼に噛まれた首元にそっと手を当てた。じんじんとした痛みはまだ熱を持って続いている。…彼は魔障を私につけた、のだろうか。確かに魔障を一度受ければ悪魔は視えるようにはなるという話だ

「…ってことはメフィストさんは悪魔、だったんだ…」

独り言のように呟き、私は辺りを見回した。…いつもは見えていなかった何か。それが今くっきりとした実像を持って見える。…あれが悪魔なのだろうか。彼らはお腹をすかせた時の子供のような物欲しそうな表情を浮かべて、こちらを見つめている。彼らが求めているのは私の血、ひいては私の死であることは間違いないだろう



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