廉造くん達が東京の正十字学園に行ってから早2ヶ月。京都に残った私は今日も変わらぬ1日を過ごしていたー…

「おーい、葵ー」
「なーに、金造兄ちゃん」
「お前宛に手紙が来とるぞー」
「!ほ、本当に!?」

ドタドタと大きな足音をたてて金造兄ちゃんの声がするほうに駆けて行けば、金造兄ちゃんはピラピラと一通の封筒を私に見せ付けた。…いや、ちょっと…

「取ってみぃ」
「……何でこんなことするのか意味分からないんですけど。早くその手紙渡してよ」
「だから渡してるんやから取ればええやろ。ほれ、ほれ」

左に右に揺れ動く封筒を取ろうとするが、いかんせん金造兄ちゃんの身長は私より遥かに高い。こうしてその長い腕で高々と掲げ上げられれば、私が届く術もない。むむむと困ったように眉をひそめる私に、金造兄ちゃんはニヤリと口元を緩ませる。っ…金造兄ちゃんの意地悪。いつも私をからかって…

「…ん?何や、お前ら何しとるんや」
「っ…柔造兄ちゃあああん!」
「!うおっ…」

うああん!と派手な泣き真似をかまし、私は柔造兄ちゃんに抱きついた。どうしたんや?と私の頭をよしよしと撫でてくれる柔造兄ちゃんに、つい口元を緩ませた。…柔造兄ちゃんは相変わらず優しい。誰かさんとは違って。やっと味方が現れたことを良いことに、私はさっそく金造兄ちゃんが手紙を渡してくれない旨をチクってやった

「金造……お前何大人気ないことしとるんや」
「あはは、だって葵はからかいがいがあるんやもん」
「っ…悪びれもせずに言うな!金造兄ちゃんのアホ!」

柔造兄ちゃんを前に完全に油断していた金造兄ちゃんから手紙をサッと奪い、私は廊下を駆け出した。後ろから柔造兄ちゃんに「どうしたんやー?」と呼び止められたが、私はそれに「う…うん、ちょっと!柔造兄ちゃんありがとうね!」とだけ言葉を残した。…廉造くんからの手紙、せっかくなら1人で落ち着いて読みたい。ゆるゆるとにやける口元を押さえつつ、私は近くにあった部屋に入った。…ここなら普段はあまり使われていない部屋だし、人も来ないだろう。ずりずりと壁を背凭れにに座り込み、私は深呼吸をした

「……」

封筒の上部をビリビリと割き、中から便箋を取り出す。便箋は二枚、ピンク色の可愛らしいもので。…流石は廉造くん、女の子に出す手紙にこういう気配り出来るんだな、なんて妙に感心した。便箋に目を通すと見慣れた字体がぎっしりと埋まっていた。手紙は「葵ちゃん元気にしてはる?俺は元気にやっとるよ、もちろん坊も子猫さんも」という書き出しから始まり、正十字学園の学園生活のこと祓魔塾の授業のこと新しく出来た友達のこと…とにかくたくさんのことが事細かに書いてあった

「…いいなあ、楽しそう」

祓魔塾に通う通わない関係なしに、出来れば私だって廉造くんと竜士くんと子猫ちゃんと同じ高校に行きたかった。中学までは三人と一緒の学校生活を送っていたし…一緒のお風呂に入ったことだってあるし寝泊まりだってしたこともある、私たちは所謂幼なじみの仲だ。寂しくないわけない

「……はあ、」

竜士くんみたく奨学金貰えるぐらい頭が良かったならなあ…そしたら正十字学園に通えたかもしれないのに。そんなことを考え、廉造くんの手紙を丁寧に封筒にしまい一息ついたその時。懐にあった携帯の着メロが突然鳴り出した。う…着物を着ているとこういうものが取り出しにくいから嫌だ。旅館の仕事が一段落ついたのだから、一度私服に着替えれば良かったかな…なんて。少し後悔しながら、携帯の着信ボタンを押した

「はい、もしもし?」
『あ、葵ちゃん?良かった、電話に出てくれて』
「!?れ、れれ廉造くん!?」
『…何や、また誰か確認せずに電話出たん?』

葵ちゃんの悪い癖やなあ、なんて呆れた声。…久しぶりに聞いたその声につい涙が出そうになってしまう。頭がこんがらがって言いたいことも伝えたいことも、急には口から出てきそうにない

『久しぶりやなあー手紙出したんやけど、そっち届いてはる?』
「え…あ、うん。今ちょうど届いて、読み終わったとこ」
『あーそうなんや』
「廉造くん…もう今日は授業とか全部終わったの?」
『うん。塾のほうもさっき終わって、今は寮に戻ってきたところや』
「そ、そっかあ…」

そういえばこの前祓魔塾の課外授業中にハプニングが起きて、廉造くんと子猫ちゃんは怪我したと聞いたけど…もう大丈夫なんだろうか。忙しいスケジュールを日々こなしていく三人を思うと本当に頭が下がるばかりだ。「葵ちゃんは最近どうなん?」と電話を通して廉造くんに聞かれたが…申し訳ない。私は廉造くん達がこっちにいた時とほとんど同じ生活をしてるから話すことがない。強いて言うなら高校には通ってないから、より報告するようなことがないってことぐらい

「私は…あんまり変わらないよ。女将さんの旅館手伝ったりとか、柔造兄ちゃんと蝮姉さんの喧嘩を止める役になったりとか…。あ、でも廉造くん達が東京に行ってから何故かますます金造兄ちゃんに虐められて…」
「誰が虐めてるって?何や、葵は失礼なやつやなあー」
「!き、金造兄ちゃん!」

いつの間に部屋に入ってきたのか、ぬうっと顔を突きだした金造兄ちゃんは私の携帯をそのままひょいと奪った。え、ちょ…返してよ!せっかく廉造くんが電話してくれたのに…!携帯を取り返そうと奮闘するが、やはりさっきと同じこと。私は「もしもし、廉造か?」と勝手に電話を取り次ぐ金造兄ちゃんを眺めることしか出来ない

『…金兄。俺今、葵ちゃんと話してたんやけど』
「うっさいわ。お前実家にもろくに電話せんで、好きな女にばっか連絡よこしよって。ほんま親不孝者やわ」
『!う、それは……』
「おまけに今回は葵にさえ1週間ぶりくらいの電話やないか!メールも3日前のお前の返信で止まってるし…」
「き、金造兄ちゃんまた私の携帯勝手に見たのね!」

最悪!金造兄ちゃんのアホ!そう文句を溢せば、金造兄ちゃんはやかましいとでも言うように片手で耳を押さえた。そして急にニヤリと笑みを浮かべ、私の携帯を持ち直す。?な、何その顔…

「あんまりお前が葵に寂しい思いさせるゆうなら、俺がもらってしまうで?」
『は、はあ?ちょ、金兄…』
「俺だけやあらへん。柔兄だってもちろん葵のこと可愛がってるし、この前なんて旅館の客に言い寄られたんやで?みーんな葵のことが好きなんや」
「………」

…普段金造兄ちゃんにバカにされてばかりの分、すごく気持ち悪いんだけど。何で急に褒められてんの私。全然嬉しくないんだけど。金造兄ちゃん、キャラが違う。ニヤニヤした顔付きの金造兄ちゃんと視線が合い、私は「もう、変な嘘ばっか言わないでよ」と口を尖らせた。…旅館の客に言い寄られたのだって、それはあれが少し変な人だったから。だから宿泊する前にみんなが追い返してくれたし。全く話を大げさにしすぎである

「それに金造兄ちゃんだって彼女いるってこの前言ってたじゃない。ほら、バンドのライブに来てたからどうたらって」
「あー…あれは嘘や嘘」
「は、はあ?また私をからかって…」
「!あ、そう言えば廉造に1つ伝えなきゃいけないことがあったんや。葵、お前一度この部屋から出てけ」
「え!?ちょっと…」

金造兄ちゃんに背中をグイッと押され、私は廊下に。部屋に戻ろうとすればバタンと襖を閉められた。えええ何で…!?金造兄ちゃんに文句を言おうと口を開いた瞬間、廊下の奥のほうから「葵ちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんやけどー葵ちゃん?おらんの?」というお母さんの声が聞こえた。?何だろう…旅館のほうで何かあったのかな。私は「金造兄ちゃん、電話終わったら携帯はそのへんに置いといてね!私はお母さん手伝ってくるから。あ、あと廉造くんによろしく伝えておいて」と声をかけ、その場を去った






「…廉造、お前ら三人とも祓魔塾の最初の授業で魔障受けて悪魔が視えるようになったんやな?」
『?そ、そやけど?』

金兄、俺は葵ちゃんと話したかったから電話したんやけど…と文句を溢そうとしたのだが。生憎金兄に言葉を先取られてしまった。…何や、今日の金兄ワケわからん。俺が東京行ってる間におかしなってしまったんやろか。そんな失礼なことを俺が考えているとも露知らず。金兄は真面目な声色で話を続ける

「廉造」
『何や?』
「お前、これだけは覚えとけ。今までお前ら3人には言わなかったけどな、葵の周りにはぎょうさんおるんやで」
『?何がや?』
「悪魔や、悪魔」
『!?なっ…』

あ、悪魔…?葵ちゃんの周りに…?俺は金兄の言葉に一瞬困惑した。が、すぐに幼少の頃の記憶を引っ張り出し少し納得をする。せや、葵ちゃんは確かに昔から"見えない何か"にずっと怯えていたんや…

「葵はな、どうも悪魔を寄せ付けやすい体質らしいんや。だから葵の両親も悪魔落ちして死んだ」
『あ、悪魔落ちって…葵ちゃんの両親は悪魔落ちした人間に殺されたんちゃうんか!?』
「?葵がそう言ったんか?和尚さまがゆうてたんやから、こっちが事実なんやろ?」
『そ、そんな…』
「んでついでにゆうておくと、葵を護るよう俺ら明陀の者は正十字騎士団から命令を受けとる」
『!?なっ…何やそれ!俺はそんなの聞いて…』
「アホやなあ、お前血の繋がりもないただの子どもを和尚さまが引き取るわけないやろ。ウチの寺は子捨て寺院と違うんやで?」

…今の数分で与えられた情報が多すぎる。何で?何で葵ちゃんは和尚さまに引き取られたん?何で俺らは葵ちゃんを護るよう正十字騎士団に言われとるん?葵ちゃんは一体、何者なんや…?疑問ばかりが頭を占めるなか、金兄の「もしお前が葵に再会したら驚くと思ってな?予め言っておいたんや。これも俺の優しさやで?感謝しいや」という明るい声が耳に届いた。そしてそれを最後に通話はパタリと途切れてしまった。…自分の話したいことを話して満足したのだろう。気の短い金兄のことや

「…意味わからん…」

…葵ちゃんに今すぐに会いたい。会って確かめなければならない。俺の決意は固まっていた。が、今の状況ではそれも無理だろう。心のなかの不安がじわじわと俺を侵食していく。葵ちゃんを護る王子様は俺なんやと確信出来たあの頃が懐かしい。俺は今彼女が何処にいて誰と何をしていて、そしてどんな表情でいるかも分からないのだから


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少しだけ、核心に触れていく



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