「…俺、高校は東京の正十字学園に行く。祓魔塾で悪魔祓い学んで祓魔師になるわ」
「……」

お父さんとお母さんに向かって、竜士くんがキッパリとそう言い切った。その発言にはお父さんもお母さんも驚いたらしく、二人とも目を丸くしていた。…竜士くんがそういう進路を選んでいたことは、廉造くんに聞いて私は知っていたけれど。それをお父さんにもお母さんにもギリギリまで伝えないのには正直疑問を感じていた。…そしてまさか私がこの場に居合わせることになるだろうなんてことも、私は想像もしていなかった…

「………」

話し合いの席にお茶が必要だろうと変に気を回したのが駄目だった…!お父さんが来る前にと、私が竜士くんとお母さんにお茶を持ってきたところで早々に勝呂家の話し合いは始まってしまったのが運の尽き。なんとなく立ち去るタイミングを逃した私は、そのまま部屋の隅っこで大人しくしていることにした。…というかそれしか出来ない。そして、そんな私を余所に竜士くん達親子の話し合いは続いていく

「今の世の中、仏教だけじゃ心もとない。門徒引っ張っていくのに、よりあらゆる祓魔知識に通じておきたいんや」
「…あかん」
「っ、何でや!」
「何度もゆうてきたやろ…!お前は好きに生きてええんや!頭もええし、魔障も受けとらん綺麗な身体や。いくらでも堅気になれるんやで?なんやったら、おかんの旅館継いだってええやないか」
「俺は好きに生きてこうなんや!誰が旅館なんか継ぐかハゲ!」
「!旅館なんかとはなんや!あんた、この旅館に育ててもろたんやで!それにお父さんにむかってハゲ言うな!この親不孝者!」
「お、お母さん落ち着いて…!」

竜士くんの言葉に激怒するお母さんに私は駆け寄った。こ、これ以上話が拗れてしまっちゃダメだ…!お母さんを宥める私に、竜士くんが申し訳なさそうな視線を一瞬向けたのが分かった。が、私の努力虚しくお父さんは「…この話は終いやな」と突然部屋を出ていってしまう

「お、お父さー…達磨さま!待って下さ…って、きゃっ!?」
「!わわっ…」

お父さんを追いかけようと部屋を出た途端、何かに躓いた私はその場で派手に転倒。痛たた…と涙を浮かべながら顔を上げれば、私の真下には廉造くんがいた。えっ…な、何で廉造くんがここに!?横を見れば子猫ちゃんも襖の影にいた。!まさか二人とも盗み聞きして…

「っ…逃げるんか!旅館にもろくに寄りつかん、騎士団にも入らんで明陀を放り投げて!」
「!竜士くん…」
「……」
「逃げてばっかりやないか!皆、おとんを何てゆうてるか知ってるか!?臆病者の生臭坊主や言うてんのやで!?悔しくないんか!」

お父さんの背中を真っ直ぐ見つめ、竜士くんは「…俺は…悔しい…!」と苦しげに言葉を吐き捨てる。…小さい頃から竜士くんの御家にお世話になっていたから、ここ何年かの明陀の事情については知っている。だから、私には竜士くんの気持ちが痛いほど分かる。息子である竜士くんにとって、父親を悪く言われることほど辛いことはないだろう。緊迫した雰囲気のなか、お父さんがこれ以上話し合う気がないと悟ったのか、竜士くんは軽く溜め息をついて腰を上げた

「…別に認めてくれんでもええわ。もう願書提出しとるし奨学金も受けられるようやから」
「!えっ…竜士くん!?」
「なっ、なん勝手に…」
「俺は祓魔師になる。なったら打倒サタンを掲げて門徒をまとめ、最終的に寺を立て直すんや!」
「…竜士…」

俺は…逃げへん。そう言ってお父さんとは反対方向に立ち去って行った竜士くん。私は私の下で「子猫さん、見て見て。これ俺得てせずに役得しとるとちゃいます?」とニヤニヤしてる廉造くんを踏みつけ、竜士さまを追いかけた。後ろで廉造くんの悲鳴が聞こえたが無視だ無視





「りゅ、竜士さ……竜士くん待って!」
「…!」

御家では自分の立場というものがあるため呼び方を変えているのだが、この場合は仕方ない。竜士くんの腕をぎゅっと掴み、私は彼を自分のほうに向けさせた

「…今の話本当なの?」
「……ああ、…兄妹同然に育てられたお前にその話をしてなかったのは悪かったな。許してくれ」
「わ、私のことはどうでもいいよ!それより…本当にいいの?竜士くん、ちゃんとお父さんとお母さんと話し合って理解してもらったかったんじゃ…」
「そんなん、おとんが俺と話し合う気がないんやから仕方ないやろ」
「そ、それはお父さんにも考えが…」
「そう言って何度もおとんのこと許してきた。…だけどもう、それも限界なんや」

拳をぎゅっと握りしめ、竜士くんは悔しそうに唇を噛み締める。…確かに竜士くんの言い分も分かる。お父さん…もとい明陀宗当主である達磨さまは、今となっては正十字騎士団に入るでもなし明陀の再興のために活動をするでもなしで…。最近の彼の単独行動には正直私も理解が出来ないのだ。そして竜士くんが言うように、お父さんが他人との関わりを避けているのも事実…。返答に困った私に竜士くんは続けて言葉を投げ掛けてくる

「それに…俺のことよりお前や。お前こそいいんか」
「えっ…?」
「今まで自分の面倒みてくれた明陀の皆に…勝呂家に気ィ遣って、高校進学諦めたんやろ?聞いたで、中学卒業したらおかんの旅館で働くことにしたって」
「!…」

おかんに言えば、お前1人ぐらい高校に行かせる金くらい勝呂家にもある。…今まで一緒に暮らしてきた家族やないか、それぐらい言えや。お前そんなことで自分の進路狭めていいんか?。そう言って私の目をジッと覗きこんだ竜士くん。…昔から何か悪いことをして怒られる度に、竜士くんにはこんな風に真っ直ぐ見つめられ、そして拳骨一つをもらっていた。が、今は少し状況が違う。私は勇気出して彼を軽く睨み返した。…これだけは訂正したいのだ

「ち、違うの竜士くん。私、明陀の皆に気兼ねしてその道を選んだんじゃない。だって…私も竜士くんと一緒なんだもん」
「…は?」

なんだか話題がすり替わってしまったような気がするが、今は仕方ない。竜士くんは優しいから、妹分である私の進路を心配してくれてるのだ。ありがたい話だ。私は竜士くんの腕をぎゅっと掴み、彼との距離を縮めた

「わ、私も明陀のみんなに役に立ちたいの。竜士くんが明陀の為に東京の学校で祓魔師を目指すって言うなら、私はここで明陀の皆を支えられるようにそばにいたいの」

内容は同じ。ただ、その方向性が違うだけ。だから私は…竜士くんの夢を応援するよ、とつい声を大きくした私に竜士くんは一瞬面食らった顔をして、そして「ぷっ…」と吹き出した。…最近は竜士くんは難しい顔ばっかしてたから、久しぶりに見たその笑顔に私は暫くポーッと見惚れてしまった

「あははっ…お前俺とおとんとおかんのこと仲介しに追いかけてきたんちゃうんか!せやのに自分は俺の夢を応援したいだなんて…矛盾しとるわ」
「う…そ、そりゃ私だって次期当主には危ないことはしてほしくないよ。だけどその、竜士くんの気持ちも分かるから…」

だから余計に竜士くんがお父さんともお母さんとも、理解し合えて欲しかったの。より良い状態で竜士くんと廉造くんと子猫ちゃんを送り出したかったの。そう拙い言葉で彼に告げれば「あー分かった分かった」と話を切られ、頭をぐちゃぐちゃと撫でられた。う、髪の毛がぐちゃぐちゃになるんだけど竜士くん…!

「…まあお前の気持ちは分かったわ。お前の進路についても後悔がないならええ。少なくとも俺はお前のその気持ちが嬉しい」
「!竜士くん…」
「そんなお前に、一つ頼みがある」

じっと真剣な目を向けられ、私は思わず息を呑んだ。…竜士くんはあまり他人に頼みごとをするような性格の人間ではない。それはもちろん兄妹同然に育てられた私にもだ。きっと竜士くんにとってすごく大事な頼みなんだろう

「…あないな口喧嘩してるとこ見せて、こんな頼みごとするのは気が引けるんやけど…」
「いいんだよ、何でも言って。私は竜士くんのためなら何でもする」
「…じゃあ葵。俺らが東京行ってる間、明陀のこと…おとんとおかんのこと頼めるか?」

…私には竜士くんのように明確な夢や目標を持っていない。あるのは一人ぼっちだった私を今までお世話してくれた、明陀の皆の役に立ちたいという気持ちだけ。みんなに…恩を返したいんだ。明陀のみんなに常に気を配ること、それは東京の正十字学園に行く竜士くんや廉造くんや子猫ちゃんには出来ないこと。だから私はー…

「…うん!約束するっ。だから竜士くん達も、向こうで頑張ってきてね」

道は違えど明陀を護りたいという気持ちは一緒。私たちはきっと繋がっていける。私は竜士くんの小指に自分の小指を絡ませ、小さく「指きりげんまん、嘘ついたら針飲〜ます。指きった!」と囁いた。こんなガキみたいなことやってられへんわ…と嫌そうに顔を歪める彼につい口元が緩んでしまう。…私たちの決意が正しい方向に進んでいきますように。私はただそれを願うだけ


−−−−−−
原作のシーンから。勝呂くんとヒロインの決意



戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -