「消えた…?!」
「どういうことだ!」
「と、藤堂も蝮さんも消えよったわ…!」
「いやそれより、まさか蝮さんが裏切るなんて…」
「……」

ざわざわと騒ぎ出す明陀の皆はひどく動揺していた。私もまた、同じ。まさか蝮姉さんがこんなことをするなんて思わなくて…。…混乱してるんだ。どうしてなの?どうして、蝮姉さんがわざわざ明陀の皆が守ってきたものを盗み出す必要があったの?どうして蝮姉さんは私たちに何も言ってくれなかったの?どうして、私は蝮姉さんがそんなに思い詰めていたことに気付けなかったの…?

「ひ、う、っ…」
「…葵…」
「葵、柔造。大丈夫やったか?」
「!お父さん…」

滲む視界に「あー皆静まれや。騒がしいで」なんて苦笑いを溢すお父さんの姿が映った。…お父さん、出張所に来てたんだ。なんだか昨日ぶりに会うからか、ひどく懐かしく感じる…。ポロポロとこぼれ落ちる涙を拭い、「お父さ…」と口を開いた瞬間、大きな手がお父さんの肩をグッと掴んでいた

「!」
「…久しぶりやなあ、おとん」
「りゅ、竜士くん!?」
「りゅ、竜士…ひ、久しぶりやなあ。ずいぶん立派なトサカが生えて〜…」
「…おとん、どこ行く気やったんや」
「え?…あ〜ゆっくり話したいとこやけど、私は蝮を追わんと!放してくれへんか?」
「蝮を追う?元はといえば蝮が裏切ったんもこの有り様も…なんもかんも全部!あんたのせいやろうが!!」
「竜士くん!やめて!」

お父さんの襟元を掴み、竜士くんは大きな怒鳴り声をあげる。そんな竜士くんを止めようと駆け寄るも、途中で柔造兄ちゃんにガッと手首を掴まれ、それ以上は進めなかった

「やっ…柔造兄ちゃん離して!」
「…葵、お前が今何を言っても坊は止まらへんわ」
「そ、そんな…」

…私の声は今、竜士くんには届かない…?「っ…竜士くん!」ともう一度大きな声で叫ぶも、竜士くんはちらっと私のほうを見て、視線をお父さんのほうに戻してしまった

「…おとん。蝮が言ってた通り、おとんは俺らを裏切ってるんか」
「そ、そんなわけないやろ」
「せやったら皆がおる前で今、本当のことを言うてくれや」

…本当のことを。そう懇願する竜士くんの表情はひどく苦しそうで。…多分もうずっと前から、竜士くんはお父さんに不信感を抱いていたんだと思う。明陀当主としてお仕事をすることもなく、毎日ふらふらとするお父さんに。…そして、竜士くんは大好きなお父さんにそうやって不信感を抱く自分が嫌で…

「…それは秘密や」
「!えっ…」
「…何やて?」
「はは、秘密は息子のお前にも話せへん。もう出来れば一生話さずにすめば、ホンマ大助かりなんやけどなあ〜」
「……この状況であんた、何言うてねん」
「とにかく!今はそれどころやない。私は蝮を追わんと!竜士、お前はおかんや先生の言うことよう聞いて大人しうしとるんやで。ええな?」
「っ…親父面すな!このまま喋らへんで行く言うならなァー…あんたはもう金輪際!親父でも何でもないわ!!」
「……」

…何で、お父さんは何も言ってくれないの?竜士くんは真剣なのに。何で、教えてくれないの?お父さんは今、皆から疑われてるんだよ?何で、弁解しようとしないの?自分は明陀の皆を裏切らないって…そう明言してくれればいいのに。黙って立ち去ろうとするお父さん、そしてそれを止めようともしない竜士くん。…嫌だ、家族がこんな…。私は柔造兄ちゃんの身体を軽く突き飛ばすようにして、拘束された状態から逃れ竜士くん達の元に駆け寄った

「お父さん!待…」
「待て」
「!」
「!?奥村…?」
「燐くん…」
「っ…何で行くんだよ!あんた、勝呂の父ちゃんだろ!?」

立ち去ろうとするお父さんを止めてくれたのは奥村くんだった。…奥村くん、もしかして二人のことを…?そう思ったのも束の間、奥村くんが「それにー…勝呂てめえは!」と大きな声を出して、竜士くんを殴り飛ばしたのだ。殴られた竜士くんも周りの皆もいきなり何が起こったか分からなかったらしく、目を丸くしていた

「っ…」
「ぼ、坊!」
「竜士くん!」
「奥村、お前っ…」
「…詳しい事情は知らねーけど、後でお前が絶対後悔するから言っといてやる。いいか!父ちゃんに謝れ今のうちに!」
「なっ…お前には関係ないやろうが!黙っとけや!」
「親父を簡単に切り捨てんじゃねえ!!」
「お前に言われたないわ!オヤジ倒す言うてるやつに…!」

…オヤジを倒す…?奥村くんが?一体どういう…。疑問を解消出来ないまま、私は二人を止めようと駆け寄る。が、お父さんが「ま、まあまあ燐くんも竜士もここらで仲直りや。なあ?」なんて呑気に笑ったことで空気は一変。ついに竜士くんが青筋をたてた

「っ…あんたはどこへでも好きに行ったらええやろ!もう二度と戻ってくるな!」
「竜士…」
「あんたは昔からそうや。何も話してくれん。今回の不浄王の右目のことも、葵のことも…」
「!竜士、まさか知って…」
「…何の所縁もない子供をいきなり養子にして、疑問持たないほうがおかしいわ。ずっと前から…知ってた。葵がどんな存在で、俺らが葵にどうしてやるべきなんか」
「…竜士くん…」
「…葵だって、俺が守ったる。だからあんたはもういいんや。あんたの力がなくても俺一人で葵を守れる」

ー…竜士くんは、私のことを知ってた。私が何故明陀に引き取られたのか。私が何でお父さんに過保護にされてたのか全部。それを知っても、竜士くんは私を本当の妹のように接してくれたんだ…。初めて知る事実に少し胸が温かくなる。が、今はそういう状況じゃない。私は竜士くんとお父さんにこのままでいてほしくな…

「…カッコいい奴だと思ってたのに。見損なったぞ」
「!ちょ、待て燐!落ち着け!」
「っ…勝呂オオオオオオ!!」
「!?」

奥村くんの身体から青い炎が…それに、黒くてフサフサした尻尾みたいなのも。「な、何だあれは!」「どうなってる!?」と皆が騒ぐなか、私は1人彼を凝視し立ち尽くしていた。…あれじゃまるで、悪魔だ。異形のもの。…奥村くんは普通の人間じゃ、ない…?それは…まるで私と同じで。その一瞬で、奥村くんを恐ろしいと思う感情は私のなかには全くなかった

「俺だってなァ…」
「くっ…オンバサラギニネンハタナソウカ!」
「俺だってなァ…好きでサタンの息子じゃねーんだ!でも、お前は違うだろ!違うんだろ!?」
「!っ…」

竜士くんが詠唱によって結界を張るも、奥村くんはいとも簡単にそれを壊し、竜士くんをひたすら説得する。…圧倒的な力。奥村くんがここまで強い力を持っていたなんて…。私とはまるで反対。異形の存在でも、私のように狙われる対象ではないんだろう。私は錫杖を持って奥村くんと竜士くんの間を割り込む柔造兄ちゃんに続き、竜士くんの袖をぎゅっと後ろから掴んだ

「坊!」
「竜士くん!」
「!柔造、それに葵も…」
「立ち入ってすんません。ここはひとまず逃げてください!」
「竜士くん!闘おうとしないで!奥村くんはただ竜士くんに伝えたいことがあるだけで…」
「オンマニパドウン!」
「!…ぎっ、いぎゃアアアアアアア!!」
「「!?」」

凄まじい悲鳴に振り返れば、奥村くんが床に倒れこんでいた。爪をガッとたて、奥村くんは苦しそうに顔を歪める。い、一体何が…。視線をさらに奥に持っていけば、ある人物が詠唱を唱えていた。…もしかして、奥村くんを苦しめているのはあの詠唱…!?

「ー…き、霧隠さん!」
「オンギャチギャチギャビチャンジュヤンジュタチバナソウカ」
「ギャアアアア…ッ!」
「…燐、懲戒尋問で決まった条件を忘れたか。次、炎を出して暴れたらお前は祓魔対象として処刑されるんだぞ?」
「っ…大事な話、して…んだ。邪魔す…な、ブス」
「……オンギャチギャチギャビチャンジュヤンジュ」
「!ッ…」
『りん!』
「奥村くん!」

絶句し気絶してしまった奥村くんの元へ走り、彼を抱き起こす。が、意識を既に失ってしまったらしい。黒猫のクロちゃんが『りん!りん!』と必死に呼び掛けても、彼は何の反応もしてくれなかった

「な、なんでこんな…酷い…」
「仕方ねーだろ。燐のやつが止まらなかったんだ。このままじゃ騒動になりかねかった、そうだろ?」
「だからって……」
「おーい誰か!コイツ確率するの手伝ってちょ。もう気絶してる。大丈夫だよ」
「…奥村くん…」

ー…一体彼が何者なのか。私には分からない。さっきの青い炎は何なのか。…もしかしたら明陀宗が昔遭遇した、青い夜の事件。あの時のアレと奥村くんは関係があるんだろうか。だから子猫ちゃんは…奥村くんを警戒してたんじゃないか。奥村くんは、やっぱり…

「…?」

不意に感じた違和感。…これは藤堂三郎太って人が現れた時と同じ感覚…。身体が、熱い。じわりと汗が滲み出る。熱くて熱くて頭がくらくらする…。ふらっと頭をもたげる私に気付いたのか、竜士くんが「葵!どうしたんや!」なんて焦ったように言葉を紡いだ

「あー…そうだな、お前は燐から離れたほうがいいぞ」
「!?どういうことですか霧隠先生」
「燐みたいな強い血を持ってるやつじゃ、お姫さまに与える影響は大きいはずだからな。今は燐のやつ完全に覚醒してるし」
「…っ」

…それは奥村くんが、悪魔だから…?私が悪魔を引き寄せる体質だから、なの?奥村くんを抱きかかえたままの私に、竜士くんが「葵!奥村から早く離れるんや!」なんて怒鳴る。が、私はそれにふるふると首を横に振った

「葵!」
「まだ、お礼…言えてない…もん。起きた時…に一番に、言いたい…から」
「葵!我が儘もいい加減にしい!いいから離れろや!」
「や…だって、竜士くんと…お父さんを、奥村くんは繋ぎ、とめてくれ…」

ふらりと傾く身体。…奥村くんはどれだけ強い悪魔なんだろうか。藤堂さんの時とは比べ物にならないほど、身体が熱い。ふっと意識を失う瞬間、竜士くんや柔造兄ちゃんやお父さんが私の名前を呼んだ気がした


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そして意識は消えて




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