「お母さん、もうすぐ夜ご飯を京都出張所に届ける時間だよね?」
「!あ、ああそうやね。そっちもあるんやな…」
「?そっちも?」
「いや実は急に魔障者の何人かが熱出したゆうてなあ…」

霧隠さんと別れてからは特に探偵の真似事なんかも出来るわけがなく。藤堂三郎太のことは調べられないまま。私は旅館の仕事に戻った。…鶯の間での談義は気になったけど、私には参加も出来ないわけだし。唯一話してくれそうな廉造くんは志摩家の長男じゃないから、談義自体に参加してないし…。そのうえ旅館は色々トラブル続きで…

「…あっ、あそこにいるのしえみちゃんやない?」
「!あ、本当だ…」
「しえみちゃんに頼もうかしら。魔障者の看病」
「え、でも今日は候補生はお休みなんじゃ…」
「それが自分から働きたい言うてくれてね。さっきも仕事頼んだのよ」

…ああ、だから今もあんなところでタオルを畳んでくれてるのか…。偉いなあ…しえみちゃん。というか、それじゃしえみちゃん達は廉造くんとプールには行ってない…のかな?なんか安心した…かも。少しの安堵感を感じつつ、私はお母さんの後ろに続いた

「しえみちゃん、ちょおこっちも手伝ってくれへんやろか」
「!あ、は、はいっ。分かりました!」
「ほんま?助かるわ〜今日はお休みやったんに有り難うなあ」
「いいえ!休んでるより何か役に立ちたいです!」
「……」

ニコニコと笑顔でそう答え、しえみちゃんはお母さんに「何でもしますよ」と頷いた。私はそんなしえみちゃんの顔をじっと覗き込んだ

「?あ、あの…葵さん?」
「無理、してないよね?」
「え?」

ぱたぱたと廊下を歩くお母さんに続きながら、私は小さな声でそう尋ねる。不思議そうな表情をするしえみちゃんに私は「…目、赤いよ?」と眉をひそめた

「…別に無理に働かなくても、私たちがその分やるし大丈夫だよ?しえみちゃんが頑張り過ぎなくても…」
「い、いいんです!私にはこれぐらいがちょうどいいから…」
「え?」
「…強く、なりたいから。皆に追い付くためにも、もっともっと」
「!……」

決心したような眼差しで、しえみちゃんはそう強く言葉を紡ぐ。…強く、かあ…。何かしえみちゃんが焦ってるような気もしないけど…しえみちゃんもしえみちゃんなりの考えがあるんだろう。…素敵だな。私もしえみちゃんを見習いたい。それに…

「…流石は祓魔師の候補生なんだねみんな」
「へっ?」
「さっき…霧隠さんが言ってたの。奥村くんもそういうことを言って頑張ってるんだって」
「!燐が…?」
「うん。しえみちゃんは…奥村くんと同じで、前を向いてるんだね。すごく、素敵だと思う」

私なんかは頑張ってと言うしか出来ないけど。それでも、応援したい。しえみちゃんがしえみちゃんの望むような自分になれますようにって

「…じゃあ私、先に出張所に夜ご飯届けてきます」
「ああ、よろしくね」
「あ、あ…あの葵さん!」
「?」

お母さんとしえみちゃんとは違う方向へ廊下を曲がる私に、しえみちゃんが呼び掛ける。なあに?と返せば、しえみちゃんは少し顔を真っ赤にしながら私のほうを見つめた

「あ、ありがとう…!そ、その…葵さんも頑張ってね…!」
「!…」

…この虎屋旅館に祓魔塾の候補生が来たのも偶然だし、私が出会えたのも偶然。けど、その出会いがこんなに私を元気付けてくれる。私はしえみちゃんに「ありがとう」と微笑み、京都出張所に向かった




***




「金造兄ちゃーん、夜ご飯持ってきたよー」
「おー葵。お前が持ってきたんか」
「ちょっと持って持って!手が千切れそう…!」
「へいへい」

旅館の皆と手分けしてお弁当を運んできたものの、私なんか5、6箱も持ってくる羽目になったわけで…!もう旅館から京都出張所に来るまで死ぬかと思った…!金造兄ちゃん達にそれらを渡し、私はひいひいと息を切らせしゃがみ込んだ

「つ、疲れたあ…」
「そんなん非力なお前が悪いんやから反省しい」
「!んなっ…お弁当ここまで運んできてあげたのに…!」
「そんなん頼んでないわ。お前じゃなくて女将さんやったらテキパキと泣き言言わず運んでくれる、そうやろ?」
「…!き、金造兄ちゃんのアホ!もういい!金造兄ちゃんは弁当没収!」
「は?ちょお、返せや」
「い、嫌だ!」

金造兄ちゃんの分の弁当をひょいと取り上げ、私はベーと舌を出した。それにキレた金造兄ちゃんは私の頬をぐにーっと引っ張り、「か〜え〜せ〜や〜」なんて低い声で一喝。「っ…金造兄ちゃん大人げない…!」「お前が泣き言ばっか言う甘ったれやからや」「そんなの本当に重かったんだから仕方ないじゃない」「仕事なら黙ってやれや」と言い合いを続ければ、周りの皆に「まあまあ。金造も葵ちゃんも」なんて仲介された

「本当に葵ちゃんと金造は昔から仲良いなあ〜」
「な、仲良くなんかないです!」
「ははは。喧嘩するのも仲良い証拠やて」
「……」

「ま、妹分の葵ちゃんが可愛いのも分かるけどな。あんま虐めたらあかんで?金造」なんて笑って、皆はちらちらと持ち場に散っていく。…むう、仲良くない…ですよ。金造兄ちゃんには私苛められてばっかだもん。「みんな誤解し過ぎだよね」と独り言のように呟けば、金造兄ちゃんは「あー」だとか「ええと…」なんて言葉を濁す

「?金造兄ちゃん?」
「…俺は別に、お前が嫌いやから苛められてるんやないわ。俺は…アレや、お前を…」
「あ!あれっ?そういえば今柔造兄ちゃんが喧嘩仲介しに来てくれなかったね!何でだろ!」
「………」

突然ポンッと手を打った私に、金造兄ちゃんがビキッと青筋を浮かべた。あ…あれ?今もしかして私、金造兄ちゃんの言葉を途切れせちゃった?

「っ…だからお前はアホなんや!ああもうこのクソガキ!」
「い、痛い痛い!頬を引っ張るなああ!」
「うるさいわ!」

だって柔造兄ちゃんいないの気になったんだもん…!涙目でそう訴えれば、「柔兄ならさっき親父の様子見に行くゆうてたわ」と返された。ああ…それは律儀な返答どうも。「あ…ところで金造兄ちゃん、竜士くんはどこに…」と言葉を紡ごうとした瞬間、地面がぐらりと揺れた

「?!きゃっ…」
「っ、葵!」

ひどい振動にふらついた私を、金造兄ちゃんがサッと抱き止めてくれた。び、ビックリした…!「あ、ありがとう…」と言葉を紡げば、「ひどい揺れやな…地震か?」と金造兄ちゃんは辺りを見回す

「おいっ!何があったんや?」
「ひ、東館の天井が崩落したそうで!」
「んなっ…崩落ゥ!?」
「侵入者が来たんや!深部に!」
「!」

深部…まさか不浄王の右目が狙い…!?それじゃ藤堂三郎太が…

「!?お、おい!葵待てや!」

金造兄ちゃんの制止を振り切り、私は深部に行くべく走った。ー…何でだろ、嫌な胸騒ぎがする。それに…

「(身体がー…熱い)」

身体が熱くて熱くて仕方ない。ドクドクと脈打つ心臓を押さえるように左胸に手を置き、私は走った。…分かる。藤堂三郎太、彼が今どこにいるのか。なんとなく感じる。彼の溢れんばかりの力を




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