「はあっ、はあっ…」

部屋を飛び出し廊下を駆け抜けていた私は手近な柱に手を置き、足を止めた。荒い呼吸を繰り返し、額から流れた汗を軽く手で拭う。ー…何であの場から逃げたいと、そう思ってしまったのだろう。柔造兄ちゃんも金造兄ちゃんもみんな、心配してたじゃない。早く戻らなきゃいけないのに

「なん、で…泣いてるの?私ー…」

私の泣き声を聞いて、周りの至るところから色々な造形をした悪魔が顔をひょっこりと覗かせる。…まだ昼間だというのに、今なら私を殺せると思っているのだろうか。彼らがお父さんの力によって、私に近付けないのは分かっていた。が、私は手首に付けている数珠を握りしめ思わず後退る。…っ、怖い…

「ー…葵ちゃん!!」
「!」

振り返れば5mほど前に廉造くんが立ち尽くしていた。彼の真ん丸な瞳の中の光がゆらりゆらりと揺れる。…彼の目に映る私は今一体どんな顔をしているのだろうか。きっと酷い表情をしているんだろうな。こんな表情、廉造くんに見せたくないのに。廉造くんの前ではいつだって笑っていたいのに

「…黙ってちゃ分からへんよ」
「…え…?」
「ちゃんと言うてくれなきゃ、俺も葵ちゃんのこと助けられへん」
「!っ…」
「教えて。葵ちゃんが何で今そんなに悲しんでるのか、何が葵ちゃんをそんなに苦しめているのか…俺は知りたいんや」

真っ直ぐで温かい言葉。…廉造くんはいつだって私と真っ正面から向き合ってくれたのに。私はただ、逃げてた。助けを求めるのがカッコ悪くて、恥ずかしくて。私を心配してくれている人達の気持ちを無視してた。「ほら、俺の胸においでー?…なんちゃって」とはにかむ廉造くんに、私はおずおずと近付く

「……お、お邪魔します」
「はーい、いらっしゃいませえ」

廉造くんの長い腕が私の背中に回る。私もそれに習って廉造くんにすがり付くようにして、彼の背中に腕を回した。…廉造くんの匂いがする。そう言葉を溢せば、廉造くんにくすくすと笑われた。廉造くんが笑う度彼のピンク色の髪の毛が私の頬を掠めるものだから、私はくすぐったくて仕方ない

「…ごめんね、廉造くん。ありがとう」
「別にええよ。…で?葵ちゃんは何で泣いてるん?」
「え、と…絶対に、笑ったりしない?」
「うん。笑わへんよ」
「あ…あの、ね?私…嫌だったの、柔造兄ちゃんや金造兄ちゃんや蝮姉さんに無視されちゃったことが」

柔造兄ちゃん達と蝮お姉ちゃんの仲が悪いのはいつものことだけど、最近は何か違う気がする。少なくともこんな風にいがみ合ったりしてほしくないし…いつもの皆に戻ってほしい。だって、私の声も以前はちゃんと届いていたんだから。確かに私は今回の不浄王の件には関係がない。だけど、私だってー…

「私だって出来ることもあるって、そう思いたいから…。本当は私にも関わらせてほしかったの」
「葵ちゃん…」
「でも、実際私はみんなの足手まといになってるだけで…っ」

めそめそと泣く私の頭を廉造くんが優しく撫でる。…まるで親にあやしてもらう小さな子どもみたいだ。今となっては久しぶりのこの光景も、子どもの時にはよく見るものだった。小さい頃から私は泣き虫だったから。…私は廉造くんや竜士くんや子猫ちゃんに甘えすぎなのかもしれない。少しの羞恥心を心に抱きながら、私は廉造くんの身体をさらにぎゅっと抱き締めた

「…守ってもらうばかりじゃ嫌なのに、もっと強くなりたいのに、」

それでも私は悪魔達を引き寄せてしまう。私は祓魔師ではないから彼らをどうにかすることも出来ない。1人では何もできない。いつだって誰かに守られてばかり。さっきだって竜士くんや子猫ちゃんや廉造くんが助けてくれて…

「俺は葵ちゃんのこと守ってあげたいんやけどなあ〜」
「…へ?」
「小さい頃からずっと思ってたんやで?俺は葵ちゃんのことを守ったげる王子様になりたいんやって」
「で、でも!私はその…迷惑とか、かけたくないし…」
「迷惑ちゃうよ。だって好きな女の子を守ってあげるのが男の役目やろ?」

「可愛い可愛い葵ちゃんのためだったら俺、何でもしますよー?」なんていつものように軽く笑う廉造くん。…本当に、廉造くんには敵わない。子猫ちゃんに言わせれば「志摩さんは適当過ぎる」ってことになるんだろうけど…。私みたいに色々難しく考えてしまう性格の人間にとっては、廉造くんの言葉に気付かされることが多い。「ありがとう、廉造くん。私ね、廉造くんのそういうところ大好きだよ」だなんて伝えれば、廉造くんはこてりと首を傾げた

「?そういうところって…どういうところ?」
「……そんなの、私からは言えないよ。恥ずかしいもん」
「え〜俺は葵ちゃんの口から聞きたいんやけどなあ」
「い、言わないよ?だって言えないんだもん…!」

ニヤニヤと口元を緩ませる廉造くんに、私は顔を真っ赤に赤らめた。…いつの間にか私の頬を濡らしていた涙は止まっていて。胸にあった悲しみや辛さのような感情は既に消えていた

「……」

…まだまだ悩むことだってたくさんあるけれど。とりあえず今は廉造くんの手にすがり付いていたいと思う。甘えたいと思う。決して重荷にはないたくないけど、助けてくれるって言ってくれたから。頼っていいんだよと笑ってくれたから。今私を守ってくれてる明陀の皆に引け目なんかは感じないで、精一杯の感謝をしていきたいと思う。…もちろん、一人で立ち向かえる強さも忘れないようにして。私は新たな一歩を踏み出していく


−−−−−−
自分に出来ることを少しずつ見つけて、ただ前へ。




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