「奥村くん、ここの部屋だよ」

奥村くんと他愛のない話をしながら旅館の廊下を進んでいけば、すぐに目的地に。私はスイカの乗った皿を片手に持ち直し、部屋の襖を開けた

「柔造兄ちゃん、金造兄ちゃん。スイカ持ってきたんだけど食べ…」
「おとなしぃ聞いとったらアホらし!ネチネチネチネチ…はっきり言ったらどうなんや!」
「おお怖。口がまわらんからすぐ手が出る。これやから志摩家の無能な連中は嫌やわ」
「あ゛ぁ?何やと!?」
「……」

私と奥村くんが部屋に入ってきたことなんてまるで気付いていないかのように。その部屋では志摩家と宝生家の喧嘩が勃発していた。はあ…最近はこればっかりだなあ…。私はため息をつき、その場を少し静観することにした。…この様子じゃ私1人が止めに入っても仕方ないだろう。すごく悲しいことだけれど、今や私の声なんかは柔造兄ちゃん達に届かないのだから

「今回の件は明らかに志摩八百造の指導力不足…現に今も臥せって起き上がれもせえへんやないか。八百造は所長の職を辞するべきや!」
「ぬかせ宝生のヘビとも!おとんを呼び捨てにすなアホ!つーかお前らは自分んとこの失敗をおとんに擦り付けとるだけやろ!」
「私らはもっと根本的な話をしてるんや!」
「ブハッ!何や根本的て!二百字以内で説明してみい!」
「……京都ってもっと風流な感じじゃねーのか?」
「え、えっと……」

奥村くんの呟きに曖昧な苦笑いを返し、私は顔を俯かせた。すると隣からクロちゃんが『?葵、ないてるのか?』と私の肩にピョンと飛び乗ってくる

「だ、大丈夫だよ」
『でもかなしいそうなニオイがするぞ』
「!そ…それは…」
「大体!深部は宝生の管轄やぞ!お前らの警備がザルやったからこんなことになったんやろ!」
「やった柔兄がキレた!やれっ!やってまえ柔兄!」
「!?じゅ、柔造兄ちゃん!」

八百造さまのことを馬鹿にされて腹が立ったのか、今まで金造兄ちゃんを「相手にしたらあかん」なんて宥めていた柔造兄ちゃんがいきなり怒鳴り込んだ。対して蝮姉さんは冷ややかな視線を柔造兄ちゃんにむける

「黙りよし。そもそもその前に上部の警備がザルやったから、深部にまで侵入されたん違うか?」
「ぐっ…屁理屈ばっかこねよって、ヘビ顔のドブス共ォ!」
「申が!オンアミリティウンハッタ…」
「!」

蝮姉さんの詠唱により蛇(ナーガ)が出現した。ゆらりと白く長い蛇の身体が揺れる。そのギョロっとした瞳がこちらをちらっと見た気がして、私はつい小さな悲鳴をあげてしまった

「…その棒きれ下ろして大人しうした方が身のためやぞ。お申ども」
「!げえっ蛇出しよった…!ど、どうする柔兄?」
「蝮ィ…いい度胸やないかい!金造、援護せえ!」

頭に血が上ってしまったらしい今の柔造兄ちゃんには何を言っても無駄らしい。「やっぱ柔兄はこうでなくちゃ♪」なんてニヤリと笑い、援護に回った金造兄ちゃんが錫杖を蝮姉さん達のほうに投げる。流石に止めなければと柔造兄ちゃん達の間に割って入ろうとしたのだが、それは奥村くんによって止められた。掴まれた腕が何故か温かみを帯びる。…うっすらと青い光が彼の身体を覆っているように見えるのは気のせいだろうか

「バカ!危ねェだろ!」
「で、でも私…」
『おまえがいってもできることなんてないだろ?いけばくわれるだけだぞ』
「!っ…」
「は?クロ、それどういう意味だ?」

クロちゃんのその一言に思わず私は息を飲んだ。…クロちゃんはきっと気付いてる。私が彼ら悪魔にとってはただの"餌"でしかないことに…

「オンシュチリキャロハウンケンソワカ…行け!キリーク!」
「お、おい君たちやめろ!魔障者じゃないのか!?」
「!きゃああ!」
「だ、誰か蛇を止めろ!」
「俺は医工専門だよ!」
「っ…ダメ!」
「!?オイ待てって!葵!」

何も力がなくても、誰かの身代わりになることくらいなら出来る。…そう変に意地になってしまっているのは何故だろう。私が悪魔の餌であること以外に価値がないと知ったから?誰も護れないのだと分かったから?私は弱い人間だと自覚しているから?真っ白な思考回路のまま、私は蛇から庇うようにして魔障者の前に立ちはだかった。そのまま蛇は私に向かって突っ込んでくる。遠くで蝮姉さんと金造兄ちゃんの焦ったような声が聞こえてきた気がした

「オンバサラギニハラネンハタナソワカ…被申護身の印!」
「…!」

な、何…?数人によって唱えられた詠唱がすぐ耳に届いた。それにビックリしつつ顔を上げると、目の前には幼なじみ達の姿があった。次いで蛇が詠唱によって出現した光の盾のようなものに弾かれる。…竜士くんに子猫ちゃんに廉造くんが来て、くれたんだ…

「さ、三人ともありが…って、わわ…!」
「っ…葵ちゃん!大丈夫!?怪我してへん!?」
「れ、廉造…くん?」

ぎゅう。廉造くんに痛いほど抱きしめられ、私は目を丸くした。恐怖で震えていた身体もその温もりによって、少しずつ現実味を取り戻しているようだった。私…助かったんだ…、と思わず本音がぽろりと溢れる。…とにかく無我夢中でいたからか、いまいち自分が一体何をしようとしていたのか自分がどんな状況にいたのか理解が出来なかった。そんな私に珍しく廉造くんが声を荒げる

「もう葵ちゃんはアホや!いきなり飛び出したりして!俺と坊と子猫さんが駆けつけるのがもう少し遅かったらどうする気やったん!?」
「ほんま志摩さんの言う通り無茶し過ぎですわ。あんま心配させへんでください」
「…ご、ごめんなさい…」
「まあまあそのへんにしとき」
「!竜士くん…」

竜士くんが私の頭に軽くポンと手を乗せた。…昔より大きくて少し角ばった手。小さい頃から私を慰めてくれる時には、いつも竜士くんが頭を撫でてくれたっけ。「泣くな。お兄ちゃんがずっとそばにいてやるから」って。その温かな記憶と今が重なる。葵、無事で何よりや、という彼の言葉につい涙が出そうになってしまった。私は廉造くんに抱きしめられたままという状態のまま、柔造兄ちゃん達のほうに踵を返す竜士くんの背中を目で追いかけた

「…味方同士で何やっとるんや!敵に狙われとるって時に内輪もめ起こしとる場合か!」
「や!でもですね坊、あのヘビどもか…」
「フン…いくら座主血統とはいえ、竜士さまにそう頭の上から言われても…。そういうことは竜士さまのお父上に直接言うていただかんとなあ」
「!ま、蝮姉さん…」
「蝮てめえ!坊に何や!その口のききかたァ!」
「……いや、蝮の言う通りや」
「坊!?」
「とにかくもうやめ。病人に障る」

サッとその場を去ってしまった竜士くんを慌てて子猫ちゃんが追いかける。…竜士くんのことだ、今の蝮姉さんの言葉に何か責任を感じてしまったのだろう。竜士くんが心配だ。私は廉造くんの背中をトントンと叩いて、彼にも竜士くんを追いかけてもらうよう頼もうとした。がー…

「本当にすまんかった葵!怪我とかしてないか!?」
「!じゅ、柔造兄ちゃん…う、うん大丈夫だよ。廉造くん達が守ってくれたから…」
「酷いやないか柔兄に金兄!葵ちゃんをこないな危ない目に遭わすなんて!信じられへん!」
「ハ、それは蝮に言えや。悪いのは全部蝮のやつや」
「そんなんまさかこの子が飛び出してくるとは思わへんやろ。大体"葵の前"で私が蛇のコントロールを取れるわけがな…」
「蝮!」

柔造兄ちゃんに戒められ、蝮姉さんがハッとしたような顔をした。…いくら蝮姉さんが召喚した悪魔とあっても、やっぱり私は引き寄せてしまうのか。妙に納得した頭の中とは裏腹に、私の心は"この場を去りたい"という思いでいっぱいだった

「……ごめんなさい!私ちょっと用を思い出したから、その…厨房のほうに行ってくるね!」
「!?お、おい葵待ちや!」
「葵ちゃん!」

廉造くんからパッと身体を離し、私はそのまま部屋を飛び出した。…もう自分で自分が分からない。私はこれからどうすればいいのだろう。困惑と戸惑いが心を埋めつくしていくなか、部屋の隅にいたクロちゃんと奥村くんの「スイカ誰も食べないのかな!」「…なあ」という言葉が妙に頭に残った



−−−−−−
…原作でもあのあとスイカはどうなったんだろう。




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