とりあえずあれから私は旅館の仕事に戻ることにした。…と言っても旅館には今、普通のお客さんはいない。いるのは先日の件で魔障を受けて寝込んでいる人達と、任務のために宿泊してる騎士団の人達だけだ。だから、仕事もいつもよりはやることが少なくて楽だったりするわけで…

「…ふう。そしたらあとは皆の看病のほうに移っていいかな…」

祓魔塾の候補生達が手伝わされてるぐらいだし、人手はまだまだ足りないはずだ。私は各宿泊部屋の掃除をすまし、廊下を歩いていた。すると目の前に一つの人影。両手と頭にスイカをのせた皿を器用に持ち運んでいる、あれは…

「奥村燐、くん…だっけ?どうしたの?こんなところで」
「ん?あ、勝呂の嫁さ…いや違う。確か妹の…?」
「ふふっ、葵だよ。竜士くんと呼び名が被っちゃうようなら、葵でいいから」

やっぱり。さっき会った祓魔塾の子だ。まだ互いに自己紹介をしただけで会話はあまりしていなかったことに少し躊躇したが、私は勇気を出して彼に駆け寄った。…意外に背が大きいなあ。それに綺麗な目をしてる。思わずジーッと見つめてしまった私に、奥村くんが微妙にたじろいだ。…うわ、初対面の人に超失礼だなあ私

「というか、あの…どうしたの?このスイカ。もしかして正十字騎士団さんからの差し入れ?」
「いーや、さっき勝呂の父ちゃんに頼まれた。お見舞いに持ってきたから、皆にあげてくれって」
「!お父さんが…?」

私も今日はまだお父さんの姿を朝から見ていないというのに…。お父さん、一度旅館に戻ってきたんだ。もしかして、竜士くんが今日京都に帰ってくることを知って…?

「そ、それで今お父さんはどこに?」
「さあ?なんか塀を登って行ってたけど…」
「そっか…」
「探してたのか?」
「うん、竜士くんが…ね」

実際何であんなに急いでお父さんと会おうとしたいのか、分からないけれど…。それはきっとあとで廉造くんがそれとなく聞いてくれるだろう。そういう約束なのだから

「それに…私のところには毎日来てくれるから」
「へ?」
「お父さん、いつも日が落ちる前には必ず私のところに来るの。だから、また旅館に戻ってくるはず…」

「もし竜士くんに会ったら、夕方には会えるよって伝えといてくれる?」と奥村くんに頼めば、彼はよく分からないというように首を捻っていた。…そう、お父さんは毎日必ず私のところに来てくれる。これは毎日決まりきったことで、お父さんはその度「暗くなる前に部屋に入りさない。八百造や柔造や蝮のそばから離れちゃあかんよ?一人でいればまた怖い目にあうからな」と私に言い聞かせるのだ。そして私に何やら難しい呪文のようなものを唱え、私の腕にかかる数珠に念を送ってくれて…

「(…多分、私が悪魔に襲われないようにしてくれてるんだろうけど)」

悪魔にいつ如何なる時も狙われてしまう。それが私が生まれながらにして背負ったリスク。メフィストさんが言ったことが全て真実なら…の話だけど。これまでの経験上、それは事実だと私は信じている。だからこそ、お父さんや八百造さまや柔造兄ちゃん達が私の周りを警戒していることに最近気付けたし、私が過保護にされてる意味が分かった。私はいまだに疑問符を浮かべている奥村くんに苦笑いを溢し、彼の片手にあった皿をひょいと奪った

「…奥村くん、私もスイカ運ぶの手伝うよ」
「え?いいのか?」
「うん。スイカ、重度の魔障を受けた人には流石に出せないんだけど…軽度の柔造兄ちゃん達には出せると思うの」
「?柔造兄ちゃん??…勝呂の兄貴か?」
「ううん、廉造くんのお兄ちゃんだよ。他にもね、金造兄ちゃんも蝮姉さんもスイカ好きだし…きっと喜ぶと思うんだ」

だから、皆のいる案内するねと微笑みかければ、奥村くんは「おう!そりゃ助かる!」と嬉しそうに笑ってくれた。…奥村くんって良い人だなあ。それにこんなスイカを運ぶだなんて雑用をわざわざやってくれるなんて、すごく優しい。それを伝えれば「いや、みんなは仕事を色々任されてんだけど俺は暇で…」と視線を反らされた。え?な、何でそんなことに…?

「んー何つーか…俺が邪魔なんだってよ」
「え…?」
「だから仕事も貰えなくて暇してた」
「?それってどういう…」
『りんはじゃまなんかじゃないぞ!』
「!?」

突然聞こえてきた声。それにびくりと反応すれば、次の瞬間、奥村くんの肩の上に乗っていた黒猫と視線が合った。…今の声、もしかして…

「あ、あの奥村くん」
「ん?」
「そのネコちゃん、もしかして奥村くんの飼いネコ…?」
「ああ、コイツは…」
『おれはかわれてるんじゃない!』
「っ…!?」
「ク、クロ!」

フシャーッと鳴き声をあげ、黒猫が毛を逆立てる。え?え?今喋ったのって…!?混乱する思考をひとまず落ち着かせ、私は黒猫にぺこりと頭を下げた

「ご、ごめんなさい。私が悪かった。だから…そんなに怒らないで?」
『……ふん、ゆるしてやる』
「!ありがとう!え、ええと…あなたのお名前は?私は葵。この旅館で働いているの」
『…おまえ、りんのともだちか?』
「う、うん。さっきお友達になったの」
『そうか……おれのなまえはクロ。むかしは獅郎の"つかいま"だったけど、いまはりんといっしょにいるんだ』
「?つかいま?」
「…お、おい。お前まさかクロと喋れんのか…?」
「え?」

目を丸くし驚く奥村くんに私はハッと息を飲んだ。…昔からこういうことが度々あった。動物の他にも、周りの人には見えないような存在…いわゆる人外の生物と呼ばれるものに話しかけられたりすることが。そしてその度に私は周りの人から「気持ち悪い子だ」「変な子だ」と蔑まれてきた。…もしかしたら奥村くんにも、そう思われたかな。嫌だなあ、せっかく廉造くんのお友達とこうして知り合えたのに…

「…あ、あのよく分からないけど、私にはクロちゃんの言葉がその…脳に直接聞こえてきたというか」
「??お前って、普通の人間だよな…?」
「え?それはそうだけど…」

というか当たり前じゃない。そりゃ私は悪魔に狙われてしまうという変な体質であるらしいが、普通の人間であることに変わりはない。…何で奥村くんはそんなことを聞くのだろう。私が動物と話せる宇宙人かなにかだと思ったのだろうか…。「普通の人間にそんなこと出来んのか…??」『さあ…?おれにはわからないよ』と首を捻る奥村くんと黒猫のクロちゃんを見て、私は不思議な気持ちになった。「…奥村くんもクロちゃんと話せるんだね」「おお!お前も話せるんだな」なんて、何て奇妙な会話なのだろうか

「……そういや、さっきから何か甘い匂いがする気がするんだよなあ」
「?スイカじゃなくて?」
「いや、こりゃもっと甘ったるい蜜みたいな…」

すんすんと鼻を動かし、奥村くんは周りの匂いを嗅ぎ始める。?甘いものなんて、ここにはないし私も持ってないよ…?

「…あ!分かった!やっぱお前だ!」
「!?ひゃっ…」

急に奥村くんの顔が近付いてきたもんだから、変な悲鳴をあげてしまった。あ、あの…?と動揺する私を他所に、奥村くんは私の髪の毛を軽く手に取り鼻を近付けた

「何かお前からすっげー甘い匂いがする気がする」
「?わ、私香水とかつけてないよ?」
「いや、そーいうんじゃなくて何かこう…脳がバチバチって刺激されるような甘ったるさというか…」
「……」

…奥村くんは冗談を言ってるようには見えない。彼は本気で「うーん何でだ??」と首を捻り考え込んでいるのだから。甘い匂い、か…そんなこと誰にも言われたことないなあ。何で奥村くんだけがそう感じてしまうのか。私には分からないが、1つだけ…答えが浮かんでいた

『騎士団は貴女達一族が受け継ぐその血を非常に危険視していたのです。悪魔にとっては麻薬のようなものですから』

先日出会ったメフィストさんの言葉が頭の中で繰り返される。…まるで遠い場所から彼が私たちを見て、嘲笑っているような。そんな気分に襲われた。ー…そう、もしかしたら奥村くんも私と同じ、他の人と違う存在なのかもしれない。確証のない根拠が私を戸惑わせる


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異質な二人と一匹の出会い。




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