膿んで鎖、落ちて息
神崎が、めずらしく弾むようにして男鹿の家にやってきた。真昼間から酔ってんじゃねぇのってくらいの高いテンションに男鹿も一瞬引いてしまう。が、何はともあれ恋人が上機嫌で訪ねてきたのだ。それも、泊るつもりか大きな荷物を抱えて。驚きもそれを超える喜びにすり替わり、男鹿は大きく扉を開いて恋人を迎えた。当の神崎はあたりまえのように荷物を渡し、案内するより早く家の中に上り込む。とんとんとん、階段を上がる音すらいつもより軽やかで、男鹿はその後ろを追いかけながら一人首を傾げた。やたら高そうな服を着ているのも、甘ったるい匂いをさせているのも首を傾げる対象だ。あえてどうとは言わないけれど。
神崎ははしゃいだようにベッドに飛び乗り、そうして遅れてきた男鹿にあれこれ注文をつけはじめた。踏ん反りがえったまま、やれ消毒を持ってこいだのマジック貸せだの、裸足の踵を見せつけながら言う。ちらりちらりと見える肌の白さにやられて、男鹿はしぶしぶ望まれるまま全てを揃えてやった。ご褒美は頭をひと撫で。もちろん男鹿は大変に不服だ。ベッドに転がった神崎は気づかない振りでせっせと持ってこさせた鏡を見る。耳に、新品のピアスを押し当てて。勝手に漁った荷物の中からピアッサーがごろりと落ちた。
「ピアス」
「あ゛?」
「開けんの」
「おう」
きらきら、これまた高そうなピアスだ。男鹿の好みではなく、でも神崎は好きそうなピアスだった。お前そんなの買う金があったの。喉から出かけた言葉を、懸命に飲み込む。
「どこつけんの」
「ここ」
うっすら上気した指で示した場所は、ちょうど男鹿がよくこりこりと食む部分だった。柔らかくも硬くもない感触が歯に蘇る。
「え、そこ開けんの」
「おう」
「骨じゃね」
「軟骨な」
そういう間も神崎は準備に余念がない。男鹿はそこに冷たく針が通る様を想像して眉を寄せた。
「お前さ」
「あ〜?」
「たくさん穴あいてるよな」
「嫌な言い方すんな」
鼻歌が止まる。本気で嫌そうだった。なんで、開いてるじゃん。あえて空気を無視する男鹿に、穴は下だけで十分だと神崎は最低な返し方をした。せっかくなので上にもあるだろうとノってみる。今度は、ピアス穴の数を教えてくれた。やはり、多い。
「最初は?」
「お前じゃねぇよ」
「ソッチじゃねー。ピアスの方」
「あぁ…」
これ、だったと思う。鈍い光が男鹿を撃った。散々しゃぶってやったピアスだった。
「最初も自分で開けたのか」
「いや、最初は夏目にやらせた」
あいつ、開けるとき勃起してやがんの。神崎は薄っぺらく笑う。男鹿はその事実より、神崎がその興奮したモノをどう扱ったのかが気になった。強い視線を受け、仄めかすようその唇を舐めて見せる。猥雑な微笑み。
「くそビッチ」
「覚えたての言葉使うのやめろよ」
「バカ。神崎バーカ」
「昔の話だろが」
今はお前だけだし。さらり、言ってみせる。先日、適当に捕まえた男相手に便所でご奉仕していた口がそういうのだから、信じられるはずがない。むしろ、信じるな。そういわれている気がする。男鹿は手を伸ばした。たくさん穴が開いている耳に触れる。
「開けるとき痛てぇじゃねぇか」
「アホ。痛いからいいんだろぉが」
そう言うくせして、じゃあ殴ってやろうかというと顔を赤くして怒るのだ。無機物ならよくて、男鹿はいけないらしい。そんなに痛いのが好きならこの間の便所での事とか、ピアスの出所とか、甘ったるい匂いが誰のものかとか、聞いてやろうかと思うのだ。でもきっと、神崎はそれを好まないのだろう。男鹿は黙った。痛みにすら感じないと、そう言われたらどうしようか。思いのほか、男鹿はもう痛んでいる。
「おい、急に黙んな」
「わり」
ちょっと考え事。馬鹿にした笑いが部屋に満ちた。どっこいどっこいの脳味噌のくせに、お前が考え事なんてと嗤う。何考えてたのか教えてみろ、なんていうから、男鹿も薄っぺらく笑ってみた。神崎ほどうまくはいかず、不器用に歪む。
「開けてぇなって」
いきなり軟骨はやめとけよ。神崎は見当違いなことを言った。
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素敵祭りにびっち崎放り込んで申し訳ありません。
男鹿→神崎→誰か。
神崎くんは「誰かさん」に本気で、男鹿は神崎くんに本気。