庭で猫が死んでいた。小学生の時だったと思う。みんながみんな気持ち悪いと声をあげたけれど彼だけは違っていた。猫を慈しむように抱き上げれば、服が汚れることさえ気にせず胸に抱いた。一瞬、猫がそのまま息を吹き返すような気さえしたのに。彼の母親は猫を簡単に取り上げて怒り狂った。なんてことをしているの!早く服を着替えなさい!彼の母親がここまで怒り狂うのを見るのは初めてだったかもしれない。彼はそんな母親に謝ることもせず屋敷に戻って行く。地に伏した猫は死んだままだった。
彼はあれ以来、庭で何かが死んでいても抱き上げることも服を汚すことも一切なかった。ただ、綺麗、と一言こぼすのだ。それも私に向けていたのか、独り言だったのか今となっては分からないままだ。
私は何年と彼の隣に寄り添っても、彼の死に対するその行為を理解することが出来ずにいた。ただ、日本に渡る数日前、彼の行為の意味を知ることが出来た。
彼の屋敷で数十年働いたメイドが死んだのだ。その日の夜、彼は私を部屋に呼びつけると、彼は私を乱暴にベッドに押し付けて、唇を重ねた。酸素を求めた口と、耳から聞こえたのはシーツの擦れる音。全部の行為が終わった後、私の頭はいやに冷静で、「お前はどうして生きているんだろうな」泣きながら彼はそう言っていた。死んだメイドの葬式は彼の屋敷で行われた。彼の両親は涙し、使用人たちは彼女の死を惜しんだ。啜り泣く声は暫く続き、さようならという声と共に最後の別れをしていた、その時だった。彼の母親の悲鳴に似た叫び声、次に聞こえたのは空を切る音。彼は死んだメイドにキスをしたのだ。
部屋に戻った後の彼の頬は痛々しく腫れ上がり、涙の跡を残していた。唇についた彼女の口紅は乱雑に拭い取られたらしく、それは余計に唇を赤くさせている。私の存在に気付いた彼は私を静かに呼び寄せ、手を引いた。頬に触れた彼の手が異常に冷たい、後頭部に回った手、ふれあった唇は、まるで死んでるみたいだった。私は彼が好きだった。
日本に渡り彼は中学で沢山の仲間を作った。その時の彼は本当に輝いていて、生きている心地がした。同じ地に立ち呼吸をする、それだけのことなのに、足りない。それでいて、母親の目から離れた彼の行動は異常なものだった。有り余った金で作った冷凍室はいろんな死体で溢れていた。これを知っているのは私だけだろう。マイナスの空間で、吐いた息が白く濁っていく。冷えきった私を彼は背後から包み込んだ。真っ白い清潔なシーツ。私の名前を呼ぶ彼の唇と私の唇が触れて離れる。私の冷えた唇は彼の唇と同じだった。入り口から一番遠いところで腰を下ろし、二人でシーツにくるまり手を握り合う。彼が楽しそうに死体の話をしていく中で、その口から溢れる言葉は白く逃げていく。彼の言葉を塞ぐように自分の口を押し付けた。何度も何度も角度を変えて重なるそれに、私の唇は熱を持つ。それなのに彼は冷たいまま。私のこぼした涙はマイナスの空間で静かに氷っていく。泣くのは初めてだったかもしれない。彼の冷たい唇が私の涙をすくっていく。「俺たちはどうして生きているんだろうな」二人でシーツにくるまって握り合った手が酷くあたたかくて、目を閉じた。


それでもわたしたちは生きることをやめなかった

~20150617



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