わたしは読んでいた小説をぱたんと閉じる。家の主人が帰ってきたからだ。少し雑に開けられた扉から帰ったぞぉ、と言った主人からはシャンプーの良い香りが。

「お帰りなさい、食事は?」
「食う」
「あら、珍しい」
「逃げるように帰ってきたからなぁ」
「無理して帰ってこなくていいのに」

かちゃん、とテーブルにブラックコーヒーを置いた私の腕を引き寄せて主人は私にキスをした。私の言葉が気に食わなかったようだ。眉間に皺を寄せて、怒っていて、わたしが何か言うのを待っているようにも見える。だったらその願いを叶えてあげようじゃないの。

「おかえりなさい、スクアーロ。今日も帰ってきてくれてありがとう」
「おお゙」

出した食事をスクアーロはカチャカチャと子供の様に音を立てて食べる。その合間合間に仕事の愚痴をわたしに零すのだ。この時間が私は一番好きだったりする。上っ面の彼ではなく、いつもの彼を見ている気分になるから。スクアーロは仕事を我が家には持ち帰らない。毎回彼からシャンプーの匂いがするのは浴びた返り血をちゃんと落としているからだってルッスーリアが言ってた。わたしは別に気にしないけれど、家族を持った彼なりのけじめなら認めてあげなければならない。それは、妻であり、殺し屋を旦那に持ったわたしの責任でもあるのだ。スクアーロは職場の愚痴をひとしきり全てをはいてうまかったと一言、ソファに座った。わたしは食器を片付けようと席を立つと、同じタイミングでスクアーロは机にあった本を指差した。わたしがさっきまで読んでいた本だ。

「なんの本だぁ?」
「え?ああ、日本の本、沢田さんから貰ったの」
「はあ!?あいつここにきたのか!!?」
「スクアーロいるかー、って山本さんと」
「俺になんか用でもあったのかぁ…?」
「何も言ってなかったけど…暇潰しにってそれもらったの」

食器を洗い終えて、コーヒーを二つカップに注いでスクアーロの元へ向かう。わたしはあまーいコーヒーが好きだ。スクアーロは喋りながらも本に目を通していた様子で、そういうところは流石ヴァリアーって感じ。そんな彼が口を開く。

「なあ」
「なに?」
「月が綺麗だなぁ」
「ふふ、そうね」

まだ知らない
(その言葉の本当の意味)

20120515~20150706



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テーマ「人外ファンタジー」
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