赤い舌先が愛を零した | ナノ




「おいノミ蟲」
「気持ちわりーんだよ」「今すぐ失せろ」
「うぜぇ」

…最近、すごくよく思うことがある。

シズちゃんと出会ってからもう約十年が経ち、それはつまり殺し合いを始めてからも、十年の月日が流れているということで。
あの頃、俺らは互いのことが本気で大嫌いだった(俺の方は正直、ただ単にシズちゃんに構ってほしいという気持ちもあったのだが)から、相手の身体に直接傷を与えることだけでなく、暴言を吐いて少しでも油断させようとしたこともあった気がする(否、きっとそんなことしてたのは俺だけで、シズちゃんの方は純粋に俺のことが嫌いだったのかもしれない…あれ?なんか涙出てきた…)。

まあそんなこんなで色々遠回りをしてぶつかってきた俺達だが、遂に一年前、あらゆる力を振り絞ってシズちゃんに伝えた愛の言葉は、見事彼の心に届き、お付き合いなるものを始めることとなり、しかも只今絶賛同棲中だったりするのである。

…けれど、そこで悩みが一つ。

シズちゃんは本当に俺のことが好きなのか?
彼のデレの少なさを見てると本気でそう思う。

喧嘩相手から一変、愛し合うのが本業の、恋人なんていうくすぐったい関係に急になってしまったからだろう、シズちゃんの俺に対する暴言暴行は一行に治まらず、俺はこんなにも彼を愛してやまないのに、毎日その理不尽な攻撃に耐え続けている。

朝。
起き抜けにチューをせがめば殴られるし、行ってきますのチューを頼めば無視されて。

昼。
池袋の公道で偶然を装い、田中トムと一緒にいる仕事中のシズちゃんに背後から抱きつけば、自販機で振り飛ばされる。

夜。
次こそはと、同じベットなのを良いことに(同棲する際に俺が駄々をこねて無理矢理ダブルベットにしたんだよ)シズちゃんに夜這いをすれば、その気配に気づいたシズちゃんが俺の顔面に踵落としを食らわすのだ。


「…シズちゃん…」
「なんだ?」
「俺たちって恋人なんだよね?」
「あ?……ああ」

今の間はなんだ今の間は。
しかもなんかしかめっ面で応えてるし。

「シズちゃん本当に俺のこと好きなの?だったらなんでいっつもいっつも俺に酷いことばっか言ったりしたりするわけ?俺のこと好きならさ、ちょっとぐらい優しくしてくれたっていいんじゃないの?だいたいシズちゃんは、恋人である俺への対応が全然なってないんだよ。そう思わない?」
「…………」

なんだよ無視か。無視なのか。

シズちゃんが俺の言動を聞かないことなんて今までにも何度もあった。今は彼が顔を少し俯かしてしまっているため表情は見えないが、今回もどうせ頭の中で臨也がうざいだの黙れだの思ってるんだろうと思い、俺はこれまで抑えてきた鬱憤を全て吐き出すように口を開いた。

「だいたいシズちゃんが俺にやってることってDVと変わんないよね。朝も昼も夜でさえも俺のこと拒否してさぁ。ツンデレもここまでくると、正直頭くるんだけど。俺なんかが怒ってたってどうってことないとか思ってるの?それって恋人になった意味あるのか「ぅ…ひっ…」


……………ん?


「ひっ…ひぐっ、ぅ…」「えっ?えっ、シズちゃん!?」

なんだ。一体どうしたんだ!?
どうせこの後俺に待っているのは、怒りが沸点に達したシズちゃんの鋭い眼光だと思っていたのだが。
あろうことか顔を上げたその青年には、そんな眼光とは程遠い、涙で潤んだ瞳が映し出されていた。
「ひぐっ…お…、れは、」

赤く充血した目を俺に向けながら、シズちゃんは舌ったらずに口を開く。

「すき…ひっく、でもねぇ、やつと、ひっ…いっしょにすん、ひくっ…だりしねぇ…」

顔を真っ赤に染め上げながらも、俺を真っ直ぐに見つめてそう言う姿に、思わず俺まで顔が真っ赤になってしまった気がする。

「ひぃっ…ぅ」
「シズちゃん…」


ああもう、そうだ。
相当な沸点の低さを誇るシズちゃんが、軽い気持ちで誰かと一緒に暮らせる訳がない。
シズちゃんと一つ屋根の下に住んでいる、というそれだけで、どうして特別だということに気付かなかったんだろうか。


「シズちゃん、ごめんね。」
「ぅっ…せ、おま、えなんかきら―――んぅ」


取りあえず、今日の所は、シズちゃんの涙に免じて俺の負けということにしておこう。

いつもとは違った様子で暴言を俺に浴びせようとする、赤い舌を覗かせたその小さな唇にキスをした。