「…だったら、っ…好きだって言ってよ!!」
坂を駆け降りる。彼が追いつけないくらいはやく、はやく。当然のように視界はぼやけて、いつものことながらビジョンは曖昧だ。
長くて急な坂道は意外と短くて早く明けるはずの夜明けはまだ遠い。
あいつの瞳はいつもあの子ばかりを追いかける。私はそんなあいつを追いかけて、交わるはずのない視線が、ぶつかるのをずっと待ってた。
「おい、このレポート、お前のか?」
「は?」
「このビックバンに関する考察のレポート、お前のかって聞いてんだぁ!」
「どっ、怒鳴んなくてもいいでしょ!?はいそうです私のですよ!何か用ですか!」
「お、お前すげぇなぁ!」
がしっといきなり握られた手は驚きすぎて変な汗をかいて、顔は動揺を隠せなかった。
「俺もなぁ宇宙の誕生に興味があるんだぁ、すげぇなお前。このレポートすげぇぜえ!」
穢れのない無垢な笑顔の天使がそう言った。
私はその笑顔に射抜かれたハートを落ち着かせるのに躍起になった。
よく話すようになった。よく一緒にいるようになった。君を好きになった。君を目で追うようになった。君に触れたいと思った。君に私を好きになって欲しい、と思うようになった。
そして気づいた。
君の視線の先に。
でも気づかないふりをした。気づかなければ、知らなければ、君の傍にきっと居られる。
「なぁ、女はどういうもんをプレゼントされると喜ぶんだぁ?」
「な、に…急に、」
「誕生日なんだぁ、す、好きな奴の。」
穢れのない無垢な笑顔の天使が言った。
天使は、私の天使じゃなかった。
私は自分のアルコールに口をつけてその力を借りようとしたけど、そんなのあまり役に立たなかった。
「…た。」
「ん?」
「バレッタとか、いいんじゃない?黒い綺麗なロングだからきっと白いレースのとか、似合、う…」
「え、なんで髪…」
「プレゼント、いいの見つかるといいね。」
我慢なんて出来なかった。どうしたって言って掴まれた手を無理に振り払って震える足をかろうじて動かした。
随分長く飲み屋にいたみたいだ。
もう夜だ。風が冷たい。もうすぐ夏も終わる。君といた、夏が終わる。
「っ、ふ…」
この辺じゃ有名な急な坂の橋の上で崩れ落ちるように泣いた。苦しい、小刻みに鳴る喉が呼吸を奪う。君のせいだよ。君が好きって、私に言ってくれたら。君の好きを、私にくれたら。
「ゔお゙ぉい!何で急に帰るんだぁ!何で泣いてる!」
「…………」
「何とか言えぇ!」
「るさい!いつもいつもあの子ばっかり見てるくせに!私と仲良くして優しくして!優しくするんだったら…」
「優しくするんだったら…私のこと、好きだって言ってよ!」
言ってしまった。口から言葉が漏れ出した瞬間に後悔した。あいつの顔を見ようと思っていても瞳が雫で遮られる。
どんな顔をしてるの?
どんな顔で私のこと、抱きしめてるの…?
「スクアーロ、何…して、」
「わかんねぇ。」
「はぁ!?」
「お前のこと“抱きしめなきゃ”って思った。」
「なん…」
「これ。」
差し出されたのは小さい水色の箱で、開けるとかわいらしい星のピアスが輝きだした。
「バレッタを買いに行ったはずなんだぁ。黒髪に映える白いレースのバレッタを。」
「それなのに似合いそうだな、と思う相手はいつもお前で、あいつに似合いそうなバレッタなんて一つも見つけられなかった。」
スクアーロの手が私の髪をかきわけて耳に触れる。まともになった視界に彼を捉えると、えら呼吸を忘れた魚みたいに苦しそうな顔をしていた。
「右しか開けてねぇのかぁ?」
「うん。痛かったから。」
「なら、俺が一つもらう。」
冷えた夜空に星が一つ揺れる。つづいてもう一つ。
「好きだ…!」
息つぎの間に零した愛が私を夏に溺れさせる。
呼吸ができないくらいの夜を知ってる
曰はく、様へ提出
書くのすごく楽しかったです!
111016