僕等の愛し子





「おめでとう御座います、轆様は御懐妊されておりますよ」


その一言の衝撃を、元親は、この先一生忘れないだろうと思った。


「は、なっ、え……?か、いにん……?」

「はい。轆様のお腹には、貴方様の御子がおられるのです。懐妊されてから二月程かと」

「こど、も……」


告げる医者の言葉に思わず見詰めた轆の腹。
呆然と、唯固まったままじぃと見詰め続ける元親に轆は苦笑を零した。


「お姫とあたしの子供だよ。何だい、お姫は嬉しくないのかい?」

「嬉しいけど、よぉ……」


がしがしと頭を掻き、額に掌をやる。
困ったように眉尻を下げた元親は、本当にどうしていいのか分からず戸惑っていた。

轆の腹にいるというこの子供が無事に産まれてくれたなら、元親は初めて子を持つ親になる。

子供の一生に深く関わり、その進む道にすら影響を強く与える親という存在に。
幼い頃はなると考えもしなかった、轆と自分の血を分けて産まれて来る子供を育て、守り慈しむ存在に。

そう、自分は―――…父親に、なるのだ。


(……子供、か)


けれども、子供が。
元親は、その幼い子供というのがどうしても、苦手だった。

姫若子と呼ばれていた頃は小さな体を目一杯動かし遊ぶ、己よりも幾らか幼い子供達を見るのは好きだったから、今でも嫌いという訳ではない。

唯、―――…あの、無垢な瞳が。
あの紅葉の掌が、あのころころと変わる表情が。
こうして鬼若子と呼ばれるようになってからは、余りに脆く、儚く見えるのだ。
触れれば折れてしまいそうな細い腕が触れる事を戸惑わせ、その上一度目が合った子供に泣かれてからは遠目にしか見れなくなってしまった。

子供は、苦手なのだ。
己と愛している人の子供だと分かっていても、あんなに柔らかな体にどう触れていいのかも分からず、まして良い父親になれるのかと言われれば自信も無い。


(……けど、)


それでも。

伸ばした腕で轆の腹に触れ、元親は優しく、壊れ物を扱うようにその腹を撫でた。
まだ二月程だというから腹は常と変わらずしなやかで、とても子供がいるとは思えない。これからこの腹が子供の成長と共に大きくなり、順調にいけば十月十日程でこの中の子供が外に産まれ出て、産声を上げるのだ。
それは、震える程の歓喜になるだろうと、元親は小さく震える自分の指先を見て思った。子供への触れ方が分からなくとも、良い父親になる自信も何も無くとも、轆の腹に宿ったこの命が、嬉しく無い訳が無い。
愛しくて堪らないこの想いを全て傾けて、この子供を愛したいと、思った。


「轆、」

「ん?」

「………この、子供を…」


黒瞳は相変わらず揺れもせず、言葉を詰まらせた元親を優しく見詰めた。

いつの間にか退室したらしい医者はもう此処にはおらず、元親はゆっくり息を吐いてから視線を合わせ、震え掠れた声で言葉を紡ぐ。


「産んで、くれるか…?」


ぱちくり、と瞳を瞬かせた轆はすぐにからりと笑った。
そんな事、心配する必要は無いというのに。
お姫は本当に心配症だなぁ、と呟いた轆の声には、迷いも戸惑いも一つも無かった。


「お姫、」


瞳を揺らめかす碧の右目を覗き込み、そのままこつりと額を合わせる。不安気な元親に笑い掛けた轆は、はっきりとその意思と答えを告げた。


「勿論さ。お姫とあたしの子だ、産むに決まっているだろう?」

「……!」

「どちらに似るかなぁ。お姫に似ればきっと美人になるよ」

「…轆に似ればきっと、格好良くなるな」


轆も、この子を望んでくれるなら。
この子を、愛してくれるなら。

すり、と額を擦り合わせ、元親はその温もりを感じたまま瞼を閉じた。

どちらに似てくれてもいい。
元気に産まれて来てくれるならそれが、何より、一番だ。

背中に回した腕で自分より幾らか小さな体を抱きしめた元親は、そのまま轆の肩に甘えるように擦り寄ると小さくまどろむように息を吐いた。
おや、とそれに小さく笑った轆は元親の背に腕を回すとそのまま引き寄せて背を優しく叩く。抱え込まれたままゆるゆると体の力を抜いていた元親はそれに同調するようにしてふ、と最後の力を抜いた。
元親の全体重が掛かって尚揺らぎもしない体に全てを委ね、碧の瞳を閉じる。

から、といつものように快活に、そしていつもより穏やかに、向かい合わせの轆が、笑った。


「頑張ろうかい、」


なぁ、お父さん。


耳に確かに響いたその音は何処か気恥ずかしく、何よりほっこりと、温かく温かく胸に響き。

閉じた瞼の裏で望んだこの子供の幸福を、この眼でしかと、己が死ぬその日まで見れたならと。


唯、願った。







僕等の愛し子



その後、無事に産まれる事と
なるこの子供の幼名を、
千翁丸と言う。
父譲りの銀髪と母譲りの
黒瞳を持ち、穏やかな
気性ながら四国の鬼子と
恐れられる事となる、
長曾我部元親の子の内の、
誰よりも父と母を思った
長男である。

(「うぁっ!!〜〜…っ!」)
(「なっ、千翁大丈夫か!?」)
(「…い、いた、い……っ」)
(「こらこら、走るとこけると言ったろうに。大丈夫かい?」)
(「ひざ、いだい……っ」)
(「あらまぁ結構擦りむいたなぁ…歩けるかい?」)
(「がん、ばる……!」)
(「ん、千翁は強い子だなぁ。よし、部屋まで我慢だ」)
(「ん!」)
(「(……この頃の俺なら、完璧に轆に背負われて泣いてたな…)」)
(「今日のおやつは千翁の好きな羊羹にしようかい」)
(「!、よーかん…っ!」)
(「千翁が頑張る御褒美だ。部屋に着いたら食べようなぁ」)
(「んっ、頑張る!」)












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だって屋形さまのサイトの主人公さんは格好良いのです!
だからイメージが大切なのです!
私の中の!(お前か!)

そして屋形さまのサイトで見るともっと素敵な感じなんですが、タグとかセンスとかに弱い私では……残念です。背景色含め←

屋形さま、この度は本当にありがとうございました!
いろいろと残念な管理人ですが今後ともよろしくお願いいたします!





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