きのう今日あした





「あら?大輔先生、今日はいつもの愛妻弁当じゃないのね?」

学食、座る自分の後ろから覗き込んできたのは理事長秘書の濃姫。相変わらず、教育的にはどうかというようなセクシーすぎる格好に、斜め前の生徒が目を背けたのが視界に入った。

『…どうも、その愛妻の機嫌を損ねたようでしてね』

「それは…お気の毒さまね。でも、大輔先生が相手を怒らせるなんて、珍しいわね?」

一体何をしたのかと聞かれても、それがわからないから悩んでいるのだ。
朝起きたら家に佐助はいないし、普段なら用意されている朝食も弁当も見当たらない。だからこうして久しぶりの学食に足を向けているわけだが、心当たりは何もなく、特別な出来事も思いつかない。
休み時間も徹底して避けられているから聞くにも聞けず、こうして頭を捻っているのだ。

『どうしたもんかと参ってますよ』

正直な話、今まで付き合った相手でもこんな経験はしなかっただけに、手を打ちかねている。

一体どうしたら佐助のお気に召すんだかな…。

「あら…。そんな弱気じゃだめじゃない。とにかくちゃんと話し合ってみなさい?いいわね?」

話し合えるものならとっくにそうしているが。

だが確かに、今はそれしか方法もないんだろう。

「ふふ…頑張りなさいな」

諦めて頷く自分に笑いかけて、彼女は楽しそうに去って行く。
人の恋路がそんなに楽しいものなのか。全く良い暇つぶしにされてしまったようだ。

『(…俺はちっとも楽しかないがな…)』

机に置いた携帯を眺めてみるが、それはすでに着信拒否。朝は置いていかれるし、授業の合間の休み時間も逃げられっぱなしでは、多少強引な手段もやむを得ないだろう。

『(…これで余計に怒らせなきゃ良いが…)』

裏目に出たら…まぁその時はまたその時か。





* * * * *






「失礼します」

軽いノックに入室を促すと、普段よりもゆっくり扉が開いていく。明るい髪色とは対照的に硬い表情があらわれて、思った以上に怒らせているのかと内心だけで息を吐いた。

『紅茶は?』

「……………」

専らコーヒー党の俺がこの準備室に紅茶を置いているのは主に佐助が飲むからだ。来る度に出してやるのが当たり前になっているから、普段通りにそれを勧めてはみたが返事はなし。
それどころか椅子に座る素振りもない。

「…教師として、旦那の前で呼び出すなんてずるいんじゃない?」

『悪かったな』

はっきりと棘のある声に苦笑する。あの真田幸村の前で呼び出せば、恐らく佐助は半強制的に連れてこられるだろうと踏んだのは確かだ。

『で?飲まないのか?』

「……………」

不満そうな佐助に再度問い掛けてもなんの答えも返ってはこない。
仕方なく佐助からの反応を諦めて、勝手に二人分の紅茶を用意し始めた。

背を向けて作業を進める途中、何か聞こえた気がして手を止める。

「……学食、おいしかった?」

振り向いて見ればまだ憮然とした表情ではあったが、口を開いてくれるならいくらかましか。

『まあな。久々だったし』

実際うちの学食はかなり旨い。この辺りでは有名な話だし、ここで否定するのも白々しすぎるだろう。
…迷ったが。

「なら毎日学食にしたら?」

『毎日食うなら尚更佐助の飯がいいんだが』

入れた紅茶を机に置いてから、改めて入り口で動かずにいる佐助の前に立つ。
下から睨み返されて、その目が怒っているというよりは拗ねているものだとようやく気付いた。

『質問しても?』

「…いいよ」

『俺は何をして佐助を怒らせたんだ?』

これだけは、いくら考えても答えが出ない。全く思い当たる節がないのだ。
昨日もここ最近も、それまでと何の違いがあったとは思えないのだが。

「何かしたんじゃなくて、しなかったから怒ってるの」

冷ややかな声に考えてみるが、やはり思い付かない。
昨日は確か授業中にテストをしたが、生徒には前もって予告していたし、そう難しいものでもなかったはずだ。帰りも採点をしていて遅くはなったがそれもいつも通りのことだろう。まさか答案を返せという事ではないんだろう。

「わかんない?」

『…悪い』

にっこりと微笑みながら促されるが、残念ながら、一向に思い当たる節がない。
一体俺は、佐助に何をし忘れたのか。

「大輔ちゃん、昨日、出かける時も帰って来た時もあいさつしてくれなかった」

貼り付けた微笑みから一転、下から睨み上げるようにしてそう言われる。

だが、真面目らしい佐助には悪いが一瞬何の話かと思ってしまった。

「忘れられて俺様、傷ついたんだからね…!」

確かに朝はテストの準備で佐助が寝ている間に家を出たし、帰った時には佐助は既に眠ってしまっていた。
普段から登下校の時間はずらしているとはいえ、確かに家で顔を会わせなかった事は初めてかもな。

だが、まさかそんな理由だったとは。
何度考えても思い当たらないはずだ。

それに、そういう理由ならば俺にも一応言い分はあるが。

『寝てる佐助にしたぞ』

「…え!?……お…起きてる時じゃなきゃだめ!」

だろうな。大人しく俺が折れた方が早そうだ。

『行ってきます』

『ただいま』

正面、ほとんど逃げ場のない相手の顔を上げさせて、いつも通りに挨拶のキスをした。
勿論、おはようとおやすみの分も加えて。

『まだ駄目か?』

佐助は一瞬驚いたが、すぐにまた拗ねたような表情に戻ってしまう。

だが、方向性自体は間違っていなかったようで。

「……今朝の分も」

言う顔が赤くなった分だけ、陥落も間近なのではないか。

『機嫌は?』

「…なおんない」

『あと何回?』

「明日の分まで今キスして」

一瞬迷ったが、明日は明後日の分のあいさつを良いかと思い直した。


「君から先取り恋心」の主人公目線。
なんか最後の方がどうしていいかわからなくなって放棄しました。

でも君から〜と比べると…やっぱりどっちもどっちだったような…;





- 12 -


[*前] | [次#]
ページ:




目次へ
topへ



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -