七夕
七夕:天眼小話
×謙信
〜〜〜〜〜
「何を見ている」
部屋の奥、夜の暗がりからそう声がした。
「……くもが…」
その正面が正反対に白いのは、薄い毛布のせいだけなのか。毛布は揺れることはなく、それをかた声を受けた背中が振り返ることはなく。
窓際の欄干、その飾り枠に手を添えてもたれる目も、言葉の通りぼんやりと黒い夜空を見続けている。
「…これではひとめのおうせすら、かなうことはないでしょう」
視線はそのまま空中に、もう一度ぽつりと小さくこぼす。
羽織っただけの夜着を合わせ直す手も意識の外にあるようだ。
「下天の雲など障りになるか。心配するだけ無意味だな」
暗がりからぬっと現れた男が呆れたような声で言う。
夜目が利くのか、灯りひとつない宵闇の中でも問題もなく謙信の隣りに腰を下ろした。
「たった一夜であれ、自由な逢瀬が羨ましいか?」
見えもしない星を眺め続ける相手に向けて、どこかからかい混じりにそう言った。
謙信が驚いて振り向いても、男はただゆるく笑うだけ。
「…もっとも、年に一度でも、俺は自由になんかしてやらねぇがな」
言って腕を掴む右手が細い体を押し倒す。
後は暗い曇天の下、お互いの顔を見る事もなかった。
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