天眼小話
お市と夢主。死ネタ。
「…あ…見て、大輔。花が…」
ぽつぽつと、開き始めた庭の桜。
それを見た市が嬉しそうに振り返る。
『今年もきっと、綺麗に咲くでしょうね』
「…そう思う?」
『えぇ。思いますよ』
確信を持って頷いて見せれば。
「大輔が言うなら…きっと、そうね…」
本当に純粋に、ただただ幸せそうに笑う市を見るのは珍しい。そんな笑顔を見るのは自分としても嬉しいことで。
『満開になったら、また見に来ましょう』
同じ色の着物を着た市は、きっと花よりも美しいだろう。
素直にそう思った。
「市ね…大輔のこと、好きよ…」
兄が増えたようだと、そっと、俺の着物の端を握る。
その細い手が、幸せだけに染まれば良いと何度祈ったことだろう。
「主、天魔様が浅井を討ちました」
声だけで、姿のない相手がそう報を告げてくる。
『…そうか』
事務的に指示を出し、その者を下がらせてから。
『…………』
なんとも言えない感情が、胸に湧いていることに気付く。
こればかりは、何度味わったところで、当てはまる名前が思いつかないものだ。
『……お可愛らしい方であったが…』
この目が見間違うことなど、ありはしないと知っていた。むしろ、見間違ってはならないものなのだ。
だからこの結末もとうの昔にわかっていた。
だが、この広い空の下、何処にもあの方はいない。
どれだけ探そうと最早今生で会うことはないだろう。
そう思う、ただそれだけの事が、何故こんなにも胸に残る。
意味も無く眺める視界の先、
ふと、閉じたままの白い障子に、鮮やかな花を見た気がした。
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