重陽





女主+政宗
キーワードは菊酒とピクニックで





* * * * *






「明日は遠駆けに行くぞ」


と、政宗が孟隻に言われたのがつい昨日。

もちろん、昨日の明日は今日なわけで。


政宗は早朝から一人、孟隻が自室の戸を開けるのを目に見えてそわそわしながら待っていた。

女中がくる度に振り向いてはがっかりして見せるものだから、部屋に入る女中の方も申し訳ないような微笑ましいような気持ちなってくる。
なにしろ孟隻が政宗を遠駆けに連れて行くだけでなく、前もって誘っておくなんて相当…そりゃもうかなり珍しいことだから、それも仕方がない話だ。


城中がそんなほのぼのとした気持ちで城主を見守っている中。


「政宗様」

一人厳しい顔をしているのは竜の右目こと小十郎。

「今日こそ政務をしていただきますぞ」

真剣な顔でそう突きつけるのは両手いっぱいに抱えた書簡。
まともに取り組めば三日は部屋から出られなくなりそうなそれに政宗も思わず顔をひきつらせる。

「OH…そんなもん明日にしろよ」

「なりません。政宗様がそう仰るから小十郎は既にひと月待ちました」

しかし夏の間中孟隻を追いかけていた政宗は、結局一度も机の前に座らなかったわけで。

そうピシャリと言い切られるとどうにも政宗の方が分が悪い。

「…明日やる」

「信じられません」

「帰ったら必ず手を着ける…」

「今日中にこれだけ終わらせて頂かなければ困ります」

「絶対終わらせるから…!」

「今から始めても今夜の内に終わるかどうか…」

ふぅとため息で会話を締めた小十郎が思った以上に手強いと知り、さすがの政宗も焦り出す。

「今度こそ絶対本当だから今日だけは行かせろよ!」

「政宗様のその言葉、小十郎はもう聞き飽きましたぞ」

必死に説得を続けるものの、目の前の小十郎は完全に目が据わっていてとりつく島もありゃしない。
戸の前に陣取ったっきり政務が終わるまで梃子でも動く気はないようだ。

「…だってやっと孟隻から誘われたんだぞ!?」

「自業自得でしょう。今回は諦めて次の機会に行ってください」

訴えたところでにべもなくすっぱり切り捨てられ、政宗はもうそろそろ涙目になりつつある。
今はまだ眉を寄せて何とか堪えているようだが、決壊はそう遠くないだろう。

「……菊酒だって、用意したのに…」

ちらりと目に入ったのは小綺麗に包まれ、脇に置いてあった菊花酒。
持って来いとだけ言われたそれは、昨日の今日だったにもかかわらず女中に無理を言って用意して貰ったのだ。
それも、酒が苦手な孟隻の為にとびきり口当たりの良い物を選んで。


それなのに、といよいよ涙腺の限界を超えそうになった時。


「政宗」


「「!!」」

部屋の戸の真反対、出入り口など全くないような位置から声がする。
二人が慌てて視線をやれば、窓の外、欄干に足をかけた孟隻がいつもの顔で笑っていた。

「来い!」

真っ直ぐ自分に向けて伸ばされた手を見た瞬間、政宗も弾かれたように走りだす。

ここが何階だとか何故いるのかなんて事は政宗の頭の中から綺麗さっぱり飛んでいたが、それでも片手に菊酒を掴んでいくことだけは忘れない。

「政宗様!」

「借りて行くぞ」

伸ばした腕に政宗を抱え、小十郎が立ち上がるより早くに孟隻は欄干を超えて宙を舞う。

「テメェ…孟隻!ふざけんな待ちやがれっ!」

孟隻はそのまま器用に階下へ降りきると、はるか上で怒鳴る小十郎にじゃあなと告げて高笑う。


当然怒り狂って追いかけてくる小十郎を待つはずもなく、二人はすたこらと城門から逃げ出した。





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