私の三歩前を歩く君





気付けば

お前が私の前を歩いている

ただでさえ年上の、おまけに中身は何十も年嵩の自分から主導権を奪おうとして

だがそんな背伸びをしておきながら、お前の目の奥は甘えたいと言ってくるのだ

伸ばされかけては意地と欲求の間で迷うその手を見る度、愛おしいと思わずにはいられない

まさか私に、まだこんな女心があったとは




[side 孟隻]




ここ奥州に留まって暫く。久方振りの晴天に、先延ばしていた出奔を漸く実行出来るかと息を吐いた。

「孟隻どの孟隻どの!」

そうして向かった厩の側、前触れなく近くの木が呼び掛けてくる。
否、単に木の上に人がいるのだが。

「政宗公が部屋を抜け出されましたぞ!」

まだ高さの残る声がやや騒がしくそう告げた。

「私を探しているか?」

「いえ、真逆に向かわれました」

一応藤丸が追っているが、と言ったこの忍の名は桜花。藤丸共々伊達の忍だが、既に懐柔した…つまりは、私の隠れた味方である。
この二人を引き込んでからは出奔がひどく容易になったものだ。

「追っていないなら問題ないだろう」

「でも…なんだか様子が変だったんです」

首を傾げる桜花だが、詳しくは判断出来なかったらしい。
しかもそのままじっと此方を見詰めてくるから。

「…丘の方だな?」

「…!藤丸のところまでご案内します!」

やれやれと思いつつ桜花の嬉しげな声に頷き返す。
どうやら手懐けた今も、やはりあの主は好かれているらしい。





* * * * *






予定の通り遒烏を駆り、予定とは正反対の道を駈ける。
途中で会った藤丸に聞き、言われた通りに進んだ林。そこを抜け、開けた視界に映った小さな背中は確かにどうも様子がおかしい。
見るからに覇気はないがかと言って気楽そうには見えず、ましてや弱々しいというのでもない。

「政宗」

「!!…孟隻?」

取り敢えず呼び掛けてみれば、振り返ったその手には………花?

「国主がこんな所で何をしてるんだ?」

政宗が握っているのは白い小さな野の花だ。悪くはないが、愛姫達に渡す土産にしてはやや地味すぎるな。
私ならもっと鮮やかな華を渡すところだが。
「…………」

地上に降りて近寄れば、政宗はなんとも微妙な顔で見上げてくる。
棒立ちで止まってしまったのかと思ったが、それでも数拍と置かずにその手の花を突きつけてきて。

「?」

「………ん」

「私にか?」

「アンタが…」

スンと一回鼻を啜り、言いにくそうに言葉を区切る。
その隙にちらりと盗み見た左手。受け取った花は、雨ばかりだった所為か若干だけ元気がないように見えた。

「…アンタが、物欲しそうに遠くなんざ眺めてるから…」

外を感じさせてやろうと思ったのだと、ばつが悪そうに呟いた。

「…このオレにこんな女々しいことさせんじゃねぇよ」

ふてくされて俯いて、馬鹿と吐き捨てるのがひどく可笑しい。まさか花を以て私に行くなと言う相手がいるとはな。
こんな可愛らしい賄賂を貰ったのは何年…いや、何十年ぶりだ?

「アンタが全部、わりぃんだ…」

すぐに居なくなるからと、心持ちしょんぼりとうなだれる。
こちらの花に元気が無いのはどうやら雨のせいではないらしい。

しかし私からすれば、それはどうにも致し方ないことで。
何しろこの島は狭いのだ。
端から端まで渡ってみても、遒烏の足ではものの数日とかからない。おまけに何処に行っても周りを囲むのは山ばかりで空まで狭い。この上城に籠もっていては息も詰まるというものだ。

まぁ生来の質に拠るところが多い分、あまりこの意見に同意は得られないのだけれども。

だが

「止めた」

「…ぇ…?」

「今はお前が愛おしすぎて出て行く気が失せた」

こんな可愛らしい様を見せ付けられて、どうしてすぐに背を向けられようか。
内容について来れず目を丸くする政宗を、すっぽり腕の囲いに入れてしまえば手の中で小さく肩が跳ねる。

その直後、鎧甲が軋む程にしがみついてくるのが堪らない。

「…っほんと、だな…!?」

「無論だとも」

取りあえず今は…とは、流石に敢えて言わないが。

「、絶対だぞっ…!嘘だったら、タダじゃおかねぇからな!?」

そう叫んで、本当に鎧甲を握り潰そうとするからまた可愛い。
そんな物を壊しても私は別に困らないと解っているくせにな。

「これは信じて良い。約束だ」

あやすように小さな頭を撫でながら、腕の中、怒鳴るような叫ぶような声を聞く。
くぐもって大層聞き取り難い音ではあるが、胸に真っ直ぐ叫ぶのだ。

まさか意味を捉え損ねるだなんてそんな間抜けな話、在るわけがないだろう?




タイトルは「恋じゃない、愛なの」様よりお借りしました。





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