ハジメテノヒト
「!…水が辛い!」
「……そりゃ海だからな」
ようやく小十郎の許しを勝ち取って遊びに来た浜辺。
久しぶりの遠出に思わず声のトーンも軽くなるってもんだ。
…ところがせっかくのデートで甘くなるはずの雰囲気は、意外なところで崩れちまう。
どうやら初めて海を見たらしい孟隻はさっきからこの調子で感心しきり。チラッともオレを見ないどころか、まるっきり陸地に目をやらねぇ。
はしゃぐ孟隻なんて珍しいもんだと小十郎たちも邪魔しないから、ストッパーの一人すらいやしない。
「しかもすごい水の色だな」
「Ha-n?海は青いもんだろうが」
「やけに風がべたついているのもうぃーのせいか?」
「‘海’な。う・み。潮風だから仕方ねぇだろ?」
「おまけにこんなにも広大なのに透明だ!」
「つか、いいからアンタは胸を隠せよ」
んな当たり前のことに喜んでねーで。
何でオレと同じような褌と着流しなんだよ。
完全に胸元開いてんぞ。
「仮にも女じゃねーのかよ」
「仮だぞ?」
「本物だろ!」
「まぁ別に誰も気にしてやしないだろうが」
いやだから、オレが気にしてんだっつーの。オレはお前のdarlingだろうが。ちったぁ気ィ遣えってアンタは本当によ…。
まぁ確かに誰一人として男と思って疑ってねぇけどな。それもそれでまた複雑なんだぜ?オイ。わかるか?いや、わかれよ。
「というか、寧ろ私が隠している方が変に恥ずかしくないか」
「…………」
…ま、否定できねぇけどな。
隠されると妙に女って意識しちまって生々しいし、他の奴らからすりゃ女装だろうし。
…ムカツクがオレより胸筋逞しいくらいだしな。
「そんなことより、何故ここの水は辛い?これでは飲めんではないか」
「アァ?海の水なんざ誰も飲まねぇよ」
…だから“そんなこと”扱いすんなって。
オレの立つ瀬がねぇだろうが。
「塩辛いのは海の底が塩で出来てるからだろ」
「何?」
「アンタらのいる大陸と違って、こっちでは塩は海の底を削ってくるもんなんだよ」
溶け出しているのだと言えば更にきょとんと目を丸くする。
「岩塩ではないのか?」
「主流は海のだな。だから海に面してねぇ武田に上杉が塩を贈ったりしてただろ?」
確かにと納得する顔は妙に真面目で、あぁコイツも騙されたりするんだなと変な感心しちまった。
いつもいつもオレを振り回してばっかりなんだ。たまにはオレが騙したって構わねぇだろ。
むしろ騙すべきだ。オレの尊厳と孟隻の警戒心のために。
そんでついでに、アンタは長曾我部相手にでも大恥かきゃあいいんだよ馬鹿!
(目移り禁止区域)
タイトルは「恋じゃない、愛なの」様よりお借りしました。
※当然中国にも海の塩はありますけどね!
今回は主人公に隙があるということでひとつお願いします;
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