わがままハニィ



――小十郎視点―→




年も明け、暦の上では暖かい春も間近だろうという時分。場所によっては花も咲き始める頃かもしれない。

とはいえ、奥州の地は如何せん雪深い。この地においては、まだまだ本格的な活動をする時期ではないのだ。

それでも動きたがるのはせいぜい元気な子供らくらいか。冬の間中家に閉じ込められていた子供らなら、そろそろ駆け回りたくて親に無理をせがみ出している頃かもしれない。



勿論、それは軍にとっても他人事と言えるものではなく。
特に気性の荒いやつらばかりを集めたこの軍では、いい加減に鬱憤晴らしをさせてやらないと将兵同士で刃傷沙汰になりかねない…というのも毎年恒例の心配事だ。



まぁそんなわけで。
今はその息抜き目的の無礼講真っ只中。
宴会は息抜きとしては毎度々々捻りがないが、そのわりに毎回必ず効果が出るという、参謀達にとってもありがたい一手では、ある。



がしかし…



『おい孟隻…、お前ちったぁ大人しく政宗様の隣に座ってろ…!』


さっきから上座より漂ってくる不機嫌そのものの気配。気配というよりはもはや殺気に近いようにも思えるそれは、完全に孟隻に向けて発せられている。
賑やかな酒宴の席には不釣り合いすぎるそれのせいで、政宗様と孟隻を結ぶ直線上にいるやつらはさっきから凍り付いたように固まっちまってるくらいだ。


「うん?いや、これで良いんだ」


…にもかかわらず、目の前のコイツは気付いていてもまったくの無視を決め込んでいるからたちが悪ィ。
俺がいくら言っても動かないどころか、視線ひとつ投げないのだから頑固というよりはもはや徹底しているとしか思えねぇ。


『どこが良いってんだ、アァ?さっきから何枚皿が駄目になったと思ってやがる』


「皿の二枚や三枚で騒ぐな。どうせもう暫くすれば下座でも割れ始めるだろ」


『そういう問題じゃねぇ!政宗様が不機嫌なのはどうせお前のせいなんだろうが!さっさと行って機嫌とってこい』


せめて皿の代わりにお前が犠牲になってこい。料理も勿体ねぇし、何より政宗様が不満げだなんてことが許せねぇ。

少なくとも、孟隻が隣に座ってりゃあ政宗様の機嫌も少しは良くなるはずなのだ。だから何とかして孟隻を動かせりゃあいいんだが。

…と、そう思って再度上座をうかがえば、先程までそこに座っていた相手の姿は既になく。


「来たのか」


「…………」


『…政宗様っ…!?』


孟隻の声に慌てて振り向けば、無言のまますぐ隣に政宗様が立っていた。


孟隻を睨むように見下ろしているが、見下ろされている当の本人はまるで意に介していないらしい。にやにやと相変わらず余裕の笑みを浮かべているだけだ。


『どっ……!?』


どうかしましたかと問いかけようとした瞬間、ぐらりと急に政宗様の上体が揺らぐ。


……………。

…いや、倒れた、だな。

もっと正確に言えば、孟隻めがけて倒れるように抱き付いた、か…。


「や、筆頭ぉ!相変わらずお熱いですねぇ!」


「あんまり見せつけないでくださいよっ!」


それを見た途端に騒ぎ出す周りの奴ら。酒宴の空気も手伝って、かかる声も比較的多いだろう。いつもならばそこでどちらかが軽口の一つや二つ返すのだが、珍しく二人とも返事の一つもしない。政宗様に至っては、ただ無言で孟隻の頭にしがみついているだけだ。


「孟隻兄貴ィ!首大丈夫っすか!」


「筆頭ォ!そんなに乗っかったらいくら孟隻さんでも首痛めちゃいますよ!」


確かに孟隻の頭を抱えるように上からのし掛かっているものだから、下手をすれば首を痛めかねないが。
まぁどうせコイツ相手には無駄な心配だ。その証拠に、のし掛かられる前と今とではたいして姿勢すら変わっちゃいないからな。

むしろ、そんなことよりも俺は政宗様の反応がないことの方がよほど心配だ。



なんて、周りでやいやいと騒ぐ自分たちを無視し続けて数十秒間。
石のように固まった政宗様が漸く一つ身動ぎしたかと思えば。


「……………、だっ!」


聞き取れないような小声、それでも言い切った語尾だけははっきりと聞こえた。

しかし、流石に抱えられた孟隻にだけ届くような小声の内容など知る由もない。覆い被さっていれば周りに聞こえる心配など元々少ないだろうに、それでも尚しがみついたまま耳元にだけ呟く事ならば、余程の事なのか…?

…て、んなことあるわけねぇな。とてもそんな雰囲気には見えねぇよ。


「…よし、ではそろそろ私達は抜けるぞ」


「ええぇっ!?もうですか!?」


「そうっすよ!まだいいじゃないですか!」


聞いて、直後に孟隻が立ち上がろうと足を立てる。
しがみつく政宗様を支え直した孟隻に対して、帰らせまいとする周りのやつらも一斉に止めにかかった。

手に手に酒や杯を差し出すが、しかし孟隻の手は政宗様の身体に回ったまま。


「おいおい…お前達もよく考えてもみろ」


呆れたように溜め息を吐きながら、孟隻はおもむろに一拍置いて先を続けた。


「この世に愛人に抱き着かれて平然としていられる奴があるか?」


「え、そいつぁ…ちょっと…」


「ぜってー無理っスね!」


「だろう?」


「ウッス!」


「失礼しやした兄貴!」


たったそれだけのやり取りで、さっさと立ち上がる孟隻とあっさり納得する若ぇ奴ら。

こいつら…本当に馬鹿だな。勿体ぶって何を言い出すのかと思えば…。
そんな情けねぇ理由で胸を張る孟隻も孟隻だが、押し切られるやつらも大概だぜ…。


「じゃあな。お前達もゆっくり楽しんで帰れよ」


未だ頭に政宗様を張り付けたまま、今度こそ孟隻が歩き出す。もうそれを妨げないどころか、よくわからねぇ声援まで送っているやつらに若干頭が痛ぇ気はしたが。


踵を返して歩き出した時、隙間から不意に見えた孟隻の顔は常にないほど満足げで。

ここに来てやっと孟隻は政宗様の例の一言を聞きたくて、言い出すまでわざと放って置いたのだと気付く。



だが今さらそんなことを言ったところで野暮すぎると、砂を吐きそうな孟隻の悪事については溜め息と共に飲み込んでおくことにした。










(好きだよ!=かまってよ!)





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