淡い面影





「孟隻殿!今日もよろしくお願いいたす!!」


仮宿としてあてがわれた一角に、朝一番の声が響く。
この風景は、私が来て以来もはや恒例の行事になったらしい。

立てかけてあった戟を掴み、庭に続く戸を開け放つ。


『今日も来たのか』


「当たり前でござる!孟隻殿に打ち勝つまで絶対にあきらめませぬ!!」


しっかりとこちらを見据えてくる目に曇りはなく、真っ直ぐな気性がよくわかる。
只でさえ武将というには若すぎるこの子供が、それ以上に幼く見えるのもそのせいだろうな。


しかし、その素直さはどうも邪険にし辛い。
どこか懐かしくて参る。


『まあいい、来い幸村』


地面に降りれば、途端に正面の子供の鼻息が荒くなる。
わかりやすくていいが、これはこれで笑いを堪えるのが大変だ。


「いざっ!参る!!」


とは言え、素直も大概ほどがある。
この子供は攻撃の筋まで馬鹿正直だから問題だ。
初めて相手をした時は、これでよく今まで生き残って来れたと変に感心してしまったよ。


「でえりゃああぁぁあっ!!!」


上段から二槍の振り下ろし、続いて下段、左方の二方向から同時に振り払い。
息をつかずそのまま左右の槍の長柄で打ち据えるべく、挟み込むような形に運ぶ。


「とうっ!!」


だが受ける前にわかる攻撃を食らう間抜けはいない。弾くも避けるも楽なものだ。

これの師だというあの赤い君主は、それを教えてはやらないのだろうか。

何か深い理由でもあるのか?


「まだまだぁああ!!!」


後で会ったら聞いておこうかと思った時、一旦退いた幸村がすぐさま二槍での連続突きに移行する。


「っせい!!」


幸村はこの技がわりと気に入っているらしい。確かにそれなりだが、前方にしか攻撃しないのは不味いだろう。
それに幸村が気に入っている分、私はもう散々間近で見たのだがな。


「諦めん!!」


これまでの全撃を捌かれた事に、目に見えて子供の顔に焦りが入る。
私は昨日も焦るなと言った筈だが。


『全力を出せ!出し惜しむな!』


喝に応じるように再度幸村の志気が上がる。
次こそ力を溜めた一撃が来るだろう。
少なくとも、幸村にとっては本気の。


「…みぃなあぎるぅああぁぁあっ!!!!!!」


まぁ、今までも本気だったのが残念だがな。






「……まだまだ、孟隻殿は遠いでござる…!!」


結局、一度も私に当てる事なく、幸村の得物はその手から離れてこちらの足下に投げ出されている。


『今日はここまでだな』


二槍の上から縫い止めるように突き立った自身の戟を引き抜く。
深々と地面に残る刃が刺さった跡に、パラパラと穂先に着いた土が落ちた。


「なんのっ!某、疲れてなどおりませぬ!!」


尻餅をついていたくせに、急に勢いよく立ち上がって叫びだす。
拳を作って構えたところで、得物は未だ私の足下ではないか。


「今一度、お手合わせくだされ!」


しかしそんなことを欠片も気にせず目を輝かせるその姿が、やけに懐かしい既視感を呼び起こすのだ。


【…幸村は、少し私の義弟に似ているよ】


「…は?今なんと?」


元の地に戻ったところで、既に取り戻すべくもない昔の記憶。

否、私に取り戻す気がないだけなのではあるが…どちらにせよ今となっては手の届かない穏やかな時代の思い出だ。

それを彷彿とさせるこの子供には、自分はどうも甘くなってしまうらしい。


『…何でもない。続きはせめて私を一歩でも動かせるようになってからだ』


この手合わせが始まった時から、結局一歩も足を動かす事なく今に至っている。
いくらこの子供には甘いとは言え、そんなぬるい攻撃ばかり受けるのは少々飽きた。

後は自分で稽古をしてこいと言い渡す。


『隙穴さえつくれない攻撃は攻撃とは言えないぞ』


体勢も崩せないようなものなら出さない方が良い。体力の無駄だ。


「む…肝に銘じまする…」


しかし返ってくる声は不満げというか、悲しげというか情けないというか…子供は眉間に皺を寄せてそうとだけ言ってきた。

その後しばらく、俯いて考えるような仕草を見せてから、


「……此処でしても良いでしょうか…?」


『何だと?』


「相手はしていただけなくとも、孟隻殿に見ていていただきたいのでござる」


甘えるように、上目遣いに見上げてくる子供。

その仕草、子供という相手に、再び遥か遠い記憶が重なる。

昔から、義弟のこの顔には弱かったなと思い出す。


『なら早くやれ。上手く出来たら助言くらいはしてやるぞ』


「!!」


嬉しそうに得物を振り始めた幸村を見ながら、ちらつく影の懐かしさに、もう暫くは浸ってみようかという気になった。





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