古傷は愛を欲しがった
何の前触れもなく、ふと思い付いたように。
「お前の右目も空なのか?」
そういえば、と。まるで好きな色でも聞くような気軽さで。
『…んだそりゃ。唐突にも程があんだろ』
「いや、気になってさ。小十郎は知っているんだろう?」
それからしばらくは押し問答だ。
しつこい孟隻と見せろ見せないの繰り返しを随分続けた。
でも何度見せたくないと言い続けても、孟隻はちっとも退かなくて。
あんまりにもしつこいから、遂にオレの方が根負けして見せたくない理由を漏らす。
『…小十郎と孟隻は違うんだよ。』
だって小十郎はオレの臣下で片腕だ。今更こんな傷を理由に変わる間柄じゃねぇ。
でも孟隻は、違う。
孟隻は、オレの家臣じゃねぇんだもの。
なんとなく顔を見れなくて、顔を背けたままそうぼそぼそと呟けば。
「ぶはっ!」
聞いた瞬間、孟隻はよりにもよって吹き出しやがった。
言いたくなかった事を打ち明けた反応がそれかよ。
『!!…テメェ、ふざけんのも大概にしろよ…』
「いや、悪いな。だがさ、普段格好つけているお前がそんなに私に執着しているのかと思ったらな」
つい、とにやつきながら見透かすようにオレを眺める。
じろじろと無遠慮なそれがやけに恥ずかしくて、自分でも顔に血が集まって来るのがわかった。
「武将が多少の古傷に怯える訳がなかろうに」
言って、自分の顔をさする。
確かに孟隻の右目にも、隠しようがない傷がある。比較的上手く治ったそれですら、女子供は引き吊ったような皮膚が怖いと言う。
だが、自身の目は…孟隻のそれとは比べようもないほど穢く、見苦しい。
だからこそ、見られるのが恐ろしいのだ。
「坊や。私はこの世でお前ほど可愛い子を知らない」
意地の強さも、曲がらない若さも、甘え下手な性格も。
そう言っていつも通りに笑う。引き寄せて抱く腕は強いけれど、不思議なほど居心地が良くて。
「柔らかい髪も澄んだ目も甘い唇も愛しくて仕方がない」
『…恥ずかしげもなく、よくそんなセリフ言えるなアンタ…』
オレの髪を、孟隻の指が梳く。
抱きしめられた腕の中、胸に耳にを当てても聞こえてくるのはゆっくりとした鼓動だけ。
「何が恥ずかしいんだ?思った事は伝えるべきだろう?」
にやにやにやにや。
なんでアンタはいつだって、そんな風に余裕なんだ。
オレばっかり…カッコ悪ィ。
「その傷はまだ疼くのか?疼くなら私が舐めてやろうか」
『…いらねぇ』
ほんの少し疼いたような気もしたが、お前がまた抱きしめてくれるなら。
もう疼かないような気がしたんだよ。
(古傷は愛を欲しがった)
お題は終焉様よりお借りしました。
- 14 -
[*前] | [次#]
ページ:
目次へ
topへ