受け入れる
孟隻の手が徐に長い柄にかかり、ずるりと首元の刃が動く。
狭まるばかりだった空間が広がって、背後の木から戟が引き抜かれているのだとわかった。
『…信じてくれたのか…?』
「お前は私の問いに答えた。私はお前に答えを教えた者の判断を信じる」
たとえそれが自分の知らない自分だとしても。
そう言って不敵に笑う顔は、散々見慣れたいつものそれで。
向けられる眼光が和らいだことも合わさって、もしも戟が抜けきっていたらきっと自分は抱きついていたに違いない。
「一つ聞くが、私はお前と何か約束をしたか?」
『…約束?』
「お前の話では私はお前と共にいたんだろう?」
ぼうっと見とれていた頭を叱咤して聞き返す。
せっかく信じさせたのに、またここで疑われては元も子もねぇじゃねぇか。
「記憶がないとはいえ、何かしたなら守らないとな」
まぁもっとも、滅多に約束などするほうではないがと続けて口の端を吊り上げる。
そう…こいつは、オレがどんなに言ってもオレと何かを約束してくれたことなんざなかった。だから不安で、いつもいつも追いかけまわしてへばりついてたんだからな。
『……………』
「どうなんだ?何かしていたのか?」
だか、だからこそ孟隻との約束は特別で、それだけ絶対的なもので。
『アンタは…』
こいつが、誰より自分で下す決定を重んじていたのも知っている。
だから…
『アンタは、ただアンタの主に尽くすと誓ってた。だが、主のいないこの世界ではオレを守ると言った』
微かに目を見開く孟隻に震えそうになる足を死ぬ気で踏ん張る。
早鐘のように鳴る心臓を必死で押し隠し、出来る限りの意地で平静を装った。
『他でもない、アンタのその剣に誓ってな』
そう、睨み付ける目に力を込めて。
これはオレの一世一代の大嘘だ。ばれりゃあきっと二秒と生きちゃいないだろう命懸けの大博打。
それでも、オレはアンタを引き止めておきたい。
『忘れたからって無効にはしてやらねぇぜ?』
「……成る程」
戟を下ろし、構えを解くアンタに胸が痛む。
オレを信じるって言ってくれたばかりだっってのに、皮肉なもんだよな。
「ならば従前の誓い通り、この剣の折れるその時まで、私がお前の盾となろう」
まさかこのオレがアンタを騙すことになるなんて。
だがたとえ記憶を失ってるアンタを騙してでも、オレはアンタに…孟隻に傍にいてほしいんだよ。
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