そもそもの始まり





確か私は、死んだと思ったのだが。


全てを捧げた主上が討たれたと知り、この手で自身の腹を貫いたのだから。
いくら殉死が初めてとは言え、私に限って何かを討ち損じるなどありえんと思うが。


しかしこうして意識もあるし、感覚もあるとはどういうことだ。裂いた腹まで塞がっているのだから益々訳がわからない。
死後の世界など信じてはいなかったが、こりゃあ簡単に始皇帝を笑えなくなったな。



…だがやはり信じ難い。

どうにもこの身が死んでいるとは思えん。

周りは鬱蒼と木が茂り、足下には地面がある。それに黄泉はもう少し陰気な場所かと思ったが、なかなか爽やかな風が吹いている。
今ひとつ実感として決め手に欠けるじゃないか。

おまけに愛用の戟と剣、弓矢まで近くに落ちているし、甲冑まで身に着けているのだから不思議なものだ。あれば落ち着くのは確かだが、まさか今度はこの地で悪鬼でも討ち取れと言うのだろうかね。




わからないまま、しばらく憮然として首を捻る視界の端で、ちらりと動く何かを捉えた。
反射的に目を向けたそこには、不自然に開いた穴。むしろ裂け目と言うべきか。
まるで壁が裂けたかのように、何もない…木も枝もない空間が裂けている。
少なくとも私にはそう見えた。


一瞬間迷ったが、近付いてそれを覗く。
中には仙人のような男と、巨大な犬のような動物がいた。

どうやら両者は対立しているらしく、盛んに大気が震えるのがわかる。
その言い争いを聞き、驚いて裂け目に触れた瞬間、突如とした爆風と衝撃。
とっさに受け身を取れたのは、体に染み付いた習慣でしかない。


しかし威力を殺しきれず、むざむざ木に当たるとは。


まったく、年は取りたくないものだな。





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